石造美術紀行

石造美術の探訪記

京都府 京都市右京区梅ヶ畑高雄町 神護寺文覚上人廟所の石造美術

2010-02-20 00:58:49 | 五輪塔

京都府 京都市右京区梅ヶ畑高雄町 神護寺文覚上人廟所の石造美術

神護寺多宝塔の裏手の山道を600m程爪先上がりに登っていくと見晴らしの良い尾根の先端部分に神護寺の中興の祖とされる文覚上人(1139~1203年)の廟所がある。01玉垣の中に壇上積の立派な基壇をしつらえ、その中央に五輪塔がある。02高さは120cm弱の四尺塔である。花崗岩製で表面の風化は進んだ印象。地輪、水輪、火輪、空風輪の4石からなる。各輪とも素面で梵字はみられない。地輪の背は低く安定感があり、水輪は地輪や火輪に比べてやや小さい印象を受ける。横張りが少なく上下のカット面はやや広めにとっているようだが、最大径が下方にあって下ぶくれになっている。あるいは天地を逆に積まれているのかもしれない。05火輪は全体に扁平で屋だるみは緩く伸びやかで四注の照りが顕著でない。軒口はそれ程厚くなく、軒反は全体に緩く反って真反に近い。火輪頂部は狭く、風輪は高さがある深鉢風で空輪との境目はあまりくびれない。空輪はやや球形に近い宝珠形で風輪に比べ小さい。曲線部分に直線的な硬さは感じられない。特に空風輪や火輪の形状は古風で鎌倉時代中期を降らないものと考えられている。04ただ、五輪塔としては決して大きいものではなく、各部のバランスやデザインの完成度という点でいまひとつの感は禁じえない。これを未成熟とみるか退化とみるかで造立年代の評価が分かれるだろう。03_3そういう意味で、なお造立年代の推定には慎重さが求められるように思う。ただし、各地でたくさん見られる同じような大きさの室町時代の五輪塔とは明らかに異なる風格があることだけは確かである。基壇上端面は砂利が敷かれ、四隅近くに4個の礎石が残っている。礎盤風の円形の繰形を設け、直角方向に各2ヶ所、地貫を差し入れたと思われる溝を彫っている。これらの礎石は宝形造の木造建築の四柱を支えたものと考えられ、基壇上に建つ廟堂があったものと推定される。周辺に瓦の破片などは見当たらないので、恐らく桧皮葺のごく小規模な五輪塔の覆堂であったと思われる。この廟堂の屋根に載せられていたと思われる石造露盤が基壇の向かって右側に置いてある。花崗岩製。総高約95cm、05_2露盤本体部分と宝珠部分の2石からなる。幅約77.5cm、側面高約21.5cmの露盤本体は、側面を二区に枠取りした内にそれぞれ格狭間を配し、上端面中央に径約69cm、高さ約13.5cmの平らなドーム状の伏鉢を配し、その上に複弁八葉の反花の宝珠受座を刻み出している。03_2受座中央に径約11cmの枘穴を穿ち、宝珠部分下端の枘を差し込む。宝珠は径約33.5cm、完好な曲線を描くが最大径が下寄りにあって重心が低い。宝珠下方に細い首部を設け、小花付単弁の請花で下端を飾っている。宝珠と首部をあわせた高さは約49cm。小さいお堂には不釣合いなほど立派な石造露盤である。宝珠や伏鉢の描く曲線、受座の複弁反花、側面の格狭間など鎌倉後期の石塔などと共通する意匠様式を示す。02_2露盤は宝形造の建築の屋根の頂部に配され、瓦製や金属製のものがほとんどで石造のものは珍しい。石造の露盤は鎌倉時代を中心にいくつか事例がある04_2が、この石造露盤は遺存状態も良好で意匠・彫技とも優れた白眉といえる。文覚上人の没年は13世紀初頭であるが、五輪塔、石造露盤の造立年代はそこまで遡らせて考えることは難しい。基壇やそこに残された礎石も含め廟堂が建てられた経緯や詳細は謎であるが、廟所は上人没後しばらくたってから、何度かの段階を踏んで整備されたものと考えることができるだろう。なお、文覚上人廟所の東側に隣接して後深草天皇皇子、性仁法親王(1267~1304年)の墓所がある。玉垣内に同様の壇上積基壇と五輪塔がある。五輪塔は文覚塔とほぼ同規模でよく似た印象の花崗岩製のものであるが、火輪の形状などから時代はやや降るものと考えられている。

参考:川勝政太郎新装版「日本石造美術辞典」

      〃    「京都の石造美術」

   服部勝吉・藤原義一「日本石造遺宝」上

   藤沢一夫「石造露盤」-古建築関係資料(1)-『史迹と美術』186号

廟所の玉垣内には立ち入れません。神護寺の復興を直訴して後白河院の逆鱗に触れ、流された伊豆で知り合った頼朝に平家打倒の挙兵を促したとされる胆力と行動力の人、文覚上人が眠る廟所は京を見下ろす日当たりの良い静かなロケーションにありました。明恵上人の師匠のそのまた師匠に当たり、若い頃の明恵上人に特に目をかけていたと伝えられます。露盤の法量値はコンベクスによる実地略測ですので多少の誤差はご容赦ください。


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