横浜スローライフ -- My slow life in Yokohama

位置情報、地理情報に関するサービス、その他日常生活から思ったことを気ままに記す不定期のんびり日記

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FOSS4G2012年はアジアか?

2010年03月29日 19時14分43秒 | OSGeo/FOSS4G
 PostGIS開発プロジェクトの責任者であるPaul Ramseyのブログで、
First, we wanted to be more definitive about our regional siting plan, which is to rotate between Europe (2010), North America (2011) and elsewhere (with elsewhere being Asia (2012) in the current rotation plan). For 2011 the regional arrow points to North America, since 2010 is in Europe.
と書いてあった。

 なになに?いつの間にかFOSS4Gは世界各地をローテーションでやることになっているような書きぶりだが本当なのだろうか。

 2010年の開催地はスペインのバルセロナであるが、この開催地を巡るコンペには、コロラド州のデンバー、中国の北京、オランダのユトレヒトが名乗りを上げていた。もし、場所のローテーション原則が内々にあったのであれば、デンバーや北京は無駄に時間と労力をかけてしまったことになる。

 個人見解であるが、私はFOSS4Gカンファレンスは、技術カンファレンスとしての成功だけではなく、ITの一分野としての商業カンファレンスとしての成功も同時に目指す段階だと思っている。だから、世界から人がアクセスしやすい場所を優先するべきだ。ケープタウンもシドニーも、北半球の人口密集地から遠く離れているので、私はカンファレンス開催地としては適していないと思っている。いずれのカンファレンスも、参加者数は500名を下回り、スポンサーも限定され、財政的に基厳しくなって、そのツケは参加者へのサービス(食事、コーヒー、パンフレットなど)の低下と、一方において参加料が高止まりしてしまった。

 では、どこで開催すべきなのだろうか。北半球であればどこでも良いか、という点もある。発展途上国で人口が多いBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などで開催すれば、開催地域からの集客という点では大いに期待できよう。豪華な会場、ホテルなどの箱ものも揃っている。こうした地域でのカンファレンスは、国土の計画的な発展、環境問題、防災にGISが寄与しているという点では、先進国で開催するカンファレンスとは違った意味で充実するだろう。しかし、どうしてもローカルカンファレンスのような色彩を帯びてしまい、ITの一分野としての商業性は色あせる。ジオな人は満足するが、ITな人にとっての魅力に欠けてしまうのが問題だ。

 そうなると、北半球の先進地域での開催となるのだが、逆にこの場合は、発展途上国からの参加者にとって旅費や滞在コストが高く、それ以前にビザも取りにくいなどの障壁にぶつかってしまう。それでも、商業的な成功へは一番ハードルが低い。

 さて、Paul Ramseyが書いているようにアジアでの開催だが、世界で最も人口の多い地域で開催するという点で意義がある。しかしアジア(特に東アジア)は、欧米から距離があり過ぎる(多数の航空会社が就航しているので距離の割には価格が安いが)。さらに、一口にアジアと言っても、経済、社会状況は地域によって差がありすぎる。日本で開催するのと中国で開催するのとでは全く違ったカンファレンスになる。ワールドカップのような日韓共催も現実的ではない。それを考えれば、地域ローテーション方式の開催は、その発想自体は「地理屋」的でおもしろいのだけれども、多角的な検討の上に導き出された方向性かどうか・・・?

 ちなみにアジアとなると、当然我々日本も対象の一つになる。
その日本で開催するとした場合には、次の障害がある。
 1)ドル、ユーロに比べて円が高く、開催費と滞在費等が高額になる
 2)英語でのカンファレンス運営が求められるが、地元の参加者にとってハードルが高い
 3)ローカルコミュニティやホスティングカンパニーが人的、財政的にまだまだ貧弱である

いずれも、そう簡単には解消できない。
 1)は、最近の円高でますますハードルが高くなっている。ただ、ホテル代は日本は欧米に比べると狭い分だけ安いし、高速インターネットが無料で使えるので、悪い話ばかりではない。
 2)は、困った問題である。基調講演などでは同時通訳を雇えば済むが、数々の発表まではとても手が回らない。
 3)開催地側は専属で数名を半年位投入しなければならないし、会場費を先払いしなければならないが、日本支部とその支援者にはそのような力はまだ無い

 それでも、もし地域のローテーションが原則になるのだったら、一度は日本でFOSS4Gカンファレンスを開きたいと思っている。1)と2)の障害はどうしようもないのだが、3)の障害は自らが力をつけて解消するしかない。Paulの言う2012年はいささか時期尚早だと思うが、さらにその数年後を念頭にできればと思う。
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生態学会自由集会に参加して

2010年03月16日 00時04分22秒 | OSGeo/FOSS4G
 OSGeo日本支部が後援するイベント生態学におけるFOSS4G利用が15日に開催されたので参加してきた。生態学会の「自由集会」という形で、誰にでも参加できる形態で行われた。昨年は岩手県立大学だったが、今年は東大駒場キャンパスなので大変アプローチがしやすい。

 東大駒場の入り口すぐにある生態学会の案内(いくつもの校舎で開催されている)

 会場の11号館第8講義室(実はこの撮影後にさらに人が集まり、最終的には空席がほぼゼロになった)

 昨年の生態学会でもこの自由集会はかなりたくさんの人で賑わったのだが、今年は空席がゼロに限りなく近くなるほどの盛況ぶりで、FOSS4Gの利用についての高い関心がわかった。昨年のアンケートでは、参加者の約半数がGISツールを使っていないとのことだったので、こういう集会で様々な経験談を共有することで、来年は「使っている」側になれるだろう。

 私はFOSS4G関係のカンファレンスや集いに数多く参加しているのだが、いつも思うことは「開発者寄り、技術志向」というにおいがどうしても強すぎるという点だ。オープンソースツール自体がまだまだ発展途上で、成熟の域に達しているものが少数である現状からは、これは致し方ない。例えば、昨年のシドニーのFOSS4Gは、GeoServerの飛ぶ鳥を落とす勢いがうかがわれるなど、技術面でのgeekには刺激がとてもあったのだが、コミュニティ形成やビジネスに強い関心がある人には、なかなかそれが見えなくて、得る者が少なかったのではないかと思う。

 その点、今回の生態学会自由集会は、まさに「ユーザーコミュニティ」そのもの。スライドを使って講演する側も「2009年9月からQGISを使い始めました」など、「ならば私もやれそうだ・・・」という敷居の低さ! ちょっと技術面で専門的な用語が出てきて理解できなくても、そこに劣等感を感じなくて、笑い飛ばしてもも良いのが「コンセンサス」なのだ。別に、技術にぐっと走るのを私は嫌っているわけでもなく、それはそれでおもしろいのだけれども、ツールはユーザーがあって初めて意味があるのであって、ユーザーコミュニティこそが主役級の役割を占めるべきだ。今回の生態学会自由集会は、そういうことを強く感じる、私にとっては本当に「楽しい」(生態学の専門知識は無いけれども・・)集まりだった。

 OSGeo自体も、開発コミュニティの成長はもちろん、それと同時にユーザーコミュニティの成長に寄与できると本当にうれしい。そう強く思った。

 なお、本日の講演内容(スライド)は大部分が公開されると聞いているので、参加できなかった方もそちらをごらんいただければと思う。
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FOSS4Gコミュニティはいかにして創成されたか その4

2010年03月12日 22時35分47秒 | OSGeo/FOSS4G
 OSGeo財団は、2006年2月に設立され、これにより初めてFOSS4Gコミュニティが、共通の議論の場、活動の場を得ることができるようになった。こうした活動には資金が必要であるが、Autodesk社が1万ドル相当の支援を行ったことによってその壁をクリアできた。Autodesk社は、自社製品のMapGuide Enterpriseの将来が、このオープンソース版であるMapGuide Open Sourceに依存しているという構造的利害があったから、こうした資金援助を行ったという見方が成立するが、当時私がGary Langに感心したのは、「金を出すから言わせてくれ」的な態度を一切見せなかったことである。そればかりか、OSGeo財団の登記に関わる弁護士費用を負担し、当初のWebサイトに使用されたCollabonetのインフラを提供し、DM Solutions Groupが開発したWebフレームワークのFusionの開発を資金的に支援し、その後のFOSS4Gカンファレンスでの主要なスポンサーになるなど、コミュニティ全体の活性化のために数々の貢献を行った。

 私は、以前米系のGISベンダに勤務していたことがあり、いささか近視眼的な意志決定に翻弄される体験もあったので、Autodesk社のコミュニティに対する謙虚で一貫した態度は、正直驚いたのだった。やはり、同じNASDAQ上場企業でも、こういう会社が顧客の信頼を多く得るのだろうと思う。もちろん、彼らもビジネスでこうした活動を行っているわけだし、主力はプロプラエタリ製品の販売であり、私は盲目的に賞賛しているわけではないが、ことFOSS4Gコミュニティ支援については大いに感謝している。

 さて、話を日本に移そう。2006年当初、日本でのFOSS4Gコミュニティはほとんど組織化されていなかった。オークニーがオープンソースGISのセミナーを開催すると100名以上が参加し、MapServerなどのFOSS4Gツールをテーマとする個人ブログがいくつか出てきたのもこの頃であった。
 横浜市内で開催したセミナーには多数の参加者が詰めかけた

 2006年5月には「入門Webマッピング」(原著はWeb Mapping Illustrated)がオライリーから出版された。そういう風に関心は高まってきてはいたが、企業の情報収集や個人的興味の範囲を超えることはまだ無かった。私の会社自体も、ようやくFOSS4Gだけで事業が成り立つかどうか、という状態からなかなか抜け出せなかった。
 入門Webマッピングの訳者(記念イベント@オークニー)

 私は、「OSGeo財団の日本支部を作る」とあちこちで話をし始めていたが、一人で先走っている感がまだ漂っていて、どう進めて良いか躊躇していた。そこで、大阪市立大学のラガワン先生、升本先生、そしてオートデスク株式会社(Autodeskの日本法人)の野田さん(当時)のアドバイスと支援をいただき、少しずつ支部の設立に向けた歩みを始めた。

 2006年は、FOSS4Gコミュニティにとっては、いくつかのエポックがあった。一つはOSGeo財団が主催するという意味で最初のFOSS4Gカンファレンス(スイス、ローザンヌ)が開かれたことである。この時が、世界のFOSS4Gコミュニティが一堂に会した初めての機会であった。欧州で開催されたこともあり、500名を超える多数の参加者で盛り上がった。しかし、日本からの参加者は以前からの大阪市大組とオークニー組で大半を占め、まだコミュニティ形成にはほど遠かった。もう一つのエポックは、従来からのMapServer、GRASSO、PostGISなどのツールに加えて、penLayers、GeoServer、pgRoutingなどの新しいFOSS4Gツールが紹介されるようになったことである。さらに、OpenStreetMapの活動も紹介されるなど、複数のFOSS4Gコミュニティを束ねる役割として誕生したばかりのOSGeo財団であったが、機がまさに熟していた。
 FOSS4G2006でOpenLayersを紹介するChrisとSchuyler

 こういう高まりを受け、日本でも支部設立のアナウンスとイベントを行おうという話が進み、12月に品川で「OSGeo財団日本支部設立記念カンファレンス」を開催した。本部で最初にAutodesk社が様々な援助をOSGeo財団に対して行ったのと同じように、日本でもオートデスク株式会社がこのカンファレンスの告知と運営に多大な協力をしてくれた。こうして、ようやく日本でもOSGeo財団の存在が知られるようになっていった。
 OSGeo財団日本支部設立記念カンファレンス@品川
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FOSS4Gコミュニティはいかにして創成されたか その3

2010年03月08日 15時29分22秒 | OSGeo/FOSS4G
 MapServer Foundation設立のニュースは、MapServerコミュニティに大きな反響をもたらした。それだけではなく、このニュースはMapServer以外のFOSS4Gツールのコミュニティにも衝撃を与え、新しくできたばかりのMapServer Foundationのメーリングリストには多数の投稿が行われた。

 まず、なぜAutodeskという「プロプラエタリ」ベンダーと協力するのか、という戸惑いや反感、Autodeskが”MapServer”という名称を使うことへの反発、MapServerが名称を変更してMapServer Cheetah”になるという違和感など、好意的なものよりは反発の意見が大量に投稿された。特に、「オープンソースプロジェクトは誰にでもオープンであるべきで、なぜ一部の人だけがNDAを結んで勝手に決めるのか」という意見に対しては、好き嫌いの話とは次元を異にして、本質的な問題を提起していた。

 AutodeskのAUは数日間にわたって開催され、私は終始DMSolutionsのメンバーと行動を共にしていたが、あまりの反響の大きさに、彼らは面くらってしまっていた。昼食時に「何も貢献していない人達が口々に文句を言うけど、今までMapServerコミュニティに自分たちがどれだけ貢献してきたのかを理解しているのか」と、あるメンバーが話していたのが、私には一番印象に残った。オープンソースコミュニティには、献身的に貢献するごく少数のメンバーの周りには、ほどほどの貢献をするある程度のメンバーがいて、それ以外の圧倒的多数は「ただ使うだけ」という構造が存在する。DMSolutionsは、MapServerが使い物になるために、数年間にわたって黙々と開発作業を続け、コミュニティに提供してきた。だから、MapServerコミュニティの方向性を決めるのも自分たちの責任なのだ、と考えてきたのも不思議ではない。しかし、2005年当時、彼らの認識を上回る位、MapServerコミュニティは世界各地に増殖して、もはや真のオープンなコミュニティ運営が求められる状況になっていたのである。


メーリングリストで議論沸騰の中、AU会場では盛大な催しが開催されていた。
講演する女性はAutodeskのCEO Carol Bartz(当時;現在はYahoo!のCEO)

 状況は一時的にDMSolutionsとAutodeskへのバッシングに近いほどになった。2005年12月頭に始まったこの状況に冷静に耐えたのはAutodeskの担当副社長だったGary Langである。彼は、様々な批判、非難、質問に対して、冷静に回答をメーリングリストで行った。特に、「AutodeskがMapServerコミュニティを乗っ取ろうとしている」という批判に対しては、彼はなぜAutodeskにとって、MapGuideのオープンソース化が必要なのかを何度も説明をして、次第に納得が得られるようになった。メーリングリストのやりとりなので、時には冗談を書き、時にはシリアスな意見を述べ、Autodeskが変な意図を持っていないことを見事に伝えきった。そうしたやりとりの中で、12月半ば以降は、MapServerとMapGuideだけでなく、数多くのFOSS4Gツールを束ねるコミュニティを作るべきだという意見が出てきた。現在のOSGeo財団のプレジデントをしているArnulf Christl(ドイツ)もその一人で、彼が率いるMapBenderプロジェクトも参加したいと申し出て、議論に建設的な広がりが出てきた。

 この議論はクリスマス、年末年始の期間中も続けられ、どのような名称がふさわしいかに論点が移り、その中から「OSGeo」という名称が出てきた。2006年2月4日にシカゴで開催された会議に、MapServer, MapGuide, GRASS, GDAL/OGR, MapBenderなど合計8つのFOSS4Gプロジェクトが集い、OSGeo財団の設立が宣言された。

 AutodeskのMapServerコミュニティへのアプローチに端を発したOSGeo財団の設立は、FOSS4Gツールごとバラバラに存在していたコミュニティを組織的に束ねるという、大きな進歩をもたらした。一方、当初のアプローチを批判される側になってしまったDMSolutionsは、この時期を境に少しずつ勢いを失っていく。数ヶ月後に中心的な開発メンバーであったDaniel Morissetteらがスピンアウトし、その後もメンバーの退職が相次ぎ、MapServer開発メインストリームでの相対的な地位が低下していった。
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FOSS4Gコミュニティはいかにして創成されたか その2

2010年03月07日 23時03分54秒 | OSGeo/FOSS4G
 2005年の10月、私は所用があってオタワのDM Solutions Groupを訪問した。当時、DM Solutionsは社長のDave McIlhaggaと、当時の技術責任者のDaniel Morissette(後にMapGearsという会社を設立)、そしてKa-Mapで知られるPaul Spenser、さらにJeff McKennaら、MapServerコミュニティの中で中心的に活躍しているメンバーが勢揃いしていた。今思い起こせば、この時から2006年末位までが、DM Solutionsがもっとも勢いのあった時代だった。

 社長のDave(オフィスの前で)

 Daveと仕事の情報交換をしている中で、MapServerの開発計画の話題が出たのだが、その際にMapServerプロジェクトが二つになり、今のMapServerは名前が変わるという話がちらっと出てきた。え!?どうして、と聞くと、ある会社とのNDAがあるので具体的には言えないが、商用ベンダーがWeb製品をオープンソースコミュニティに提供したいと考えていて、それをMapServerコミュニティが支援する計画が進んでいるとのこと。もちろんミネソタ大学のSteve Limeもそれに賛同しているという話だった。私には、そのある会社がAutodesk社だと、うすうす察しがついた。なぜなら、オタワにはAutodeskの技術部門があり、数ヶ月前にミネソタ州立大学で開催されたMapServerユーザーミーティングにも、Autodeskの口ひげの紳士’Geoff Zeissがなぜか参加していたからだ。さすがに北米人はNDAには律儀なので、Daveから具体的な相手方については最後まで口にしなかった聞くことができなかったが、私から「おそらく相手方の会社は日本で大きな市場を占めているので、もし相手方が認めるのならば、私もその動きを促進する方向で協力したいと伝えてほしい」とDaveにお願いした。

 その後日本に帰国してしばらく、DaveからOKが出たという連絡があり、ちょうど1ヶ月後にサンフランシスコに行く予定があった私は、その機会にAautodesk本社にDMSolutionsの当時のマーケティング担当者のKim Toffinと一緒に行くことになった。当初Autodesk社には北米市場しか視野になかったようなのだが、MapServerコミュニティが北米だけではなくて、彼らにとって大きな市場である日本でも活発に活動していることは刺激になったようである。そして担当副社長のGary Langから、11月末にフロリダのオーランドで開催されるAU(Autodesk University)という名のユーザーカンファレンスにも来てほしいと誘われた。

 Autodeskは、MapGuideというWeb製品を販売していたが、オープンソースのMapServerの開発スピードのダイナミックさに比べて、機能追加、バグフィックス面で劣り始めていることを冷静に認めていた。そして、これを根本的に解決する方法は、MapGuideをオープンソースにして、コミュニティが開発を主導することだと結論づけていた。私は、その考えが正しいと思い、Autodeskのこの動きを日本のMapServerコミュニティの一員として応援することを約束した。

 当時Autodeskは、MapServerコミュニティと協力してMapGuideコミュニティを組織すること計画していた。そして、従来のMapServerを”MapServer Cheetah”と名付け、MapGuideを”MapServer Enterprise”と命名する方向で協議を内密に進めていた。こうした極秘の動きは、本来のオープンソースコミュニティとは相容れない感じがしたが、商用ベンダーの進め方は決まってこうなので、仕方ないかとも思った。そのAUの初日に、AutodeskとMapServerコミュニティは「MapServer Foundation」という新組織の結成を発表した。その発表会場には、北米以外からの参加者は日本からの私一人だけだった。

 2005年のAU会場でMapServer Foundationの発表をするAutodeskのGery Lang(当時)
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FOSS4Gコミュニティはいかにして創成されたか その1

2010年03月06日 13時08分20秒 | OSGeo/FOSS4G
 昨日の「Jeff McKennaと語る会@みなとみらい」は、急な告知にもかかわらず、いろいろな出会いのある大変楽しい集いとなった。

 Jeffが日本に来るのはこれで3回目である。
実は、Jeffの来日は、FOSS4Gコミュニティそのものの成立に大きく関わっている。

 2004年9月、大阪市大の招きでJeffが来日した際、私は成田空港から東京駅にやってくる、まだ会ったこともないカナダ人を同僚と迎えに行った。Jeffは日本の携帯電話を持っていないので、「夕方に成田エクスプレスを降りたホームで会おう」という約束はあったものの、到着時間も不明で、しばらくあちこち捜したあげく、ようやく”巨漢のバックパッカー”スタイルのJeffに巡り会ったのを思い出す。実はこの日が、MapServer開発メインストリームのメンバーが日本、いやアジアを最初に訪問した記念すべき瞬間だった。

 ちょうどそのタイミングで、大阪市立大学にはGRASS開発メインストリームのMarkus Netelerが来日しており、彼の場合も同様に最初の日本訪問だった。そして、彼らの日本訪問は、GRASSコミュニティとMapServerコミュニティが出会う最初の場となった。JeffとMarkus相互はここ日本で初めて出会った。この例が示すように、それまで、異なるFOSS4Gツールの開発者同士の交流はあまりなかった。


2004年9月、GRASSコミュニティとMapServerコミュニティが出会う(大阪駅前第二ビルの食堂街にて)

 この場で、異なるコミュニティの交流が必要だと力説したのが、”われらが隊長”こと、大阪市立大学のラガワン先生である。私もその考えに賛同し、先生とともに彼らに働きかけた。その結果、彼らからの賛同が得られ、それは2年後(2006年)のOSGeo財団の設立とスイスのローザンヌでの大規模なカンファレンスにつながった。今振り返れば、私はFOSS4Gコミュニティ成立のきっかけとなる場にいたことになる。今回来日したJeffとも当時のことが話題になったが、彼も、「この日本での出会いが、FOSS4Gコミュニティのスタートになったので、我々は歴史を作ったんだ」と話してくれた。

 ちなみに、今や世界的に知られるようになったFOSS4Gという用語であるが、FOSSという用語にfor Geospatialを足したFOSS4Gという用語を編み出し、foss4g.orgというドメインを登録したのはラガワン先生で、単なるアイデアの提供者にとどまらず、直後にタイのバンコク(チュラロンコン大学)で開催された、第一回目のFOSS4Gカンファレンスのオーガナイザーを務めていて、優れた行動家でもある。このように、ラガワン先生は、日本だけでなく、世界のFOSS4Gコミュニティ成立におけるキーパーソンであることを、皆様にお知らせしたい。


初回のFOSS4Gカンファレンスは2004年9月にタイのバンコクで開催(この時はGの意味がGeoinformaticsになっている)


最初のFOSS4G懇親会!(左から私、DMSolutionsのDave、Jeffの順)


 さて、当時私の会社は、IPAの支援によってGRASSとMapServerの国際化を実現させたものの、オープンソースで地理情報システムを提供するという事業ビジョンに関しては、国内の市場はそれで会社をまかなえるようなレベルにはほど遠く、事業の継続という点でいくつかの課題に直面していた。当時MapServerコミュニティの中核的事業会社であった、DM Solutions Group Inc.の社長のDave(そして当時のJeffもそのメンバー)達との出会いは、そう遠くないうちに日本でもMapServerを初めとするFOSS4Gツールが政府機関等に採用される時代が来るだろうと確信させてくれた。その日が来るまでは、”食うための”仕事をしながら会社を存続させようと決意した。

 2004年9月のこれを機会にコミュニティ同士の交流が始まって、FOSS4Gというアイデンティティでコミュニティだけでなく、顧客層への認知が高まっていった。そういう点で、ラガワン先生がいなければ、今日のような世界的なFOSS4Gの浸透は十分になく、かなり限定的なレベルにとどまっただろうと思う。オークニーという会社が、現在も事業を継続し、顧客を増やし続けていられるのも、あの時大阪市立大学で、そしてバンコクでの場をオーガナイズした隊長がいたからだ。だから、時おり「ただの酔っぱらい」に変身する、なにわのインド人様には、未だに足を向けては眠っていない。

 2010年3月、つくばで講演するJeff
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Jeff McKennaと語る会@みなとみらい

2010年03月03日 22時41分08秒 | OSGeo/FOSS4G
 5日(金曜日)にJeffを横浜のみなとみらいに迎える集いの詳細を決めました。

 開始時刻 午後4時から
 場所   株式会社オークニー (みなとみらい駅4番出口下車すぐ)
 予定   午後4時から5時まで Jeff McKennaによる講演
      午後5時から5時半くらいまで フリーディスカッション
      午後6時位から みなとみらい付近で懇親会
 
 参加される方は、moritoru at orkney.co.jp までメールでご一報ください。あるいは、この記事のコメントでも結構です。
 参加はもちろん無料、どうぞ遠慮なくご参加ください。
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急告! 横浜でJeff McKennaと語らおう(準備中)

2010年03月02日 19時04分25秒 | OSGeo/FOSS4G
現在来日中のJeff McKenna(MapServer開発メインストリームの主要メンバー;2008年の秋のFOSS4GTokyo/Osakaで来日)が、明日(3月3日)につくばの農業環境技術研究所で開催されるセミナーで講演する。

その帰りに横浜の私の会社に立ち寄るという話を進めているのだが、せっかくなので、”オープン”でやりたい。つまり、彼に来てもらうのなら、何か講演をお願いして、みんなに来ていただき、フリーディスカッションをして、そしてお決まりの懇親会を開こうかと。

現在、5日(金曜)の午後の時間を考えていて、明日、Jeffと話し合って決める予定。決まり次第、このブログにアップ&ツイッターでアナウンス(ハッシュタグは#foss4gj)するつもり。

参加できそうな人がどのくらいいるのか不明なので、コメントいただければうれしいです。極々Short Noticeであることをご容赦ください。
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