横浜スローライフ -- My slow life in Yokohama

位置情報、地理情報に関するサービス、その他日常生活から思ったことを気ままに記す不定期のんびり日記

この”秋”初のブラジル

2005年08月29日 08時00分40秒 | スローライフ
今朝7時半過ぎ、この秋(気が早いようですが)初めてブラジルの信号を聞いた。ブラジル最南端のPY3PDR Pauloだ。彼がJE1LETさんの交信中、Pauloの信号はほぼ了解できるが、ふわふわとノイズの上を行ったり来たり、まだ本調子のオープンには遠い。LETさんとの交信後にCQを出し続けているので読んでみたのだが、全く応答無し...ちょっと悲しい。

ともあれ、PYが聞こえた。間違いなく空は秋に向かっている。

追記8時45分 パラグアイからZP8AEも入感。よしよし...

KA6PUW Markさん来訪

2005年08月29日 07時49分16秒 | スローライフ
土曜日、JA1QGT加藤さんのアレンジで、来日中のKA6PUW Markさんが我が家を訪問。
加藤さんに加え、JH1BXH(同じく加藤さん)さんにもご同行いただき、「日米10m談義」に。そして、2004年のJIDXコンテストの優勝盾の授与式と相成りました。

お話を聞くとCosta Mesaは周辺でも数少ないアンテナ建設制限の緩いエリアだとか。それが理由で自宅を購入されたのだというので、あ、これは国は違っても同じだと思いました。ちなみに我が家も「庭にアンテナを立てて良い」という許可がオーナーから得られる条件だけで(マジです)見つけた貴重な物件。

台湾はベストバリューの国

2005年08月24日 13時10分23秒 | スローライフ
アジアの国をいろいろ訪問して思うのは、同じアジアと言ってもそれぞれ経済、文化、そして肌で感じる社会状況がかなり異なっていることである。

そんな中でも台湾(台北)は発展した経済とかなり整備された都市インフラで、韓国のソウルや香港に匹敵して進んだエリアだと思う。

まずビジネスのマナーにおいて、そして我が業界に身近なソフトウェアの海賊版問題でも、台湾や香港と中国本土とでは、同じ”大中国”とはとても言えないくらい違っている。もちろん、前2者が遙かに洗練されている。香港と台北の人がそれぞれ真顔で「中国ビジネスの難しさ」を私に語るのは大変興味深い。日本人から見れば、同じ中国人で北京語を話す彼らならば、誰よりもスムーズにビジネスを進められるように見えてしまうのだが、苦労談や失敗話を聞くにつけて、ああ何だ結局は同じように苦しんでいるんだ、とわかる。

さて、台湾であるが、日本人にとっては漢字が読め、しかも台北市内の至る所で日本語の看板や「日式」と表示する日本テイストの店がいっぱいある。文化的にも日本の影響が強く、ホテルで見るTVも日本のグルメ番組やアニメの吹き替えがいっぱいあり、書店ではるるぶの翻訳版やファッション雑誌の翻訳版が多数出ている。反日デモが吹き荒れた北京や上海とは大違いだ。

街は清潔で、至る所にある食堂はおしなべておいしく400~500円もあれば文句なしに腹一杯食べら、B級グルメには事欠かない。いつも泊まるホテルも「旅店」と表示される”ビジネスホテル”だが、1泊5000円少々で、とても清潔。しかも無料でADSLが使える。タクシーは英語が通じないのはちょっとつらいが、料金は安い。”リゾート”っぽさが全然無いのだが、街を楽しむためには総合的にバリューが高いと思う。

急な出張よりも急な動き

2005年08月23日 23時21分43秒 | 地理情報関連
台北でのミーティングが終わった。バンコク、香港、台北そして横浜からメンバーが集まり、議論をして方向性を決め、そしてまた各地に戻っていく。特に華僑系はアジアを股にかけて日刻みに移動をしている。そして彼らがもたらす人脈は貴重で情報の鮮度も高い。

実質数時間のミーティングだが、真剣な議論、そして参加者の迅速な決断は日本の地理情報業界において欠けている側面でもある。それで許されてしまうのは、やっぱり日本市場が中途半端に大きいからだと思う。日本以外のアジアでは金額ベースでの市場規模は限られてしまう。そこで周辺諸国や欧米の市場を最初から考慮してビジネスが始まる。そして当たり前のことだが伸びる市場に投資する。

自国の市場がシュリンクし始めた現在、日本だけにフォーカスするビジネスがそもそも将来性があるのだろうか。その辺に頓着しない企業がまだまだ多すぎると思う。


いきなり海外出張

2005年08月21日 23時55分45秒 | スローライフ
う~ん、ここまで急な海外出張は初めてだ。
夕方、メールをチェックすると、「火曜日に台北で会おう」と香港からメール。そのためには明日月曜日のフライトで向かわないといけない!

そこで、関係者のいるバンコクや方々に連絡するも、肝心のミーティング参加者の最終確認がとれない。午後10時過ぎになってようやく香港から「1時半からミーティング確定」との電話連絡。これで決定。

やれやれそれから航空券やホテルの手配が始まる。さすがに前日の発券は格安券はもちろん、PEXもだめで”普通航空券”のみ。どの航空会社も高い。結局羽田-関空経由で飛ぶことにした。往復で14万円弱(北米に2往復できるのに!!)。

ホテルもインターネットで格安のを調べ、電話をして予約完了。インターネットがあるからこそこんな芸当もできるが、無ければ当然出張不可能である。

ということで、明日月曜日から水曜日までひとっ飛びしてきます。

覚王山のスタバ

2005年08月15日 10時02分39秒 | スローライフ
覚王山日泰寺の参道の入り口角にスタバを発見!
えっ?どうして??

覚王山と言えば、高級住宅街でもしられるが、実は古くからのおばあちゃんの街。毎月21日の縁日には名古屋中のおばあちゃんが集う!というくらいのにぎわい。それ以外は閑散としていて、スタバ好きの外国人もほとんどいないし、基本的にスタバが成り立つような街ではない。
(何だって最寄り駅の根岸線港南台の乗降客数と比較にならないほど少ない)

覚王山でのコーヒーはあの鄙びたえいこく屋が似合うと思うし、多古八のような一杯飯屋が魅力でもあるのだが、スタバの店舗立地マーケティング担当者は何かを判断誤ったような気もする。駅の乗降客数は縁日で一気にかさ上げされるので、それで間違ったのか? だとすると、おばあちゃんが”カフェフラペチーノ”を注文するとは思えないので大はずれ。

一つ良い感じなのは、一等地の角にマクドナルドが出来るのよりはずっと街になじんでいるところだ。

我が学生時代から愛したこの街にまでスタバか、、、感無量。

ううっ、、この暑さ身に覚えあり、だが

2005年08月14日 12時56分08秒 | スローライフ
11日の夜から名古屋に帰省している。
先遣隊から「覚悟をするように」の報を受けていたが、その夜の蒸し暑さはいったい何物?

12日は曇りがちで救われたが13日、そして今日(14日)は”抜けるような青空”+”ジリジリ焼けそうな強烈な日差し”をライブ体験。ううっ、、この暑さ身に覚えありだ。念のためアメダス情報を見ると、13日の最高気温はは36.3度。今日は12時時点で35.1度で全国アメダス地点堂々2位のランク入りである。緯度的にはそれほど差がないのにどうしてここまで違うのだろうか。

街行く人の服装が横浜で見るよりも明らかに”熱帯型”で老若男女問わず軽装で肌の露出度が高いのも、この気候に納得。

横浜に引っ越すまで確かに住んでいたから、あの94年の猛暑も体験済みなのだが、、、それにしてもこの暑さは凄すぎる。

消えゆく小学校

2005年08月08日 09時14分31秒 | スローライフ
妻と子供を市営プールに連れて行った。
そのプールはクルマで20分ほどかかるが、自然に恵まれた一戸建ての住宅街の脇にあり、あまり混み合っていないのでよく利用している。

すぐそばの商店街に小学校の存続を訴える横断幕が掲げてあった。えっ?少子化もここまできているのか!と驚く。自宅に戻りインターネットで検索してみると、横浜市教育委員会のサイトに小規模校(1学年が2クラスにできない規模)の統合がテーマになっていることがわかる。その小学校は、近隣の小学校と統合してもぎりぎり2クラスを維持できるに過ぎないほど”過疎化”していることがわかった。

その周辺の住宅地は、70~80年代に民間会社によって開発され、一戸建てを主体とした大規模なものである。開発当時に40歳前後で一戸建てを購入した人は、70歳台になっている計算で、確かに出歩いている人は老人ばかりである。

駅までバスで20分ほどかかるため、賃貸アパートの比率も低い。
新聞のチラシで入る不動産広告で、この地区は売り物件が多い。どれも土地が60坪以上あるため、価格が高くて私のような”子育て世代”には手が出ない。駅からの終バスが10時頃に終わってしまうので、働き盛りには不便で、結局は住環境は我慢して駅に近い住まいを選択せざるを得ない。

街は異様なほど静かで、公園で遊ぶ子供の姿もあまり見かけない。商店街はシャッターがおりて営業しているところはわずかである。一方住民は経済的には恵まれているようで、庭は整備されており、ガレージには高級車が結構並んでいる。

インフラは豊かで、個人資産もあり、何ら生活には困らない。しかし新しい人は入って来ず、成長は見込めず、そのまま絶えるのを待つのみである。なんだかこの状況は日本のこれからをずばり表しているように思え、ぞっとする。

横浜気候考察

2005年08月07日 18時10分13秒 | スローライフ
盛夏にふさわしい暑さが横浜にもやってきた。とは言え、横浜の夏はすいぶん短い。せいぜいお盆過ぎまでには終わってしまう。

ご近所に今年大阪から引っ越してきた人が、(愛知県出身の)妻と7月下旬に「ここは全然夏が来ませんね」と”意気投合”するほど、横浜の夏は頼りない。

出身地である名古屋の場合、最高気温が35度を超す酷暑日は最近では年間15~25日になっているが、横浜ではまれである。「暑さ寒さも彼岸まで」という 言葉も、名古屋では「暑さ寒さも彼岸までは”必ず”続く」だが、横浜では「暑さ寒さも彼岸まで続く”ことがある”」くらい違う。

私は毎日のように横浜と名古屋の気温を比較しているが、おしなべて真夏の名古屋は横浜に比べて最高気温が3度くらい高い。一方真冬の場合、逆に名古屋は横 浜に比べて最低気温が3度くらい低い。夏の暑さと冬の寒さが苦手な私にとって、こんなに素敵な土地はないくらい横浜は「リゾート」である。

一方、いいことばかりではない。横浜は晴天率が低い。
抜けるような青空を体験することが名古屋に比べてずっと少ない。
特に秋から春にかけて天気がぐずつくことが多く、シアトルみたいである(ちょっと言い過ぎか...)。黒潮の運んだ暖気と、北から入る冷気がぶつかり、雨 雲が発生しやすい。東伊豆から湘南、横浜、房総に雨雲が発生し、それ以外の地域では晴天なんてこともよくある。結果として洗濯物が乾かず、乾燥機がこれほ ど役に立とうとは、名古屋在住時には思いも寄らなかった。

一月ぶりの交信

2005年08月04日 08時48分00秒 | スローライフ
今朝もLU(アルゼンチン)のビーコンが聞こえ、ひょっとしたらと思ってバンドをスイープしたら音声が聞こえるではないか?問いかけてみたら、ハワイのオアフ島からだった。
早速交信成立。先方は車載型のトランシーバーで出力は20-25W、アンテナはバーチカル。信号は3から7くらいの深いQSBがあったが、会話をするには問題ない。わずか5分くらいであったが久々の”リアル交信”の成立である。

JG2TKH 28485.0 KH6CB 2321 03 Aug