感染症診療の原則

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ウイルスは語る。日本のHIV と その周辺。

2014-05-25 | 毎日いんふぇくしょん(編集部)
感染症は多々ありますが、政策として「別格」扱いのものがいくつかあります。
管理や監視を徹底しないと個人や社会が危うくなるもの、裁判などで国が負けてベストを尽くします的お約束をしているもの、等です。

HIV感染症は、サーベイランスでも別格になっており、通常の発生動向調査以外に、年に4回の会議がもたれてそのトレンドを監視しており、平成25年度の確定値(その前は「速報値」)が出て、報告がエイズ予防財団のサイトで公開されています。

こちらのページに掲載されています。

今回見るべき資料は平成25年の概要(PDF)

HIV感染症のデータの解釈のしかたですが、、、

まずその数字はHIV検査(スクリーニング→確認検査)を受けて診断された例について、医師が保健所に5類の届け出をしてカウントされています。(自宅検査でとまっている場合、医師が報告をしていないものはカウントされていません)

「HIVに感染している人」のうち、自主的に保健所等で、あるいは症状があるために医療機関を受診して「医師にすすめられて」検査を受けて分かった人がここに入っています。★なかには、手術前の感染症チェックや献血などで偶然分かる人たちもいます。

なので、big pictureをみるときに、まず影響を受けている人の一部の数字なのだという理解が重要です。
無症状の期間が長い病気なので「感染に気づかないまま」の人たちが一定数います。

次に数字の精度ですが、同じ5類の梅毒等と比較すると、HIV感染症の報告率は高いとされています。

2003年の谷原先生の研究報告によるとだいたい8割報告されているだろうと考えられます。
「エイズ診療拠点病院担当医師のHIV/AIDS患者届出状況に関する調査ー届出に影響を及ぼす因子の解析を含めてー

カナダのように検体を扱うセンターからデジタルで自動的に報告があがるような仕組みとくらべると報告漏れがあることはしかたないのですが。

そのような中で、日本の新規HIV症例(HIVとエイズあわせて)は年間1500前後で「安定」しています。
中高年よりは、性的に活発な年代で広がる感染症という特徴がありますので、その分母となる若者の人そのものがどんどん減っていますから、新たに感染する人の絶対数は今後そう大きくならないだろうと思われます。
いっぽう、以前感染して時間が経ってから気づく人たちがいるので、30-50代でのエイズ報告はしばらく高い数字が続くでしょう。
それは、急にHIVが問題になっているのではなく、「時差」によるものです。

感染症の対策を考える際には、そのトレンドを把握して最適なプログラムを立案する必要がありますが、まず「ひと/とき/ばしょ」、Time, Place, Person で考えます。

約1500の分母のうち、現在は日本国籍の人が日本で感染しているということがわかります。外国人は母国にいる時に感染している人も多いので、今回の検討からははずします。(在日外国人医療という別の問題の検討が必要になる話題です)

日本国籍でみたときに、その96ー97%が男性に偏っています。
そのうち多くが同性間の性的接触で感染している、ということも把握されています。
これは医師が診断の際に問診で確認をしているからとれるデータですが、「いえ、異性間です」と患者さんが言った場合は異性間感染として報告があがります。
異性間感染もそこそこ報告があるのですが、それに見合うだけの女性の感染報告がないのが不思議のひとつです。
本当は同性間なのだが、医師には「異性間です」という人もいると思います。臨床の現場では問題になりませんが、疫学データ上のかみあわなさのひとつになっています。

ざっとみて、日本のエイズ対策は女性向けキャンペーンじゃなくて、男女共に感染しますよ、じゃなくて、男性に向けての予防や早期診断のためのケアを手厚くすべきだということがわかります。

ただし、感染症は流行に地域差がありますので、若年男性の「人口そのもの」が少ない地域では、中高年の異性間のエイズが一番の問題だ、というところもあります。ぜひ皆さんの地域でケアすべき対象の検討をしてみてください。

次に年齢ですが、母子感染(0歳)から80歳以上まで幅広く報告される感染症ですが、ボリュームゾーンは男性の30ー40代となっています。
感染してから診断がつくまでの時間としては、急性期症状(Acute HIV)でインフルエンザや麻疹、EBウイルス感染と間違えられやすい時期に見逃されてしまった場合、次に症状がでるのはだいぶ免疫が下がってからなので治療開始の際に不利になってしまいます。このため、諸外国ではなるべく早く検査を、早期に治療開始を(予防効果もある)、となり、HIV検査バリアをなくすための工夫がとりいれられています。

■ルチン検査化 一定年齢の受診者や入院患者を対象にopt-outで検査
■ハイリスク層には半年や1年に1回の定期検診推奨

このふたつは、医師が検査を勧める際の心理的なバリアをなくして検査を拡大します。ただし費用がかかるので、「誰に」検査を勧めるかという検討が重要になります。

■自宅検査の普及(24時間の電話サポートつき)
■oral fluid検査の普及 (採血をしなくても唾液で検査が可能に)

治療が改善して、早期対応すれば「死ぬ病気」ではなくなってきたので、心理サポートを充実させつつ検査の裾野を広げようという試みです。

■パートナーに検査勧奨
■STD症例に検査勧奨

感染率が低い地域で、「皆に検査を」とやると費用対効果がよろしくないので、そもそもHIV陽性と分かった人とセックスをした人や針/注射器を共有した人に検査を勧める、コンドームを使わなかったことがはっきりしている人に勧めるということが行われています。

以上は、一般的な情報です。データだけ見て書くと新聞記事もこのくらいまででしょう。

さらに調べて行けば日本のHIV/AIDSのもう少し詳しい状況がわかります。

現在、感染症の量的質的評価をする際に書かせないmolecular情報を加えます。

感染研やブロック拠点病院など、大きな予算をもっているところが、臨床病院から提供された検体をもとにウイルスの細かい情報を調べています。

例えば、東京大阪についで流行地といわれる名古屋方面の11年間の検討。
An 11-Year Surveillance of HIV Type 1 Subtypes in Nagoya, Japan. AIDS Res Hum Retroviruses. 2009 Jan;25(1):15-21

調べた検体のほぼすべてが「HIV-1」(HIV-2もありますので)。そのうち93%が「サブタイプB」。ほかにA, C, D, Fも検出されたそうですがこれらはアフリカや南アメリカの人から。「リコンビナントウイルス」でCRF01_AEは全体で7.7%%。

といった情報です。 日本人でもアフリカで感染したのでサブタイプCといったパターンがあります。
誰から感染?はわからないとしても、もともとどの地域/どのリスクブループではやっているウイルスに感染しているのかどうかがわかります。(臨床においてはウイルスが薬剤耐性かどうかを調べることも重要)。

初期のデータ Multiclade HIV-1 Infection in Japan

2003年に発表された調査では、都内の医療機関から提供された89のHIV-1陽性検体のうち、65例がサブタイプB。リコンビナントAEが16例、サブタイプAが1例、リコンビナントのAGが3例。

日本人<異性間性的接触>の31例のうち、13例がサブタイプB、12例がリコンビナントAE。
<同性間性的接触>感染の41例の日本人男性はすべてがサブタイプB。
 "These results indicate that subtype B is exclusively predominant in a homosexually transmitted group, whereas subtype B and CRFO1_AE are evenly predominant in a heterosexually transmitted group” 

Differential prevalence of HIV type 1 subtype B and CRF01_AE among different sexual transmission groups in Tokyo, Japan, as revealed by subtype-specific PCR.
AIDS Res Hum Retroviruses. 2003 Nov;19(11):1057-63.


異性間感染のなかに、同性間で流行しているウイルスの人たちが一定数います。これはバイセクシュアルの人口がbridgingをしているんか?windowとなってウイルスが拡大しているのか?という疑問につながります。

いずれにしても、男性で異性間性的接触で感染したという報告があるわりには、女性での症例報告が少なすぎます。
医師が報告をしていない、ということが問題なのでしょうか?

マイノリティのなかのマイノリティである超マイノリティHIV陽性日本人女性の情報は思いのほか少なく、どのようなケアが必要なのか(エビデンスレベルでは)よくわからないともいえます。

そのなかで、女性向けエイズ「イベント」があるのはよくわかりません・・・。

仮説としては、ごく少数のHIV陽性女性に多数曝露する日本人男性がいてそこから感染?ですが、性産業従事者などに外国人が多いと仮定するとそういったことも考えられます。
だとすると地域の偏り等も出てきそうですが。


臨床病院では妊婦健診で陽性とたまたまわかった(確認検査もされた)女性のほうが多いのでこれもよくわかりません。


流行の初期には海外から(どこから?)ということも検討されていました。
アジア
Explosive HIV-1 subtype B' epidemics in Asia driven by geographic and risk group founder events
Virology Volume 402, Issue 2, 5 July 2010, Pages 223–227

このように、分子疫学の情報から把握できることもありますが、通常の発生動向調査にはこのような情報がありません。
日本はなぜかHIVコホートがなく(つくろうとしたし予算もついていたが現時点でオフィシャルなデーターベースは存在しない)全体像がたいへんわかりにくい状況があります。
患者さんの治療等にもフィードバックできておらず残念です。


今月発表されたデータから。

スイスの2000~2011年までのコホートデータ6027例のうち、すべてではないですがシークエンスできているものがあり、2,696例はサブタイプB、203例がサブタイプC、196例がサブタイプA、733例はリコンビナント型でした(主にCRF02_AG と CRF01_AE。

ウイルスを分類すると8つのグループをつくることができ、グループ1~3はゲイ男性。
グループ4は社会経済ステイタスの低いヘテロセクシュアルグループ。
グループ8は注射器を使用するドラッグユーザー。
ホモセクシュアルとへテロセクシュアルグループに関連する“older heterosexual and gay people on welfare” がグループ5。
ヘテロセクシュアルの移民女性関連がグループ6。
“heterosexual migrants on welfare”はグループ7。
サブタイプB以外でグループ4と5に。

移民や薬物のクラスターが入ってくるとさらに複雑になりますね。

Social Meets Molecular: Combining Phylogenetic and Latent Class Analyses to Understand HIV-1 Transmission in Switzerland
Am. J. Epidemiol. 2014.May 12


症例数は少ない感染症ですが、医療費は高額ですし、若い人が健康を損なうことのないよう、早めのケアが重要であることにかわりはありません。
「世界は減少、日本は増加…1人に約1億円医療費必要なHIV感染症を知る」
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