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湖北 長浜城

2016年12月31日 | 日記

2016年も終わりますね。

考えてみると驚いたことに今年は一度も京都にはいりませんでした。

ここ十数年らいなかった事で自分でも珍しいなと感心しています。

 

一方では、滋賀の湖北を巡っているのですが・・・

表題と異なりますので、寄り道として湖北を書いています。

今年の最後もそのまま寄り道、湖北の中心都市になるのでしょうか長浜市。

 

駅を降りると、駅構内から長浜城を望むことができます。

秀吉の城主ということで、駅をはじめ秀吉ゆかりのものが数多く目につきます。

 

長浜城は開館が昭和58年となっていますので、その時の建設でしょうか。

エレベータも設置されたコンクリート建造物のようです。

中は資料館になっています。

展示構成で感心したのは、湖北地域のジオラマがとてもよく造られています。

地域の在り様がとてもよくわかります。

観光用のパンフも多くでているのですが、あのジオラマにはかないません。

撮影禁止ですが、あのジオラマはカメラに残しておきたくなります。

 

天守閣からは琵琶湖がとてもよく見えます。

案内板では、彦根城までも見えるようですが、私の目では捉えることができませんでした。

 

天守から眺める琵琶湖の対岸は安土です。

安土に城を築いた信長は、なぜ安土を拠点にしようと考えたのでしょう。

とても興味が湧くことですね。

 

では、皆さんよいお年を・・・・

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湖北 医王寺

2016年12月26日 | 日記

己高閣をでて医王寺へと向かう。

医王寺への道はかなり狭く、対向車があるとすれ違うのに苦労しそうである。

ここらは、ひとの数よりさるの数の方が多いとの話し通り、車から見える山の斜面には野猿を結構見ることができる。

初めての土地ゆえに距離感があまり分からないのだが、木ノ本の街からあまり遠いところではなさそうである。

元々大きな町ではないので、車を走らせるとすぐに郊外となり、田舎道の風景となる。

医王寺もやはりお堂である。

車の駐車スペースもない。

道路の脇を利用して駐車する恰好である。

 

お堂の前の石碑には国宝と書かれているが、最近重要文化財になったようである。

まぁ、国宝も重文も呼名が違うだけで、価値観は殆ど同じである。

穏やかな表情をみせている美しい観音様である。

説明された村人の管理人の話では、この村も35人くらいになりお守りも結構大変なようである。

ここでいう大変とは、先に幾度も書いているが、信仰の度合いが深く、辛いとかいった大変さとは異なる。

の人数が少なくなり、大勢でお守りできなくなったというニュアンスなのである。

この少人数でも、管理人には立候補をし認められなければならないようである。

観音様をお守りする事、それがひとつのステータスのようである。

撮影は禁止であるが、お堂の外からならよいとの許可が出たので、堂外からのみた観音様を載せておく。

湖北の殆どは、予約を入れて拝観させていただく事になるが、この日も他に数人の方が予約で拝観にきていた。

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湖北 己高閣・世代閣

2016年12月24日 | 日記

のどかな里山風景を眺め、無人の野菜売り場で鷹のツメを購入し、己高閣へ到着です。

石道寺からの距離は遠いようですが、ひょっとして1kmくらいかも知れません。

京都などを回っていると、どうしてもお寺を想像してしまうのですが、資料館のような建物です。

ここも村の人が己高閣の管理人をしています。

己高閣は與志漏神社の境内にあります。

境内には薬師堂があり、行基の開基といいますから相当な歴史を持つ建物のようです。

與志漏神社は結構大きなお社のようです。

境内も広く、境内下に氏子たちの田畑が広がっているのを見渡せます。

己高閣には、鶏足寺の本尊である十一面観音像が安置されていました。

先に、鶏足寺は閉まっていると書きましたが、本尊様はここにいらっしゃるようです。

他に石田三成ゆかりの七仏薬師如来像が安置されています。

己高閣の中は明るく、とてもよく仏像を鑑賞することができます。

ここも撮影禁止、残念ですがこれらの仏様の写真はありません。

 

己高閣のお隣に、世代閣があります。

ここは頭の中にありませんでしたが、薬師堂の御本尊薬師如来をはじめ、観音堂の本尊である魚籃観音、十二神将像が安置されています。

また、與志漏神社の十所権現社に祀られていた権現像が安置されています。

目引くのは猿の姿をした日吉大社権現像でしょう。

白州正子も「かくれ里」の中でこの像に触れています。

仏様は性別がなく、中性と聞いた記憶がありますが、魚籃観音様はしっかりとした胸がありますのでどう考えても女性のような気がします。

十二神将像を数えていくと二つ足りません。

「おや、どの干支がないのだ」などと話しながら見ていると、管理人の方が二体盗難にあったと言われました。

罰当たりな者もいるものです(怒

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湖北 石道寺から己高閣へ

2016年12月23日 | 日記

石道寺から鶏足寺を経て己高閣に向かう。

タクシーには石道寺入口で別れ、道なりに進むと己高閣に出るのでそこで待っていますといわれた。

初めての土地なので、石道寺から己高閣の距離も分からなかったが、まぁそれほどの距離でもないのであろうと判断した。

石道寺から山道を抜け己高閣に向かう途中で、名古屋から来られたというご夫婦と一緒になった。

ご主人の方は、十一面観音巡りは初めてではないようで、渡岸寺の観音様のファンであるといっておられた。

石道寺の観音様は見られずに、鶏足寺の観音様を目指していたようである。

話の中で、白州正子のエッセイ「かくれ里」のことが出てきたので、このような旅にはよほど慣れている方かもしれない。

その鶏足寺だが、先に拝観を終えた方の話では、御開帳されていないとの事で諦めざる得ず。

 

鶏足寺の参道は、観音の里でも屈指の紅葉スポットのようだが、少し遅かったようで落ち紅葉も精彩をかいていた。

己高閣に向かう里山の風景はのどかそのもの、道端には野菜を置いてある無人の販売所があり、野菜を物色しながらの散策である。

12月といっても気温もほどよく、のんびりと歩みを進める。

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湖北 石道寺

2016年12月22日 | 日記

高月から木之本へと向かう。
長浜市自体の面積は大きいようで琵琶湖の湖北一体がどうも長浜市のようである。
ただ、土地の風情はというと、のどかな田舎といった印象である。
目的地への道中でもすれ違う車はあまりない。
米原から北は空気感が一変するようである。

関ヶ原を筆頭に、歴史的な奥深さを持ち合わせている土地柄のようである。
いままで通い続けた京都とは、全く違う一面を持つのが湖北一帯のようである。
今までは京都を拠点に、湖西、湖南、湖東と一通り琵琶湖周辺は回ってみた。
それぞれに観光寺院とまではいかないまでも、それなりの寺構えの寺院であったが、先に書いたとおり湖北ではお寺ではなくお堂なのである。

観音信仰が基本となっているようで、そこには宗派など関係なく土地に根付い独特な信仰心に支えられているようである。

全く宗派の違う人たちが違う宗派の観音様をお守りしてるわけである。
湖北とはどのような所か、一度経験をしてみようと軽い気持ちで訪れたのだが、とてもとても奥深い土地柄であり、かなり興味をそそられるところである。

 

さて木之本にある石道寺というお寺を訪ねた。お寺というよりやっぱりお堂なのだが沢の中にあるといった感じである。
お守りしているのは八十を過ぎたであろう思われる人であったが、夫婦なのだろうか?

朱印をを書かれるのは、女性の方である。
書き上げる所を見たいと所望すると、説明しながら書き上げてくれた。
朱印も文字は、どこの処へ入ってもまっこと見事な筆使いであり感心するばかりである。

石道寺の観音さまは、ご多分に漏れず撮影は禁止である。
パンフからの横流しで勘弁を願いたい。

子授けに御利益があるとされ、北海道からも祈願にこられる方もいると話されていた。
私どもも札幌というと驚いた様子であった。
北海道からこの地を訪れる人は稀なのであろう。
北海道から祈願に訪れた方は、首尾よく子宝に恵まれたとの報告があったそうである。

山の中腹に置かれているお堂の姿もなかなか魅力的である。

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