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「1990年代 女性作家の台頭」(その10):「勤労青年たちのプロレタリア的青春小説」佐伯一麦、佐藤洋二郎、岡崎祥久!(斎藤美奈子『日本の同時代小説』4)

2022-04-04 15:57:22 | Weblog
※斎藤美奈子(1956生)『日本の同時代小説』(2018年、62歳)岩波新書

(46)「勤労青年たちのプロレタリア的青春小説」:佐伯一麦(サエキカズミ)『ア・ルース・ボーイ』(1991)電気工事の下請け会社で働く!
K  1990年代には「青春小説+プロレタリア文学」という変わり種が何編か生まれている。すなわち肉体労働に従事する青少年の物語だ。(165頁)
K-2 佐伯一麦(サエキカズミ)(1959-)『ア・ルース・ボーイ』(1991、32歳)は17歳の「ぼく」が主人公。「ぼく」こと斎木鮮(アキラ)は県内随一の進学校を中退し、電気工事の下請け会社で働く。高校を辞めたのは、「父親不明の子どもを産んだ元カノの上杉幹(ミキ)を救いたいと思った」からだ。彼女と赤ん坊と3人、三畳の風呂なしアパートで暮らしながら「ぼく」は仕事の現場に通う。彼は深刻になりそうな話を、明るく描く。作者の体験に基づく私小説的要素を含む作品。(165-166頁)
《書評1》新聞配達や電気工事といった労働のリアルな描写が、すごく「伝わってくる」のは、やはり作家の実体験からか。高校中退し、自分の子ではないのに、母子まるごと受け止めて、共生していこうとするその覚悟。不器用でもその心意気に激しく共感。山田詠美の解説も良い。「知性を自慢する知識人は独房の広さを自慢する囚人のようであるが、佐伯の作品は大違いに人の心に役に立つ」。
《書評2》17歳。自分が何者かさえよくわからない。周囲はどんどん前へ前へ進んでいるように見えるし、自分だけが足にからみつく沼地に取り残されている錯覚を覚える。17歳のそんな側面を見事に描き出している。

K-2-2  佐伯一麦(サエキカズミ)はこの後、自身の人生を長く描き続け、私小説作家として知られることになる。(166頁)
《参考》佐伯一麦(1959-):電気工をしていた20代にアスベストの被害で肋膜炎にかかり、以後、喘息の持病を抱えながら執筆。2007年にはアスベストの被害を追ったルポルタージュ『石の肺』を刊行した。

(46)-2 佐藤洋二郎『河口へ』(1992):バブルの真っ只中、建設現場を舞台にした小説!
K-3  佐藤洋二郎(1949-)『河口へ』(1992、43歳)は、ディズニーランドがある浦安の建設現場を舞台にした小説。「おれ」こと高野誠は19歳。福岡の炭鉱町から2年前に上京した。「おれ」は「杭うち職人の見習い」として地下足袋を履き、新しいヘルメットかぶって現場に出る。仕事はきつく、毎日飯場と現場を行き来するだけだ。(166頁)
K-3-2  時はバブルの真っ只中、マンションやオフィスビルの建築ラッシュ。「3K労働」を嫌う風潮の中で、どこの建築現場も人手不足。外国人労働者が多く働いている。(166頁)
《書評》建設現場の労働者を扱う。多くの外国人労働者が流入している現場は、いち早く国際的でさえある。世の中を斜に、あるいは下から見ているような視線。小ずるく立ち回るものがいる一方で、なにがしかの連帯感もある現場。かなり悲惨な境遇の中でのユーモアが、面白い雰囲気を出している。
《参考》佐藤洋二郎(1949-):全国の神社(数千社)、離島(100島以上)巡りを趣味とする。また「一遍上人絵伝」の60数か所の土地を巡ったり、親鸞の足跡を訪ね全国をまわるなどした。

(46)-3 岡崎祥久(ヨシヒサ)『秒速10センチの越冬』(1997):ブラックバイトの走りみたいな小説!
K-4  岡崎祥久(ヨシヒサ)(1968-)『秒速10センチの越冬』(1997、29歳)は、1990年代の後半に登場して話題をさらった。「おれ」は広告会社を辞め、書籍の取次センターの発送作業のアルバイト見つける。伝票に記された本を段ボール箱に詰め、「秒速10センチ」で動くベルトコンベアに載せる。重労働、紙の縁で手を切る、ミスをすればペナルティなど、ブラックバイトの走りみたいな小説だ。(166-167頁)
《書評》工場のライン作業をしたことのある人にはすごく分かる内容。書籍取次工場で働きながらの心の内や葛藤を淡々と描いた一見、日記の様な小説だが十分楽しめる。小汚い工場にたまに「何でこんな所に?」っていうような、きれいな女の子が入ってきたりする。著者は実体験に基づいてなのか、とてもリアルで共感できた。希望とプライドを持つことが大事。自分も希望を探してみようと思った。フリーターをはじめ、悶々としてる人に読んでもらいたい佳作だ。
《参考》岡崎祥久は、「現代のプロレタリア文学」あるいは「ニュープロレタリア文学」と評される。『文藝別冊 90年代J文学マップ』では「脱力フリーター系ゾーン」に分類される。

K-5  ブルーカラーの労働者を主人公にした青春小説は、これまで、中上健次『枯木灘』(1977)くらいだった。1990年代の「勤労青年たちのプロレタリア的青春小説」(佐伯一麦、佐藤洋二郎、岡崎祥久)は、既成の文学に対するささやかな抵抗だったかもしれない。(167頁)

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