プリミティヴクール

シーカヤック海洋冒険家で、アイランドストリーム代表である、平田 毅(ひらた つよし)のブログ。海、自然、旅の話満載。

「海を見つめた縄文人」大阪府弥生文化博物館

2015-11-11 12:09:50 | イベント

 先日、大阪府和泉市にある、大阪府弥生文化博物館の秋季特別展、
 「海を見つめた縄文人」(放生津潟とヒスイ海岸)、
 を観覧に行きました。 

 「日本海を舞台に躍動する縄文人」というキャッチコピー。
 単純に「暮らす」という言葉ではなく、
 「躍動する」という言葉を選択しているのが面白くて、
 「果たして何をもって躍動だと言っているのだろう?」
 と思って見に行ったわけですが、
 狩る、釣る、採る、食べる、作る、交流する、
 というシンプルな暮らしの中に、土器や土偶、ヒスイの宝物などを通して、
 まさに「精神文化」の躍動を感じることができました。

 面白かったのは、ここは「弥生文化博物館」というだけあって、
 弥生時代の遺物をたくさん展示したコーナーも常設されているのですが、
 縄文~弥生という両者の時系列の流れがよく分かったことでした。
 縄文文化と弥生文化には共通点と同時に、全然違う差異もあるわけですが、
 その辺がよく比較でき、色々考えさせられたというわけです。

 とくに印象に残ったのは、
 縄文でも弥生でも斧や矢じりが使用されたのですが、
 縄文時代では石で造られたそれが、漁や採集として使われ、
 一方弥生時代には鉄で作られ、戦争で使われるようになったということでした。
 その差は並べ比べて鑑賞することにより、
 いろいろと感じ、考えさせられるものがありました。
 そんな機会はなかなかないですからね。 

 縄文時代はまったく争いがなかったという人もいれば、
 いや多少は戦があったという人もいます。
 だけど確実にいえることは、相手を完全に壊滅させるとか、
 カタストロフ(大きな破滅)に至らしめるような戦争はなかったと考えていいでしょう。
 旧石器時代と合わせて、そんな平和がこの列島では約10,000年ほど続きました。
 たびたび大きな戦争が起こるようになったのは約2000年前の弥生時代からで、
 その系譜が現在も続いています。

 そういう意味で石の矢じりと鉄の矢じり、色々考えさせられるものがありましたね。
 狩猟・肉食が野蛮で農耕・菜食が平和的というのもほんとかなとか、色々とね。
 それから、よく「人間の歴史とは戦争の歴史だ。戦争が人間の本質だ。だから人類が続く限り戦争がなくなることはない。戦争は仕方ない、必要悪だ」という意見を述べる政治家のオッチャンなどがいますが、よくよく考えると戦争の歴史になったのはここ数千年くらいのもので、それ以前の大した戦争など起こさず暮らしていた数万年の方が遥かに長いはずだろう。何言ってんの? あんたが戦争したいだけなんじゃないの? とかそういうことも考えましたね。 

 そしてもうひとつ印象に残っているのは、縄文時代の貝塚を分析して、
 基本的に小さな貝はとらず、大きな貝も季節がらなどを考えながら、
 採りすぎないように細心の注意を払っていることを示しているコーナーでした。

 常に種の維持を意識して、
 つまり次世代まで続くみんなの財産として生態系全体を見ているその目線。
 それもまたひとつの「精神文化の表現」として、
 今を生きるぼくらに訴えかけてくるものがありました。
 目先の利益のみを追求して、干潟を埋め立てたり、川をコンクリ詰めにしたり、無駄に自然を壊す現代人より遥かに洗練された精神性なのではあるまいか? 自然から搾取するのではなく、共生するエコロジー思想によって一万年続いた精神文化。
 
 あと、縄文時代の「交流」というものにも興味がわきましたね。
 当時、糸魚川のヒスイは呪物や宝物として日本全国に広まっていったことからもわかるように、縄文人は海の道を使ってかなりの距離を移動、交流する民でした。その際の足として使われた舟が、ぼくらが乗るシーカヤックをもうちょっと大きくした帆船カヌー(古事記には枯野(カノー)などと記載されている)だったわけですが、まあそれも平和利用ですね。他者を屈服させに行く戦艦ではなく、他者と交流するための道具。

 実際日本列島というのは、南北が長く、北東に行けば北海道や千島、アリューシャン列島、アラスカ、北中南米と繋がっていく筋があるし、北西に行けば中国大陸やロシア、朝鮮半島というルート、南に行けば琉球、フィリピン、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランドという回廊、そして東に行けばメラネシア、ミクロネシア、ポリネシアへと至る海の道と繋がっている。
 で、実際に縄文人はそれら遠方にまで航海、移民していたという説もあるくらいだ。
 その正否はともかくとして、東西南北全方向の他民族との接触や交流があったことは間違いないだろう。
 それを一筆書きでつなぐのが「黒潮」という海流ですが、縄文というフィルターを通すと、不思議に、日本列島とは、世界全方向に広がっていくターミナル駅みたいな、自由で平和で豊かな場所であるという想像が膨らんできて、俄然面白くなってきます。
 心の「躍動」ですね。 

 ・・・と言っても、「ふーん、あっそう」、くらいに思うのが一般人のリアクションでしょうが、
 シーカヤックをやっているとそういうことがリアルな実感として、
 面白くなってくるのです。
 だからこそシーカヤックをやっているというところもあります。
 平和を尊ぶ「多元グローバル主義」、それがシーカヤッキングの真髄たる世界観なのです。
 (ただのレジャーだと見くびってなめんなよ)

 まあ、「海を見つめた縄文人」というテーマなので、
 「海を渡った縄文人」についての展示はなかったですが、
 そういうことも連想させる内容でした。

 この特別展、12月6日までやっています。
 興味のある方はぜひ足を運んでみてください。
 
 それから、そこに置いてあった、
 「縄文ZINE」という不思議なフリーペーパーを発見しました。
 「都会の縄文人のためのマガジン」というキャッチで、
 創刊号のようでした。
 ぺらぺらとめくると、縄文土器や土偶、文化のことが、
 おちゃらけたノリで掲載されていて、面白かったです。

 マンガや(縄文マンガ、どきおくん)、
 ギャルに土偶と同じポーズを取らせた「読モ」ならぬ「ドグモ(土偶モ)」
 などのコーナーもある楽しい内容で、さっそく編集部に連絡して、
 当店でも置かせてもらえるよう手配しました。

 というわけでアイランドストリームにもありますので、
 興味のある方はどうぞお越しいただき持ち帰ってください。 

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