毎日新聞にて「シーカヤックで再発見 紀州の海」というテーマで月イチ連載中の最新記事は先日5日に掲載。
今回は湯浅湾の中でもひときわトリップ感の強い秘境「黒島」について書いてますが、よろしければ写真をクリックしてズームしてご覧下さい。
なお、毎回記事の写真を載せてますが、いつも読みにくいと言われますので、元原稿も合わせて下記にコピペして張っておきます。
【4億年の歳月が刻む洞窟、黒島】
由良町の衣奈海岸沖約1.7キロに威風堂々とそびえ立つ無人島・黒島には、風波によって削りこまれた海食洞(洞窟)や水路が無数と思えるほど数多く存在する。貫通した穴、袋小路の空洞、予期せぬ場所から抜け出せる迷路、差し込む光が神秘的に内部の海水を照らす通路などなど、おそらく100以上はあるだろう。他の船では入ることのできない幾多の洞窟や水路を巡ることは、シーカヤックならではの特権的な楽しみだ。
その中に身を置く感覚は独特で、岩壁の神々しい重厚感が心身に響く。
百万や千万の年数では、これくらいの洞窟は形成されない。1億年程度でもまだまだ「青二才」だ。ここは4億年前の地質であり、気の遠くなる年月を経た風格が、シーカヤックという敏感な乗り物を通すことによって、我が身にずっしりのしかかってくる。
シーカヤッキングで出くわす、ふと、地球の鼓動を感じる瞬間。それをぼくは「プラネット感覚」と呼ぶ。
ここは悠久の地球時間が身体の芯を通り抜けてゆくひとときが味わえる無人島だ。
干潮時に一カ所だけ顔を出す浜がある。そこから素潜りするとルリスズメダイ等の熱帯魚を湯浅湾内の他所よりも多く見ることができる。黒潮の影響が強い場所なのだ。島全体が南方系植物群の北限地となっていることからも、それは分かる。「ハカマカズラ」という、実が数珠に使われる亜熱帯植物も生育する。博物学者の南方熊楠は生前、その北限はここから約50キロ南の田辺湾・神島だと思っていたが、後年の調査により黒島が北限だと判明した。琉球諸島や鹿児島県の屋久島、佐多岬、高知県の足摺岬など黒潮の「沿線」に生える「アコウ」の森も北限に近い。その他珍しい亜熱帯系の植物もここには多数存在している。
一方、北方系植物の南限でもある。また瀬戸内海沿岸や西日本に分布する植物の東限だともいわれる。生態系的に「クロスロード」に位置するそのユニークさは、地形的複雑さと相まって、感覚的回路をも交錯させる。五感を研ぎ澄ませシーカヤックで巡ったときの「トリップ感」がとりわけ深い島なのだ。もしどこかの観光立国ならば、国を挙げての景勝地に指定されるかもしれない。それが人知れずひっそりと存在するところに、紀州の海岸線の奥深さがある。