雨の後 皐月の空に 雲流れ 遠きのあなた 思い浮かぶや
ひのひら ろくべえ
水というものは、四角形の器に入れれば、四角形に、円形の器に入れれば円形に
器に添って、それと同じ形をとりながらも、存在感とか魂というものは変化しない。
人間も優れている人間は、相手に自分を添わせることができる。優れた女優というもの
は、役そのものがどのような役であろうと、自分の役者としての演技力を表現力を出す。
それがいい役者という話を聴いたことがある。自分を役者というもののために、恥ずかし
さや、苦しさ、辛さを乗り越えていこうとする。そんな人間性を持ち合わせているからこそ
大多数の人から賞賛をあびることもできるのであろう。
つまり、「水は方円の器に随う」という事であろう。随うからこそ、そこから学びえること
が沢山得られるという事ではないだろうか。若いのにあるいは人生経験少ないのに、自分
という者の好き嫌いだけで、人を選び、物事を選んでいるようでは、自分の思っているよ
うな人間性を持つことは難しいという事ではないだろうか。人間は生まれてから生きてい
る間、自分の好むようなことばかり起きてるわけではない。むしろ好まないことの連続の
中で、生きているのではないだろうか。そうであるならば、好まない経験を好む経験威変
化させるような、エネルギーというものが大切になる。常に受身で、苦しさだけを味わい
自分は恵まれてない、不幸なんだと思う事に逃げ込まず、ダメ元でもチャレンジして、自
分が納得できる道を歩いたほうがいいのではないだろうか。自らを弱者にするのでなく
相手に遊ばれる前に、自分が相手を遊んでやれそんな気持ちを持つことが、大切なの
ではないだろうか。「水は方円の器に随う」である。随っているようだけど、水そのものを
誰も変化させることはできない。水の魂であろう。
憧れの姿「水」それこそが対人援助の魂なのかもしれない。