イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

28年ぶりの島根県浜田市再訪記 ~君の唄が聴こえる~ その9

2009年08月27日 15時37分59秒 | 旅行記
第2章  浜田へ

「"そちゅうあん?" "そちゅうあん"じゃなくて、"ごちゅうあん"でしょ? いや、まいったな~。お客さんが"そちゅうあん"なんていうから、何のことかと思いましたよ~」
と、タクシーの運転手は、まるで突然、空から大量のジャイアントコーンが降ってきたとでもいわんばかりのオーバーな驚き方をした。

流浪の俳人、種田山頭火が晩年に結んだ庵、「其中庵」。新山口駅の周辺で、僕が時間をつぶせそうな場所はそこくらいしかなかった。「其中庵」をなんて読むかなんてわからない。地元の人じゃないからそんなのわからない。知らないからこそ、観に行くんじゃないか。「そ」と「ご」が違うくらいで、そんなに驚かなくてもいいのに。

「其中庵に行ったって何にもないよ。ちょっと遠くになっちゃうけど、郷土資料館があるから、そこに行ったらいろいろ見て回れるんやけんどね。其中庵には本当に何にもないよ。いいの?」

駅の構内の掲示では、結構大きく「其中庵」が名所として宣伝されていた。だけど、地元の人からみたらたいしたことないということなのかもしれない。まあいい。僕はもともと、山頭火が好きなのだ。運転手の遠回しの提案を断り、僕はそのまま其中庵に行ってくださいと言った。タクシーの窓から見渡す小郡の町並みの向こうには、山頭火の代表歌を彷彿とさせるような青々とした山々が広がっている。


分け入っても分け入っても青い山


ところで、なぜ僕は新山口にいるのか。恥ずかしい話なのだけど、説明しよう。予定では、8時10分東京発の、のぞみ11号で新山口へ(12:37分着)行き、新山口12:53分発のスーパーおき4号に乗れば、浜田駅に15:06分に着くはずだった。清君には、19:00頃に浜田駅に迎えに来てもらうことになっていた。なので、久しぶりの浜田をひとり、4時間ほどブラブラと歩いてみたいと思っていた。この4時間は本当に楽しみだった。このひとりの散歩で、自分の身体を浜田に慣らしてみたいと思っていた。ワールドカップに出場するチームが、大会直前に近隣国でミニキャンプを張って調整するみたいに、浜田の潮風に吹かれて、とうとうこの地に戻ってくることができた幸せを味わいながら、清君夫妻とカペ君との再会に備えてみたかった。

ところが、前日に受けた2000ワードの翻訳の仕事が予想以上に大変で、朝になってもまったく終わらない。信じられなかったけど、本当に終わらない。まさかの展開に自分でも驚き、笑ってみたけど、やっぱり終わらない。これがオレだ。まさにオレだ。2時間ほど仮眠を取っただけでなんとか納品を終わらせ、家を出たのが朝の7時半。もうのぞみ11号は間に合わない。せいぜい遅れても予定の1,2時間後、16時とか17時には浜田駅に到着できると思っていた。だけど甘かった。広島駅で乗り換えて新幹線で新山口駅(旧小郡駅)に。その時点で午後2時前だった。浜田でのひとりブラブラ時間は、2時間ほどか? まあしかたない。浜田行きの次の電車はいつなのかと勇んで若い駅員さんに聞いてみたら、職員さん用の専門的な時刻表をぱっと取り出し、あみだくじみたいに僕には見えないラインを指でたどって、「16:48分のスーパーおき6号ですね」と言った。

えっ?

耳を疑った。あと3時間くらいもあるじゃん。ひょっとして、新山口の駅で3時間待ちですかわたしは? 嘘だろと思って駅員さんにもう一度、聞いてみたのだけど、浜田に一番早く着く電車は、16:48分のスーパーおき6号であると念押しされた。僕の顔から血の気が引いていった。職員さんの顔には、何を往生際の悪い。ないものはないんや。お前ひとりのために電車を走らすわけにもいかんじゃろ。そのくらい待つのはこっちじゃ普通なんやけん、と書いてあるような気がした。

笑った。まさにオレだ。これがオレだ。スーパーおき6号は、浜田に19:02到着。到着と同時に、清君と再会か。ひとり浜田ぶらぶらでココロの準備をしたいとうプランは露と消えた。

その代わりに僕に与えれたもの。それは、新山口駅での素敵な自由時間。たっぷり3時間。プライスレス。

何が「スーパーおき」やねん。「スーパーおそ」やないか! 僕は必死で心を切り替えようとした。せめて新山口を堪能しよう。だけど、新山口駅周辺には本当に何もない。たとえば「新横浜」の周辺に、横浜ほど見所がないのと同じだ。山口まで電車で行こうかと思ったけど、その電車もあと30分くらい待たないといけないらしい。さっきの職員さんが教えてくれた。僕はあきらめ、こうなったら新山口駅を極めてやる! と意気込んで、何か無いかと探し、とりあえず車で5分のところにある、其中庵に行ってみようと考えたのである。ああ、この旅はいったいどうなってしまうのだろう。先が思いやられるぜ。


乗り継いでも乗り継いでも新山口


(続く)