昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……31.一つ目の危機?

2013年09月23日 | 日記

一つ目の危機?

義郎と長沼の関係は、次第に“あ・うん”のものになっていった。

一方は現場経験のみ、もう一方はほとんどデスクワークという、それまでの経験の違いを乗り越えさせたのは、圧倒的な仕事量だった。

地権者の欲と思惑が交差し入り乱れる市の中心部はほとんど手付かずのまま、郊外の開発は目を瞠るばかりの勢いで進んで行った。企業誘致のための工業団地の造成、“酷道”と陰口を叩かれていた国道に依存しない道路網の整備、公共施設の新築等々、まさに仕事は市の公共事業担当が口にするように“目白押し”状態だった。

想定していた金額を超える価格で土地や田畑を手放し、ちょっとした“俄か成金”になった農家の新築も相次いだ。

「もはや活躍の場は田舎ではない」が口癖になっていた達男は市議の仕事もそこそこに東京に通い詰め、公平も会社にいることの方が珍しいくらいになっていた。勢い、義郎と長沼の負担は増大していったが、二人はその状況を楽しめるようになっていた。

有限会社KOUと倉田興業を意識分けすることはできなかったが、優子の「やってることは変わらないんだから、義郎ちゃんは今でもKOUの人なのよ。今までやってなかったことについては倉田の人で、その分を役員手当でもらってるんでしょ?」という言葉に納得していた。

ただ、仕事のスケジュール表を担当現場毎に作成・配布し、その管理をするという、それだけの業務で月額20万円の役員手当は、少し過分だと、義郎は思っていた。が、そのことに関しても、優子が「協力会社の人たちに安心感を与えている、という大切な仕事をしてるんだから、私は少ないくらいだと思うわよ」と敢えて胸を張り、さらに「義郎ちゃん、自分の仕事に誇りを持ってね」と微笑んでくれたことで、納得できた。

以来、義郎の日々はこれまでになく充足したものになっていった。仕事があること、毎日が忙しく過ぎ去っていくこと、心地よく疲れて一日を終えること、そしてそんな肉体を優しく迎え癒してくれる場所があること。それだけでも充分に幸せなことだと思っていたが、そこにさらにもう一つ、仲間の役に立っているという実感までが加わった。

義郎はある夜、ベッドの隣に潜り込んできた優子に、「公平に感謝しなくちゃいけないよね。公平のお蔭だもんね」と漏らした。

「なんで?」と優子が顔をこちらに向けたのを感じる。天井を見つめたまま、満たされた日々の源はどこにあるのか、自分の思っていることを語った。

「会社を作れと言ったのも公平だし、取締役にしてくれたのも公平だし、長沼さんと一緒にやるように言ってくれたのも公平だし……。優子ちゃんが帰って来てくれたのも、公平のおかげだと思うんだよね。公平がいろいろ言ってくれなかったら……」

「そう?」

いきなり、優子の顔が上から覗き込む。

「そんな風に考えてるの?義郎ちゃん。じゃあ、もし。もしよ、義郎ちゃんが満足で来てなかったら、公平君を恨むの?あんなこと言ってくれなければよかったのに、って」

優子の顔が半分、ベッドサイドのテーブルライトに照らされ怒っているように見える。

「それは………。うん。恨むかもしれないね。………中学の時、遊んでくれて喜んでいるるうちに苛めらてしまった時は、恨んだもんね。いつも公平が悪い訳じゃなかったけど」

優子から少しだけ目を逸らす。優子は音を立てて仰向けになり、義郎と並んで天井を見つめる形になる。

「義郎ちゃんのいいところなんだろうなあ、そういうところ。そうなんだよね、きっと。……でも私は、“お蔭だ”なんて言葉は使わないで欲しいなあ。公平君は、自分の都合で義郎ちゃんに言いたいこと言って、自分の都合の言いように動かそうと思ってるだけなんだから。義郎ちゃんの幸せを願ってくれてるわけじゃないもん。……達男君だって、そうよ。自分勝手なだけで、人を翻弄して楽しんでるんだから」

「ホンロウって?」

優子の言葉に深い怒りを感じ、義郎は戸惑う。目だけ左に動かし優子を窺うと、天井を見つめる眦が冷たく厳しい。

「ホンロウって?」

もう一度訊く。

「“もてあそぶ”ってことよ」

静かな声が帰って来る。

「いけないことだよね、“もてあそぶ”って。……優子ちゃん、運命が人を“もてあそぶ”ってことがある、って言ってなかった?」

義郎は、優子の頭から公平と達男を切り離そうとする。

「……そんなこと言ってた?神の思し召し、じゃない?違うかなあ」

「そうかな?」

優子がまたこちらを向いたのを感じる。思わず、義郎の口から大きな安どの吐息が漏れる。

「義郎ちゃん。公平君の“お蔭”って言えるのは、義郎ちゃんが頑張ったからなんだよ。義郎ちゃんが頑張ってくれてる“お蔭”だって、公平君も達男君も思ってくれてるといいね」

そう言うと、優子は深いため息をついた。その吐息には義郎への優しさが溢れているように感じられた。

 

倉田興業の協力会社の経営も好調だった。中には社員を増やし、倉田興業の2倍以上の規模になった会社もあった。公平のやり方を真似、個人経営の下請け会社を持つところさえあった。

長沼はそんな話を聞く度に、顔を曇らせた。嬉々とした表情で自社の発展を語る社長には、必ず「この景気がずっと続くとは思えないんで、慎重にお願いしますね」と釘を刺したが、聞く耳を持っている者はいなかった。それほど、みんな好景気に浮かれていた。危機感を口にする長沼が、むしろ変わり者扱いされるほどだった。

そんな80年代も終わろうとしていたある日。長沼から義郎に報告があった。松が淵に関することだった。

「ずっと調べてはいたんですが、何しろ設計の仕事も多かったもんで……。やっとご報告できることになったんですが……」

と始まった長沼の話は、義郎が思っていたよりも深刻な松が淵の状況を表すものだった。

                                         次回は、9月25日(水)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


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