S2000奮闘記

スポーツカー偏愛録。
S2000のメンテナンスノート。

Book / 本能寺

2009年08月27日 | 雑記
天才は傾(かぶ)いているという。

姿勢がではない。

思考が傾(かたむ)いているのである。

百万の凡才はその思考の傾斜に目を奪われ、その飛躍に驚嘆するうちに、

憧憬の念にとりつかれる。

そして無意識のうちにおのれの人生を思う。

凡愚百万の人生を費やしても、何ほどの事やある。

所詮空しい歴史の埋め草ではないか。

せめてものことに、一世の天才の業に力を副え、その大業に奉仕することで、

自分の人生を意義あらしめたい。

書けばくだくだしいが、これは理屈ではない。

感覚である。

そう感じたとき、凡才は天才の虜になっている。

魅力ではない、

魔力なのである。

だから天才は、人の奉仕に見返りを考えることは要らない。

凡才は奉仕する事に人生の意義を感得し、喜びを得る。

それが見返りなのである。


池宮彰一郎 著 「本能寺」239項より。



「自分の人生の意義とは・・・」

今の自分に意義はあるのか?

凡才には凡才の生き様があるはず。

草は草なりに美しくありたいものだ。

深く考えてしまう秋の夜長。


バカと天才は紙一重!?
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