写真:大倉山記念館前にて
【4月25日 個人レッスン】
レッスン会場は、駅から急坂を5分程登った丘の上にある。会場に向う坂道の途中には大きな桜の木が数本あり、2週間前には満開だった桜が今日はすべて散っていた。そのかわり施設周辺の公園内にはチューリップやつつじなど色とりどりのたくさんの花が春の香りを運んでいた。
2週間前のレッスンでは自分の病気のことで頭がいっぱいで、満開だった桜を楽しむ余裕など一切なかったことを思い出した。実のところ桜が咲いていた事など殆ど気がつかなかった程だった。あの時はよっぽどうつむいて縮こまり、まるで這うように歩いていたらしい。
今日は「ああ、桜は散ったけれど、チューリップが満開だな」など周辺の景色を楽しむゆとりがあったことで、2週間前に比べ自分の病状も落ち着いてきたということなのかもしれないな、と感じた。
レッスン冒頭で先生が「その後、病状はいかがですか」とおっしゃるので、幸い薬が効いていて、症状は良くなってきていることを告げる。その中で最近気になるのは、薬のせいによるものか、自分の筋肉に対する感覚が今一歩疎くなっている嫌いがあることをお話しする。
「例えば、物を持ち上げるとき、この位の力具合で、このように体を使って、という感覚がわからなく、計れなくなっています。それと、ちょっとした動きをしただけで、筋肉のスジを違えてしまうことが増えました。寝違えてしまった時と同じような状態が、日常のちょっとした動作中に起こってしまう、という感じでしょうか。困っています」。
そしてテーブル・ワークに入った。テーブル・ワークは2週間前のレッスンで行ったばかりなのだが、アレクサンダーテクニークのレッスンでは、その都度その都度、違う角度からのフレッシュな気づきをもたらされる。「また同じ事(ワーク)をやるのか」というような気持ちにさせられたことは過去一度もない。その日、その時の自分のコンディションというのは、後にも先にもその日、その時限りのものだからなのかもしれない。
頭の下に置く本の冊数について、「これぐらいで良いですか?少し(枕として)高すぎる感じ?1冊抜きますか?」と質問されて、
「・・・・??・・すみません、正直わからない感じなんです。なんでしょうか?判断出来ないんです。というのは、ここ最近、咳ばっかりしていたら、何となく体の骨格のバランスそのものが根本から崩れてしまった感じがしていて、骨と骨がどこか大きくずれてしまっているのでは?と自分で疑ってしまうような・・・・中でも一番疑ってしまうのは骨盤です。正直、最近腰が痛いので、もしかして骨盤がずれてきているのでは?などの考えばかりが先に立ってしまっています」と申し上げたら、「それでは、」と、先生は大腿骨(だいたいこつ、太ももの骨)をハンズ・オンなさった。
腰が痛くて、と申し上げているはずが、先生は腰ではなく太ももの骨をハンズ・オン。「何故ですか?」と質問する間もなく、「太ももの骨のことを思ってみましょう。骨の内部には骨髄と言われる組織があります。造血機能を持っている骨髄もあります。赤くてドロドロしたものを想像してみてください」。
私たちが普段食べ物でよく目にする動物の骨は、すべて死んだ動物の骨であるが故、「骨を想像してください」と言われると、つい、死んで乾いてしまっている動物の骨をイメージしてしまいがち。実際のところ、生きている動物の骨の内部は、血液細胞を産生する造血組織があったり、血管が走行している。骨は、我々が想像するよりもはるかに潤っていてみずみずしいものなのだそうです。
そのような説明を受け、【生きている動物の骨】を想像してみた時、太もも周辺にかかっていた余計な筋肉の緊張がスッと抜け落ちたような感覚があった。すると同時に腰の辺りの筋肉の張りがゆるんだのか、お尻を少し前の方にずらしたくなるような感覚があった。
その後、ワークを終えゆっくりと起き上がった際、腰痛は全く消えていたので驚いた。
筋肉の名称で言うと、大腰筋(だいようきん)、大臀筋(だいでんきん)という大きな2つの筋肉が適度にリリースされ、より柔軟に働くようになった結果、ということらしい。