宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

テオフィル・ゴーチェ(1811-72)『死霊の恋』(1836):悪魔的な妖しい幻の恋!私は僧侶で毎晩城主になる夢を見るor私は城主で夢の中で僧侶となる!

2018-10-23 22:54:08 | Weblog
(1)
66歳になる僧侶の恐ろしい恋の話。その時、私は20代だった。それは、3年以上続いた悪魔的な妖しい幻の恋だった。
(2)
私は幼少のころから、神様に仕えることを天職と心得ていた。24歳の年まで修行修行の連続だったが、私には「神に一身をささげること」は世にもたぐいなく立派なことと思えた。そして終に僧侶の誓約をする叙品(ジョホン)式の日を迎えた。私は天使にでもなったように喜びにあふれた。
(3)
ところが叙品式の途中、私は女神のように美しい若い婦人を見てしまった。私に新しい欲望が生れた。それは恋の欲望だった。私は「僧侶になりたくない」と心のうちで叫んだ。その人は「あたしはあなたが好き、あなたを神さまから横取りしたい」と哀願する必死の眼差しを送ってよこした。しかし叙品式の途中で大騒ぎし、また多くの人々の期待を裏切ることはできなかった。私は僧侶になった。
(4)
そして教会を出る時、不意に誰かが私の手を握った。あの人だった。「ほんとに薄情な人!なんてことをなさったの!」そう言って人ごみの中に、彼女は消えた。私が神学校に戻る途中、ひとりの小姓が現れ、「コンティニ宮にて、クラリモンド」と書いた紙を私に渡した。私は当時、世間のことを全然知らなかったので、何も行動しなかった。
(5)
私は初めて恋の虜になった。そして僧侶になったことを後悔した。クラリモンドにひたすら会いたかった。私は、恋知りそめたばかりのあわれな神学生となった。狂おしい身もだえに私は陥った。
(6)
ある日、監督のセラピオン師が私を見て言った。「あんなに信心ぶかく、物静かで優しかった君が、まるで猛獣のように部屋の中で騒ぎまわっている。悪魔のそそのかしだ。祈りなさい、断食しなさい、瞑想しなさい。」師の訓戒が私を正気に返らせた。心の落ち着きも多少とりもどした。
(7)
やがて私はクラリモンドの住む街を離れ、田舎の教会の司祭として赴任した。私は職業上のあらゆる義務をきちんと果たしたが、もはや聖なる使命があたえる幸福感を感じられなかった。クラリモンドを忘れられなかった。
(8)
ある晩、私のもとに使いの男が現れ、「非常に身分の高い女主人が、死に瀕して司祭に会いたがっている」と言った。私は馬車で、豪壮な建物に連れていかれた。だが女主人は亡くなっていた。「せめてお通夜をしてあげてください」と執事が言った。
(9)
その遺骸はなんと私が気も狂わんばかりに愛するクラリモンドその人だった。透きとおった屍衣の下の白く美しい遺骸!私はクラリモンドの遺骸の唇に接吻した。すると死者の唇が応え、目が開き言った。「ロミュオー様、あたしは、あなたをずいぶん長いことお持ちしましたのに、死んでしまいました。でも接吻でよびかえしてくださったこの命を、あなたに差し上げますわ。では、またお近いうちにね!」あの人の頭がふたたび後ろへ倒れた。そして私は気を失った。
(10)
3日後、私は司祭館で目を覚ました。数日後、セラビオン師がやってきて、私に言った。「遊女のクラリモンドは、八昼夜ぶっつづけの大饗宴のあと死んだ。彼女の恋人という恋人は、全部悲惨なまたは無惨な最期を遂げている。私に言わせるとクラリモンドは悪魔そのものだ。人の噂によると、あの女が死んだのは今度が初めてではない。」
(11)
私は、ある晩、夢を見た。幽霊のクラリモンドが目の前に立っている。私はその手に、繰り返し接吻した。クラリモンドの肌の冷たさが、私に快い戦慄を感じさせた。彼女が言った。「あなたにお目にかかる前から、あなたを愛していました。恋しいロミュー様。ほうぼうお探ししていて、あの叙品式の日にあなたを発見しました。私は全ての愛を込めた眼差しを送ったのに、あなたは私より神さまを選びました。」
(12)
「一度死んだものを、あなたの接吻で生き返らせていただきました。それなのにあなたは未だに神さまを私より愛しています。あなたの心を独り占めしたいのに!」とクラリモンドの幽霊が、心もとけそうな愛撫をまじえ語った。私は、彼女を慰めるため、怖ろしい冒瀆を口にした。「あなたを神さまと同じほど愛している!」
(13)
するとクラリモンドが言った。「あたしの行くところへついて行って下さるわね!幸福な楽しい日々、目もくらむほどの豪華な生活をあたしたちは送るわ。明日、出かけましょう、いとしい騎士さま。」彼女は消え、私は鉛のような眠りに落ちた。
(14)
翌日、夜、眠りに落ちると、再び夢が始まった。カーテンが開いてクラリモンドが入って来る。もはや幽霊の姿でなく盛装した貴婦人だった。彼女は、私のために城主の衣装一式を持ってきた。私は着替え、彼女が私の髪を整えた。私は若い城主ロミュオーとなる。そして二人は馬車でヴェネチアの城に向かい、歓楽の時を過ごした。
(15)
この夜以来、私はいわば二重人格になり、二人の人間となった。ある時は、私は僧侶で毎晩城主になる夢を見ると思い、ある時は、私は城主で夢の中で僧侶となると思った。クラリモンドは妖しく魅力的で、彼女を恋人に持つことは二十人の女を情婦にするに等しく、彼女は様々の似ても似つかない女になることが出来た。
(16)
城主の夢が私には現実となり、(その城主の)毎晩の忌々しい悪夢で、私は村の司祭になり、昼間の享楽のあがないをするため、苦行を積まねばならなかった。そしてセラピオン師の「クラリモンドは悪魔だ」との言葉が思い出され私を不安にした。
(17)
さて少し前からクラリモンドは健康がすぐれず、顔も青ざめている。ある朝、私は果物をむいて指を切った。血が流れた。それを見たクラリモンドが猿か猫のように寝台からすばやく飛び降り、私の流れる血をすすった。彼女は私の血を吸い続け、やがて再び美しく健康となった。クラリモンドが言った。「あたしは死なない!あたしは死なない!あなたの血が、あたしに命を取り戻させてくれる!」
(18)
私が(城主の現実から)夢の中の司祭館へ戻った時、セラピオン師が言った。「お前は魂を失うだけで気が済まず、身体まで失おうとするのか!お前はいかなる罠に囚われたのだ?」
(19)
ある晩、私は鏡に「クラリモンドが私の酒に何かの粉を入れる」のが映ったのを見た。私は寝たふりをして、ことの成り行きを確かめた。クラリモンドが金のピンを私の肌に刺し、流れる血をすすった。「あたしの命を消さないために、ほんの少しあなたの命を分けていただく。あなたをこんなに愛していなかったら、他に恋人をこしらえて、あなたの生き血を吸い尽くす決心もできるのです。」
(20)
セラピオン師の言ったとおりだった。しかし、私はクラリモンドを愛さずにいられなかった。相手は吸血鬼だったが私への心遣いから、ひどいことをする心配がなかった。そして私は「この血と一緒に、僕の愛があなたの身内へ流れ込むように!」と思った。私とクラリモンドは、それからも仲良く暮らした。
(21)
だが私は、二重生活にすっかり疲れ果てた。僧侶と城主のどちらが幻想か、はっきりさせてしまおうと思った。セラピオン師が、「大患には劇薬が必要だ。クラリモンドの死骸を掘り起こし、蛆虫に食い荒らされた死骸を見れば、お前は正気に立ち戻るだろう」と言った。私は、身体の中にいる二人の男の一方を殺し他を生かすか、仕方なければ両方とも殺してしまおうと思った。
(22)
夜半にセラピオン師と私は、クラリモンドの墓に行った。鶴嘴で掘り、棺の蓋を開けるとそこには、蛆虫に食い荒らされ腐乱した死骸でなく、屍衣に包まれ大理石のように白いクラリモンドの姿があった。口のすみに赤い血の滴(シタタリ)があった。セラピオン師が「悪魔、恥知らずの淫売、血と金に餓えた妖婦!」と叫び、聖水を撒き散らし、棺に十字の印を刻んだ。
(23)
たちまちクラリモンドの美しい遺骸が砕けた。灰と半ば石灰に化した骨が残った。私の心の中でなにか大きなものが一挙に崩れ落ちた。クラリモンドの恋人ロミュオー侯と、司祭館の貧しい僧侶の二重生活は終わった。
(24)
翌朝、教会の玄関にクラリモンドが現れて言った。「ほんとに薄情な人!なんてことをしたのです!ずいぶん幸せだったのに!あたしたちの魂と身体を結び合わせていた糸は切れました。さようなら。あなたはきっと永久にあたしが恋しくてたまらなくなるでしょう。」そして彼女は、煙のように消え去り、二度と姿を見せなかった。
(25)
ああ、全くあの人の言ったとおりでした。私は今でもあの人を忘れられない。魂の平和のために、余りに高価なものを私はなげうちました。神の愛も、あの人の愛に変われません。
(26)
66歳の僧侶の私が、若い僧侶の皆さんに言いましょう。「決して女を見てはならない。いつでも地面を見て歩きなさい。刹那の気のゆるみが、手もなく永世を失わせることがあるのだから。」

《感想1》
最初、クラリモンド(貴婦人)が私(神学生・僧侶)に惚れた。私はモテる男だ。不思議だ。妖艶な貴婦人に若い神学生が惚れられるというメロドラマ仕立てだ。
《感想2》
恋知りそめたばかりのあわれな神学生が、狂おしい身もだえに陥るのはありうることだ。ただし、これは1830年代ロマン主義時代の小説だ。今の時代の現実の恋はもっと散文的で、身もだえなどしないかもしれない。ただしストーカーは居る。
《感想3》
私(僧侶)がクラリモンドの遺骸の唇に接吻した。すると接吻によって遺骸に命が吹き込まれた。クラリモンドは死霊となった。(人間として生き返ったわけでない。彼女は日常の現実では幽霊だ。身体を持つのは夢の中だけだ。)死霊クラリモンドが、命(夢の中での身体)を保つには私(僧侶)の血が必要だ。この死霊は吸血鬼だ。
《感想4》
死霊クラリモンドに対し、私(僧侶)は「あなたを神さまと同じほど愛している!」と怖ろしい冒瀆を口にする。
《感想5》
死霊クラリモンドとの生活は夢の中でのみ可能だ。夢の中で私(僧侶)は若い城主ロミュオーとなり貴婦人で遊女のクラリモンドと豪勢で贅をつくした幸福な生活を送る。
《感想6》
私の夢と現実の二重生活は、夢の比重が高まり、どちらが現実でどちらが夢か判然としなくなる。「私は僧侶(現実)で毎晩城主になる夢を見る」のか、「私は城主(現実)で夢の中で僧侶となる」のか、区別がつかなくなる。
《感想7》
(僧侶としての私の)夢の中に現れるクラリモンドは死霊だが、死霊が命を保つ(夢の中で身体を持つ)ためには、私(僧侶かつ城主)の血を必要とする。クラリモンドは吸血鬼だ。
《感想7-2》
可哀そうなことに、死霊にして吸血鬼のクラリモンドは、私(僧侶)の夢の中でしか身体を持てない。城主ロミュオーとクラリモンドとの豪華で性愛的な生活は夢の中でしか可能でない。豪華な饗宴の飲食や性愛は、身体を必要とするから。
《感想8》
私(僧侶or城主)のクラリモンドへの愛は深い。死霊でも吸血鬼でも、私はクラリモンドを愛する。
《感想8-2》
ここで注意すべきは、僧侶と城主が完全に分裂していないことだ。「二重生活の意識がいつも非常にはっきりしていた」。「違った二人の人間のなかに同じ自我の感情がそのまま残っていた。」(ゴーチェ)かくて私(僧侶or城主)は、二重生活にすっかり疲れ果て、僧侶と城主のどちらが幻想か、はっきりさせてしまおうと思う。
《感想9》
クラリモンドの美しい遺骸が砕け散ることで、夢の中でのクラリモンドの身体が消失した。墓の中の(吸血鬼の)クラリモンドの遺骸は日常の現実における身体としては機能せず、僧侶の私が見る夢の中での身体としてのみ機能する。死霊クラリモンドは夢の中でしか、現実的身体を持たない。僧侶の私が属す日常の現実の中では、死霊クラリモンドは幽霊としてしか出現できない。
《感想10》
(日常の現実にあった)クラリモンドの美しい遺骸が砕け散り、死霊クラリモンドは夢の中での身体を失った。私(僧侶)の夢の中で、城主ロミュオーはもはや身体を持つクラリモンドに会えない。
《感想10-2》
クラリモンドは、幽霊としてなら、この日常の現実に出現できる。しかし彼女は、私(僧侶)にもう会わないと決断した。「ほんとに薄情な人!」だと、彼女は私(僧侶or城主)に対し愛想をつかした。
《感想10-3》
死霊クラリモンドに、私(僧侶or城主)は捨てられた。私のみが未練を持ち続ける。「私は今でもあの人を忘れられない」。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ノディエ(1780-1844)『ベア... | トップ | テオフィル・ゴーチェ(1811-... »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事