昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……24.崖っぷちへ

2013年09月03日 | 日記

崖っぷちへ

喫茶“白鳥”から出ると、義郎は空を見上げた。快晴だった。千切った綿のような雲が数個、ゆるやかに浮かんでいる。

振り返ると、4人の笑顔があった。勘定を終えて出てきた長沼の顔も安堵している。

「じゃ!今日も頑張りましょう!」

義郎は、一人ひとりと握手をしたい気持ちを言葉に込めた。

「頑張りましょう」

「現場が待ってるもんね」

「遅くなったもんねえ」

「すいません、引き留めて」

義郎の一言が明るい波紋を広げていく。義郎は、もう一度空を見上げた。少しだけ背が高くなったように感じた。

 

その日一日の仕事を終え、家路を急ぐ。晴れやかな気分を早く家に持ち帰りたかった。

「ただいま~~」の声に、出てきた優子の顔が輝く。

「うれしそうね~~。いいことあったの~~?」

「うん。いいこと……かな?」

空の弁当箱を手渡す義郎の胸が少し反り返る。

「今朝、会議があったんでしょ?」

優子の言葉に立ち止まる。反り返った胸がしぼんでいく。

「なんで、知ってるの?……ひょっとして、聡美ちゃん?」

「うん。いるわよ」

顎で指されたリビングの方を見ると同時にドアがそっと開き、聡美の顔が覗いた。

「お疲れ様~~~」

いつもの元気な声だが、笑顔がぎごちない。

「お久しぶりですね~~」

幸助の高校入学祝に訪れて来たのが最後だ。丸1年経っている。

義郎は、安原の親父に丁稚奉公していた頃からの癖で、聡美には丁寧な言葉遣いしかできない。

「いろいろと、ね~。忙しかったのよ、くだらないことばっかりなんだけどね」

と、大きく開けてくれたドアから、リビングに入る。招き入れられた気分だ。

「義郎さんも、忙しかったでしょう。引っ越しやなんやかやで」

ダイニングテーブルには、優子と聡美が長く話していた痕跡がある。いつもの椅子に腰かけると、聡美が慣れた手付きでお茶の準備を始める。

「義郎さん、帰ってきたらいつもお茶なんだって~~?」

義郎の湯呑が前に置かれる。

「いってらっしゃ~~い」「いってきま~~す」の声が聞こえ、玄関のドアが閉まる。

「幸助君、塾に通い始めたんだって?」

向かいに座った聡美が、急須のお茶を注ぐ。

「そうなんですよ。本人が言い始めてねえ」

「よかったじゃない。ヤル気になってくれて。……ほら、一時は、ねえ」

聡美が、昔の悪戯を思い出す顔になる。確かに、中学2年生の幸助にはひとかたならぬ苦労をさせられたが、それも今となってはいい思い出だ。

「いい時だわねえ。家があって、息子がいい子になって、仕事も充実してて……」

そこまで言ってお茶に口を付け、聡美は一息入れる。

「公平と達男のお蔭だよ、ほんとに」

そう言って義郎も湯呑を口に運び、お茶を一口飲んでテーブルに置く。目を湯呑から上げると、聡美と向き合った。その目は険しい色をしている。

                                           次回は、9月4日(水)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


コメントを投稿