今宵(2/19)はかなりの雨。明日夕刻まで曇天が続くようだ。
こんな日は、側に焼酎のお湯割りなど置いて、NASAのホームページなど読んで楽しむしかない。
最近のページに、先日起きた人工衛星の衝突事故の詳細が出ていて、興味を引いた。
人工衛星は、1957年10月ソビエトの打ち上げたスプートニクに端を発する。
当時15才の私はまさに天文少年。
山口高校の1年生、2年先輩に藤井旭氏がいた。藤井氏 大島氏 俣賀氏 倉住氏 石川氏達が1年の時、
山高天文部を創部したので、私は3代目。
新入生の春、クラブ紹介の日、たまたま部分日食があり、校庭の真ん中に縄囲いをして、
天文部は観測のデモをしていた。それが何よりのクラブ紹介、勧誘になると踏んでいたようだ。
すでに私は、多くの同期の友がクラブの勧誘を受けているときに、縄囲いの中に
でかい面をして加わっていた。そんな奇人のクラブだったから、天文部に入ったのは私の期ではもう一人のみ。
村上という優しい男で、小学校の校長だったが、現職の時 ガンで早々と星になった。
いや、スプートニクの話だ。
私の天文への興味を助長させた一つはこのスプートニクだ。
最高度780㎞低高度230㎞の極端な楕円軌道を描いた直径53㌢の4本のアンテナを持つアルミの球体は
正確な電波信号を発信し、その音が人類が送る宇宙からの音だと、NHKのニュースで流れていたのを思い出す。
スプートニクは1968年に大気圏に突入し、その使命を終えた。
だから、スプートニクも、天文部入部のいきさつも、村上の笑顔も、
私の脳裏に激しくカットインされているのだ。
こんな日は、側に焼酎のお湯割りなど置いて、NASAのホームページなど読んで楽しむしかない。
最近のページに、先日起きた人工衛星の衝突事故の詳細が出ていて、興味を引いた。
人工衛星は、1957年10月ソビエトの打ち上げたスプートニクに端を発する。
当時15才の私はまさに天文少年。
山口高校の1年生、2年先輩に藤井旭氏がいた。藤井氏 大島氏 俣賀氏 倉住氏 石川氏達が1年の時、
山高天文部を創部したので、私は3代目。
新入生の春、クラブ紹介の日、たまたま部分日食があり、校庭の真ん中に縄囲いをして、
天文部は観測のデモをしていた。それが何よりのクラブ紹介、勧誘になると踏んでいたようだ。
すでに私は、多くの同期の友がクラブの勧誘を受けているときに、縄囲いの中に
でかい面をして加わっていた。そんな奇人のクラブだったから、天文部に入ったのは私の期ではもう一人のみ。
村上という優しい男で、小学校の校長だったが、現職の時 ガンで早々と星になった。
いや、スプートニクの話だ。
私の天文への興味を助長させた一つはこのスプートニクだ。
最高度780㎞低高度230㎞の極端な楕円軌道を描いた直径53㌢の4本のアンテナを持つアルミの球体は
正確な電波信号を発信し、その音が人類が送る宇宙からの音だと、NHKのニュースで流れていたのを思い出す。
スプートニクは1968年に大気圏に突入し、その使命を終えた。
だから、スプートニクも、天文部入部のいきさつも、村上の笑顔も、
私の脳裏に激しくカットインされているのだ。