昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……30.長沼との連携

2013年09月20日 | 日記

長沼との連携

雨音が激しい。20年前の台風の時よりも激しい気がする。

あの時は消防団の仲間と消防小屋に駆けつけようとした。そして、大川の流れが逆巻きながら松が淵にぶつかり、下沢地区へ流れ込んでいくのを、遠くから見た。まるでテレビでも見ているようだった。仲間の中には、感動の声を上げる者さえいた。

台風一過、秋の訪れを思わせる澄み渡った空の下で見た下沢地区は、泥に埋まっていた。義郎の生家は跡形もなく、竹工場も再稼働を諦めざるを得ないほどの惨状だった。死者が出なかったのが不思議なくらいだった。公平は「この辺の人たちは逃げるタイミングと逃げ方がDNAに刻まれてるんだよ」と笑っていた。

優子の実家の特定郵便局も泥に埋まったが、家は助かった。

「お父さんは、終戦直後同じような経験をしてるから、ここに住んでると時々一からやり直すのが大切な仕事だからなあ、って言ってたわよ。郵便物が無傷だったから安心したんじゃない?」

と、優子も災害直後は、屈託ない様子だった。

恩恵を受けたのは、公平たちと義郎だった。公平は事業の危機から救われ、達男には市会議員への道が開かれた。そして義郎は、家と家族のきずなを手に入れた。

そしてそればかりか、初めて“戦友”を得ることもできた。それが、長沼だった。

「僕と田上さんは同僚だと思っていいんですよね」

そう言われた時の驚きと喜びを、義郎は思い出す。やがて、バブルの崩壊後に陥った苦境を乗り越えようと話し合った時、長沼は「これからは戦友ですね。一緒に戦い抜きましょう」とまで言ってくれた。

それからの努力のすべてが、今夜報われたのだ。嵐の夜だということも象徴的だ。嵐の後には、いつも爽やかな空が待っているものだ。

雷鳴は止み、窓に叩きつける雨の音だけが辺りを支配している。「よし!」と椅子から立ち上がり、義郎は駐車場へと向かう。

軽トラのエンジンをふかす。その音に、長沼に初めて軽トラを貸した時の光景を思い出す。土埃を上げて真っ直ぐ走り去る後姿には、未来へと向かう力強さがあった。

駐車場から出る。大川堤防から下る道は、暗い。街路灯の灯りさえ掻き消す雨だ。辺りの家に灯りは点いていない。住民のほとんどは、早々と避難したのだろう

「まだまだDNAは残ってるんだ」

そう呟き、フォグランプを点ける。

「よし!行くぞ!」

義郎は、アクセルを踏み込んだ。

 

長沼は心強かった。義郎が取締役に就任して間もなく、達男が東京で興した会社が投資対象を株から不動産に切り替えたというニュースが入ってきた時も、公平が不動産の下見や契約などで度々会社を留守にするようになった時も、長沼は淡々としていた。

「倉田社長、どうする気なんでしょうね、この会社?」

「大丈夫なのかなあ、あの二人」

「内田さん、お金を送ってるのかなあ、東京に」

義郎が疑心暗鬼の言葉を吐くと、必ずと言っていいほど同じ言葉が返ってきた。

「放っておきましょう。自分たちが手出しできないことは考えない方がいいですよ」

いささか無責任に聞こえなくもないその言葉に、義郎は当初、抵抗も感じていた。が、ある日それは、跡形もなく消え去った。

義郎が取締役就任4か月後、給与が遅配になった時のことだった。

原因は、財務・経理担当の取締役になっていた内田光代が、東京で必要になった資金の一部を一時立て替えしたためだった。

そのことを知った義郎は、すべて達男と公平の予定の行動だと考えた。

「やっぱり、お金送ってたんですよ。……僕を取締役にしたのも、内田さんを取締役にしたのも、全部………」

義郎は、抑えきれない怒りと不信感を、“白鳥”に呼び出した長沼にぶつけた。

すると長沼は、顔色一つ変えないまま、意外な言葉を返してきた。

「田上さん、実は僕、今一番生きがいを感じてるんじゃないかって、思ってるんですよ。倉田興業入社以来、初めてのことかもしれないですよ。ほぼ15年になるんですけどね」

「設計士として入ってきたんですよね。一般住宅の……。15年ですか……」

義郎はずっと、希望する仕事になかなかありつけない長沼には不満が鬱積しているものと思っていた。ましてや、義郎が取締役になってからというものは、不満を助長するようなことはあっても生きがいを与えられるような事態には至っていないはずだ。

「いやあ、若かったんだなあ、と思いますよ。僕の先生が、設計は机の上でするもんじゃない、と言ってたのが実感できるようになったのは最近ですからねえ」

「いい先生だったんですねえ」

「図面が引けるからといって設計ができるとは思うな、とも言ってましたからね。……だから、いいんですよ、特に最近の仕事は。現場で汗を流す人と一緒に働けるって、いいことだと思ってます」

「でも、建築現場はあまりないから……。土木関係がほとんどだし……」

「一緒です、現場は。……なんか、自分の心構えやスタンスがあやふやなままの15年で……今思うと、ですけどね。自分の中の不満ばっかり見つめていたような……」

「公平……いや、社長はずっと、設計の仕事させてやるのが約束だからなあ、って気にしてましたよ」

「う~~ん。……させてもらうもんじゃないんですよね、きっと、仕事は。だから、よかったんですよ、本当に。現場に対する責任感や現場との一体感が生まれてきてますし……。これからは、自分の仕事として考えられるような気がするんですよ」

「自分の仕事、ですか……」

「社長はいるけど、存在してないと思って、僕たちで僕たちの仕事をやりましょうよ。……お金のことは困りますけど……ね!」

「わかりました!僕たちの仕事、ですね!」

義郎は泣いてしまうんじゃないかとさえ思った。それほどうれしく心強い言葉だった。感動に背筋が震えた。そして、心奥深く、“公平が無茶をしようとした時は、止めよう!”と決めた。

                                          次回は、9月23日(月)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


コメントを投稿