一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

沖縄旅行2013・10「鳩間島余聞」

2013-09-20 00:29:14 | 旅行記・沖縄編
昼食は宿でいただく。宿は1泊2食がふつうだが、鳩間島に食堂が一軒もなかったころの名残で、まるだいは3食付きである。ちなみに「1泊3食」は、阿嘉島(沖縄本島)でも経験がある。
それまでの時間は、ちょいと散歩である。私は、縁側に置かれている冷蔵庫から冷凍ペットボトルを取り出す。これは宿のサービスで、中には水が凍らせてある。これを携行し、飲む。帰ってきたら水を補充して、次の人のために、また凍らせるのだ。こんなわけだから、島に来たらほとんどおカネは使わない。
まずは近くの郵便局で貯金。ここは初老の局員さんが長いこと務めていたが、昨年定年退職した。時々ドアの前の椅子に座ってのんびりしており、いかにも牧歌的な光景は、離島の簡易郵便局という趣だった。
今年は女性の局員さんが増え、2人体制になっていた。「鳩間簡易郵便局」816円。記念スタンプがいくつかあったので、ハガキを買い、そこに女性局員さんの手で押印してもらった。これで今回の旅行貯金はすべて終了。次回の貯金はいつになるだろうか。
さらに海岸をぶらぶらし、港へ着く。人だかりがあるが、11時45分発の高速船を待っているのだろう。
その高速船が着岸した。港では旅人の別れがよく似合う。一夜をともにすれば、みんな友達である。
宿の人が宿泊客に手を振っている。明日は我が身だが、どうもあの類は、湿っぽくていけない。
その点まるだいはドライなので、ありがたい。
宿に戻ると、いい時間になっていた。
まるだいの客室は基本、2部屋である。沖縄の民家には門扉がなく、ヒンプンと呼ばれる塀状の衝立がある。まるだいにもそれがあり、そこをよけて中に入ると、開けっ放しの部屋が2つ見える。左が玄関に近く、右は角部屋になっている。それぞれ男性部屋と女性部屋に分かれ、私は左の部屋があてがわれていた。今回は左が男部屋ということだ。
ちなみに満室のときは、裏の小部屋を使う。私もその状態の時に予約を入れたことがあったが、「常連さんは必ず泊めなさい」というご主人の意向があったらしく、私は泊まることができた。その際、裏の小部屋があてがわれたのである。
余談だが、その部屋は2005年に日本テレビ系で放映された「瑠璃の島」で、まるだいが舞台となった際、藤沢瑠璃(鳴海璃子)が自室として使っていた部屋である。テレビのロケで女優が使っていた部屋に泊まれるなんて、倍の宿泊料を払っても追っつかないくらいだ。
繰り返すが、表の部屋は、襖などは引かれていないから、庭が丸見えである。ちなみにヒンプンは、以前はなく、「瑠璃の島」のとき、より沖縄らしさを強調するために、番組用に造られたもの。珊瑚礁ではなくプラスチック系の素材で、いわばレプリカである。
番組終了後も、このヒンプンはそのまま残された。ということは、ヒンプンがなかったころは、部屋から外までが丸見えだった。そして夜に眠るときも、そのまま眠った。
自分の寝姿が丸見えとは、東京では考えられないことであろう。だが、どうせ人も通らないし、恥ずかしがることもない。郷に入れば郷に従え、である。
この常識外のできごとすべてが、私には新鮮だった。そして今年も、全部開けっ放しで寝るのだろう。
現在に戻るが、部屋にはイケメンの男性がおり、同室は彼ひとりのようだった。
さて食堂で昼食である。同宿は、スイミングスーツの女性と先ほどの男性、それに小学生の男子だった。彼はひとり旅のようだが、何者だろうか。
まるだいは以前、「里親制度」をやっていた。都会で学校生活に馴染めない児童らが、この島でのびのびと暮らす。その親代わりを、ご主人はやっていた。ちなみに「瑠璃の島」は、それがテーマとなっていたのである。
とにかく彼がふつうの宿泊客としても、計4人。この時期にしては、やや少ないと思った。
食事は沖縄そばと、お赤飯。美味しくいただいた。
一休みしていると、宿の娘さん(といっても、いい歳)が、
「6月に黒島の仲本海岸で、50代の男性が水死した」
といった。
「ええ? どうしてですか」
私は目を剥いて反応する。「あそこはリーフがあるでしょう。あれを越えちゃったんですか」
「ううん、リーフの内側」
「……」
よく分からぬが、過労からの水死だったらしい。島はこれを受けて、しばらくは仲本海岸での遊泳を禁止した。先日ようやく、その禁が解けたらしい。
数年前、宮古島の砂山ビーチの先で、遊泳者がサメに襲われて死亡。その後は網で囲われた一定の敷地内で泳ぐ措置が取られたことがあったが、とにかく死亡者が出ると、その後の影響は計り知れないものとなる。
とくに黒島・仲本海岸は八重山諸島で必ず訪れているところなので、これは不安な情報であった。
部屋に戻る。ここには仏壇が置かれているので、ご主人にお線香を上げる。改めて、きょう1日お世話になります、という感じだ。
さて、このあとは海でシュノーケリングである。島の中央を貫く島道を登ると、左手に中森(ナカムリ)灯台が見えてきた。坂道を登り、展望台から景色を見る。海の青さが素晴らしい。
しばらくすると、家族連れの観光客が来た。入れ替わるように、私は展望台から降りる。さらに別のグループも来た。数年前では考えられなかった人気ぶりである。
私は島の反対側に出ると、左に舵を取った。しばらく歩くと、右手に立原(たちばる)の浜が見えて来た。鳩間島にはいくつか浜があるが、私はここが一番のお気に入りだ。というか、ご主人一押しの浜だったから、それを信じている。
見渡す限り美しい浜だが、人がひとりもいない。私の貸し切りである。こんな贅沢な旅があろうか。
さっそく海につかる。鳩間島は遠浅の浜が多いから、慎重に泳げば、命の危険はない。もっとも私はひとり旅だからひとりで浮かんでいるけれど、やはりバディを伴って楽しむのがよい。また、できればライフジャケットと足フィレも装着したいところだ。そして、絶対に無理をしてはダメだ。海ほど恐ろしい場所はない。決して海を侮ってはダメである。
と書いていてアレだが、私は奥までズンズン進む。色とりどりのサンゴ礁が見えて来た。この絶景がタダで見られるとは、世の中の価格設定はどうなっているのだろう。
波が穏やかなのを確認し、さらに奥へ進むと、サンゴの群れが途絶え、いきなり数十メートル下の海底が見えた。この辺りが立原の浜の白眉で、ご主人が語っていた「水族館」である。もう、室谷由紀ちゃんや山口恵梨子ちゃんに見せて差し上げたい。彼女らがこの景色を見たら何と叫ぶのか、それだけでも聞きたい。
休憩のため、沖に上がる。ペットボトルの氷は、いい具合に解けている。
いま、私は最高に幸せなときを過ごしているのだろう。しかしあさって東京に戻れば、過酷な現実が待っている。この沖縄の旅は、束の間の現実逃避なのだった。
(つづく)
コメント (2)
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