横浜スローライフ -- My slow life in Yokohama

位置情報、地理情報に関するサービス、その他日常生活から思ったことを気ままに記す不定期のんびり日記

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お祭り終了

2005年10月31日 15時01分05秒 | スローライフ
コンテストはUTC(世界標準時)の日曜夜24:00まで、すなわち日本時間の朝9時まで48時間続く。その最後のチャンスの今朝だが、昨日よりもコンディションが悪い。通常なら「ガツン」と特別に強力な信号を送ってくるアルゼンチン、ブラジルの局が弱々しい。聞こえても既に交信してしまったところばかりである。結局2局だけ新しいのを見つけ、手持ちぶさたにてコンテスト終了。48時間での総交信局数は90少々。土曜日にヨーロッパが楽しめたが、日本から東方面はアメリカもメキシコも聞こえず、何とも寂しい結末となった。

ともあれ、お祭り終了、さぁ、仕事復帰だ!
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初日よりも寂しいオープンに

2005年10月30日 23時55分41秒 | スローライフ
コンテスト2日目は午前午後ともに初日よりも寂しいオープンとなった。朝の定番の南米も弱々しく、聞こえてくるのは昨日交信済みの局ばかり。ようやく昨日交信できなかったハワイ、ニュージーランドを見つけて交信したものの、日曜日にも関わらず、バンドはあまりぱっとしない。

昨日は4時半過ぎから欧州がオープンしたが、今日は3時前後にユーラシア、アジア近東方面が開いたが、その後はスポットオープン止まり。突如としてイタリア(シシリー島)が強力に入感したが、その時間も10分少々で終わってしまうなど、バンドは神経質な変化をした。昨日よりも私のコールへの応答率が悪く、交信局数が進まない。相手側がこちらのコールサインを正確に了解できたかどうか疑わしいものもある。それでも、昨日未交信のZone31,23,18,17,22,21がやれてようやく過半数のZoneマルチだけは達成。

それにしても、九州はうらやましい。夕方5時半を過ぎて、こちらではバンド自体がフェードアウトすれすれになっていても、まだヨーロッパ方面から呼ばれている。この歴然とした地域差は交信局数やマルチにおいて相当の違いを産みそうである。太陽活動の低迷時のWWコンテストは西日本が有利な気がする。
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黒点数ゼロで始まったコンテスト

2005年10月29日 13時38分26秒 | スローライフ
年に1回のお祭り、WWDXコンテストが9時から始まった。昨年は北米も欧州も少ないなりに聞こえたが、今年はさすがに厳しい。SFIが73で、黒点数はゼロで味わうのは実に何年ぶりだろうか。

私はCQを出さずに聞こえたところを呼びに回っているのだが、途中2時間出かけていたこともあるが、午後1時過ぎの時点で9エンティティ、9ゾーン、22交信に留まっている。南米はブラジルの最南端のPY5、そしてLU、CX、CEができた。太平洋は7000Km圏内ならかなり安定しているが、10000Km離れたニュージーランドまではパスが伸びない模様。そしてハワイがなぜか聞こえない。

ところで、私が外出している午前11時過ぎに、何とロングパスでCT3YAが入感したらしい。ゼロの日にそんなことがあるのだ!レポートは西日本に限られているが、ここ横浜からはどうだったのだろう。

(追記)
夕方4時過ぎになって、驚いたことに突然東欧がオープンしはじめた。しかも西回りのスキャッタではなくて、大圏コースの正規パスである。オープンのピークは5時頃から6時くらいまでで、北欧をのぞくゾーン15の各国が、北はラトビアから皆々イタリアまで、ほぼまんべんなく入感した。パスはゾーン14のドイツまで広がったが、良い設備を持っている局や西日本の局ならばもっと遠くまで聞こえていたと思う。

信号はS3から強いもので9近く振るものもあり、私の呼ぶシグナルも3回に2回くらいの割合で了解してもらえた。太陽黒点数ゼロ、SFI73というデータからは、こんなパスが起こりうるとは誰も想像しないだろう。ただ事実はデータよりも不思議であった。もちろんこの秋初めての欧州との交信であった。
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Map とマップと地図

2005年10月28日 07時50分48秒 | 地理情報関連
最近英文を訳す際に悩んでしまうことが多い。

mapという単語を、「地図」と訳すと、どうもしっくり来ない。
mappingという単語の場合、「地図化」ではおかしいので、やっぱり「マッピング」がしっくりする。Web mappingは「Webマッピング」となる。ただ、thematic mappingは「主題図作成」、topological mapは「地形図」とという言い方が定着している。

interactive mapは「対話的地図」と訳したら??なので「インタラクティブマップ」のままの方がイメージしやすい。mapping hackはまんま「マッピングハック」だし、ああどうしよう!

ふと思い出したのは、前職で本社の製品パンフレットやWebサイトを日本語に訳した際に、同じ悩みになって、結局「マップ」を主にしたらすっきりした。なぜかというと、英語のmapという単語には、2次元的な視覚化などのような、日本語の「地図」を超えるもう少し幅広い意味があるからだ。日本では「地図」に対する固定観念が結構あって、表現の発想の多様さが、アメリカに比べると少ない。アメリカの方が沢山のアプローチを許容する。それも「地図」と「マップ」とは守備範囲が異なっているということをベースにすればなるほどと理解できる。
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ゼロの日

2005年10月27日 08時59分18秒 | スローライフ
さあ、明日からワールドワイドDXコンテストだ!...というのに、太陽黒点数がゼロ。またもややってきたゼロの日だ。

対蹠点地域のアルゼンチンもあまり強くない。CXやPYといったその周辺は入感してこない。ハワイのビーコンも聞こえない。う~ん、かなり寂しい。

SFIは72。SFIは68が前のサイクル(1996年)の、67が前々サイクル(1985年)の最低値なので、まだもうちょっと下はある。今年は9月半ばまではSFIが110を超えるような変動もあったが、過去の例ではサイクルのボトム時期はSFIが70少々のまま1年近く低迷する。9月下旬以降、今まであったような変動も無く、落ち着いた状態が続いており、これは本当の意味でのボトム時期に入ったのかもしれない。

数字はともかく、明日の伝搬状況に注視したい。もちろん、コンテストにも参加しようと思う。
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南米が強力

2005年10月26日 08時27分43秒 | スローライフ
ワールドワイドDXコンテストを週末に控える中、バンドはなかなか調子が上がらずだったが、今朝はウルグアイやアルゼンチンなど対蹠点地域が強力に入感した。中にはS9振らせる信号もあったが、対蹠点を離れると信号は弱くなる。朝8時過ぎに南ブラジルのPY3YUWを見つけ、呼んでみたもののなかなかコールを取ってくれない。こちらの出力が少ないこともあるが、55のレポートに対してもらったのは41。この局とは5回目の交信であるが、いつものように簡単にはいかない。バンドは8時半頃になると早くもフェードアウト気味。SFIが73だとさすがに寂しい。
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各国を回って

2005年10月25日 11時39分14秒 | スローライフ
ここ1ヶ月で、日本、シンガポール、カナダ、アメリカを回った。見た目の印象だが、シンガポールが一番活気があふれていた。カナダはひなびていて、アメリカはホームレスと金持ちという貧富の格差がメチャクチャビジュアルに出ていた。

日本も経済のパイは伸びない中、富が庶民からお金持ちに移転するような政策を続けきた。消費税を2007年度から10%以上にするような政策があるようだが、ここ10年くらいの税制改変で資産税や所得税が富裕層に有利に働く以上、さらにそうした格差を助長することは間違いないと思う。

貧富の格差が広がると、機会均等が失われて社会が不安定となり、結果として社会を維持するコストが増大する。小さな政府を理想とするなら、そうした格差を是正して機会均等を保証するような政策を実施すべきだと思う。ところが、今の政府は結果については”自業自得”として受け入れさせ、機会については”自助努力”を要求する。それは自分の子供のしつけという点では意味をなしても、国の政策としては誤りだと思う。

国の指導者は国民が向かうべき国のビジョンを明快に提示し、モチベーションを与えることを先に行うべきである。最初から「痛み」を提示されたら、それを痛みに感じなくてもすむ経済的強者以外の人は、誰だって前向きな生き方がしんどくなるに決まっている。国民の大多数がモチベーションを失ったとしたら、どんな財政出動をしたところで、経済社会の発展の可能性はあり得なくなってしまう。
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この違いは!?

2005年10月22日 18時26分37秒 | スローライフ
ロサンゼルスの空港からサンタモニカ市のホテルまで、行きはタクシーに乗った。アメリカではしばしばSuperShuttleを使うのだが、今回は事前の下調べがあまりできず、「距離が近そうだから、たいしたこと無いだろう」と甘く見つもった。そうしたら20分少々の所要時間なのにチップ込みで40ドルもかかってしまった。う~ん、これは割高だ。

ホテルからUCLAに行く際に、サンタモニカ市の運営するBig Blue Bus(市営バス)を利用したのだが、片道75セント。そこのHPを見ていたら、なんとLAX(国際空港)行きのバスがあるではないか!もちろん75セント。UCLAの知人に聞いてみたら、1回利用したことはあるけど、普通の人が乗るし時間がかかって大変だからどうかなぁ、と。ただ治安上の心配はないらしい。じゃあ使わない手はない!

日本の場合、公営バスは通勤や買い物で誰もが利用するが、アメリカでは主として経済的な理由でクルマが持てない人(低所得層や学生)が利用する。乗ってみてわかるが、車内の雰囲気は日本のとはずいぶん違う。それを裏付けるように、比率としてはLatinoがかなり多く、続いて黒人、アジア系や白人はまれ、社内は英語よりはスペイン語が飛び交う。

UCLA行きはそれでも学生が多いのでちょっと”明るい雰囲気”だったが、今朝空港に向けて乗ったバスは、「空港行きバス」というカテゴリにはほど遠い、まさに「庶民の足」であった。たくさんの停留所に止まるし、一般道をひたすら走るので1時間近くかかるが、ともあれ75セント。もちろん無事着いた。

日本にこんなバリューな「空港バス」はないぞ、と今成田からYCATへのリムジンバス(3500円)に乗りながら思う。
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ロサンゼルスに来たけれど

2005年10月21日 09時32分50秒 | スローライフ
オタワからの帰途に、ロサンゼルスに立ち寄っている。6月のミネソタでのMapServerのカンファレンスで知り合ったUCLAの研究者に会うためだ。せっかくなので彼の薦めもあって”西海岸らしい”風景が楽しめるサンタモニカにホテルを取った。

確かにOcean Avenueの向こう側には太平洋が広がり、風光明媚で、公園がきれいに整備されている。歩いていてとても気持ちがいい。ところが、10メートルおきくらいにホームレスがいるのだ。東京で見かける頻度と桁が2つくらい違う。同時に、豪華なコンドミニアム、半端じゃない高級車、悠々とジョギングを楽しむカップルも多数見かける。自由競争の本家であるこの国だが、その結果は貧富の格差をこれほどまでにビジュアルに見せてくれる。

貧困問題は、世界の解決すべき最大の問題の一つであるのだが、貧困問題はアメリカ自身の深刻な問題でもあることをこの目で実感した。イラクで力づくで「民主主義体制」を構築している場合ではない。

今、日本でもアメリカ的な自由競争のモデルが制度的にどんどん浸透しつつあるが、同時にこれは貧富の格差を間違いなく助長する。すでに日本では「貧困層」に統計上規定される人口が明確に増加しはじめている。一方、富裕層も同様に増加しており、「中流」と呼ばれた層が減少して二極分化しはじめている。

努力が正当に報われる、成功の機会が均等に与えられる社会は絶対に必要だが、それをあまりにもシンプルに適用してしまうと、結果としてあまりにも辛い”報われ方”に甘んじなければならない人がどんどん増加してしまう。そうなってから是正しようとしても、階層が分断されているので国民のコンセンサスを得るのは手遅れである。仮にコンセンサスが得られても、その際の社会コストは膨大になるだろう。
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イラクから来たタクシードライバー

2005年10月20日 13時11分25秒 | スローライフ
ホテルからオタワ国際空港に向かうタクシーで、ドライバーと気候や景気の話などをしていて、「ところでオタワに何年住んでいるの?」と話を向けたら14年だという。中近東系の風貌で発音もなまりがあるので(かくいう私も未だにLとRの発音が身に付いておらず、今日も”ラウンジ("L"ounge)はどこにあるのか”という質問がなかなか通じなかった、、、トホホ)、どこから来たかと聞くと「イラクだ」とのこと。イラクのどこからかと聞くと「南部からだ、バグダッドに比べれば(テロが少ないので)まだ落ち着いている場所だ」との回答。

彼によれば、向こうでは学校の先生をしていて、サダムフセインの迫害を逃れるためにカナダに家族で来たらしい。昨年ようやくフセイン政権が崩壊したので、郷里に家族で一時帰国したが、とてもまだ家族を安心して住まわせる状況ではないのでカナダに戻ってとどまっているという。今イラク南部は生活インフラがずたずたで、電気、水道、通信設備いずれも悲惨な状態だそうだ。

それでも話の端々に、時が来たら国に戻って教師をやりたいという気持ちが伝わってくる。国を捨てざるを得ない事態に追い込まれたが、それは不本意であって本当は生まれ故郷を愛しているし、何らかの貢献をしたいのだろう。

先日ここで私は日本を捨てても良いようなことを書いたが、彼と話をしているうちに、それは日本に対する深い愛着の裏返しの心理であることを自覚した。日本という国が、将来のビジョンを持ち、独立して安定して確固たる存在であり、それが故に国民のモチベーションが形成され、努力をすることが喜びとなるような、そんな国であって欲しい。残念ながら今それが失われているのが日本である。

最後に彼が「良い話ができてありがとう(Very nice talking)」と真顔で言ってくれたのが印象的であった。
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