「『日本画』の前衛 1938-1949」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館千代田区北の丸公園3-1
「『日本画』の前衛 1938-1949」
1/8-2/13



1930年代後半、日本画に革命を起こそうとした画家たちの軌跡を辿ります。東京国立近代美術館で開催中の「日本画の前衛 1938-1949」へ行ってきました。

いわゆる一般的な日本画展として行くと良い意味で期待を裏切られるかもしれません。ここにあるのは伝統的な花鳥画や風景画ではなく、何やら抽象やキュビズム、それに構成主義を思わせる、おおよそ『日本画らしからぬ日本画』でした。

展覧会の構成は以下の通りです。(出品リスト

1. 「日本画」前衛の登場
2. 前衛集団「歴程美術協会」の軌跡
3. 「洋画」との交錯、「日本画と洋画」のはざまに
4. 戦禍の記憶
5. 戦後の再生、「パンリアル」結成への道


主に第二次大戦前夜の1940年前後、日本画から新たな表現を目指す運動に取り組んだ「歴程美術協会」の画家による計90点弱の作品が紹介されていました。


山崎隆「象」1938年 京都国立近代美術館蔵

率直なところ、歴程云々やパンリアルといった聞き慣れない言葉に少し戸惑いを覚えてしまいましたが、会場冒頭の一枚、山崎隆「象」を見て俄然その世界に引込まれたのは私だけでないかもしれません。

そもそもこのような抽象的な日本画があったこと自体驚きですが、白い地に黒の色面と帯状の赤の交錯するこの姿はまさにマレーヴッチの世界に他なりません。

またモチーフそのものは当然のこと、あたかも油彩を塗り込めたような分厚い画肌には、日本画らしからぬ質感が実現されています。ここは是非とも肉眼で確認していただきたいところです。


山岡良文「シュパンヌンク」1938年 個人蔵

またもう一点、冒頭の作品で挙げておきたいのが山岡良文の「シュパンヌンク」です。この幾何学的構成はそれこそカンディンスキーを彷彿させはしないでしょうか。(実際にタイトルもカンディンスキーに由来しています。)

日本画はこれまでにない要素を取り込んで大きく変化します。その有り様にはただただ驚く他ありませんでした。

とはいえ、決して伝統を全てかなぐり捨てて新たな表現を目指したわけではありません。ここで注意すべきは当然ながら素材は日本画の顔料であること、そしてモチーフそのものにも過去の日本美術よりインスパイアしたのが少なくないということでした。


船田玉樹「花の夕」1938年 個人蔵

そこで挙げておきたいのがチラシ表紙を飾る船田玉樹の「花の夕」です。それこそポロックでも思わせるような花を象る乱れたタッチなどは前衛的ですが、無数の花をつけて立つ木の姿自体は実にオーソドックスで、画像ではわかりにくいものの、木の下方に灯る満月の様相は琳派的でもあります。

また琳派と言えば同じく山岡良文の「矢叫び」も忘れられません。二曲一双の屏風に乱舞する矢と扇はそれこそ宗達画を連想するものがあります。

また山岡は伝統的な袋戸の小襖に抽象的なモチーフをはめこんだり、同じく襖ながらも今度は計数メートルにも及ぶ面に波打つ海を朧気な曲線のみで表現するなど、伝統を意識させる作品を数多く描きました。


田口壮「季節の停止」1938年 大分県立芸術会館蔵

前衛はただ単に過去の否定から生まれたわけではありません。むしろ伝統と革新のせめぎあう間、そして危うさにこそ、表現としての独特な魅力あるのではないでしょうか。

展示中盤に入ると「洋画との交錯」と題し、一部洋画作品もいくつか登場します。日本画と洋画との関係を探るテーマは最近、他の展覧会でもよく見られますが、ここで意外なのは著名な靉光の名画が前衛的な日本画の文脈に沿っても違和感がないことでした。 (実際、彼は歴程美術協会展に出向き、会員たちとの親交があったそうです。)

またミロを連想する長谷川三郎の「蝶の軌跡」や、鮮やかな色面がモンドリアン風に並ぶ村井正誠の「CITE」、さらにはモネ晩年の混沌とした蓮池のイメージを屏風に仕立てた丸木位里の「池」と、古今東西の入り交じった多様な表現は、日本画の更なる可能性を引き出してとどまりません。それが必ずしも成功をおさめていたかは議論がわかれるかもしれませんが、言わば1940年前後のきな臭い時代に起きた絵画史の一事件はそれこそ衝撃的の一言に尽きました。


丸木位里「馬」(部分)1939年 財団法人原爆の図丸木美術館蔵

戦争が始まると、こうした前衛的活動にも陰りが生じます。画家らは従軍画家として戦地に赴くなど、今までとは異なった制作を余儀なくされました。結果、「歴程美術協会」は活動を終え、戦後は「パンリアル」という次の世代を見据えた芸術活動が始まりました。私の好みはそれ以前、つまりは1940年前後にありますが、戦後の展開を知る上でも一連の作品は重要なのかもしれません。

見終えた後にずしりとした余韻がのし掛かるような気にさせられるのはその時代性に由来するからかもしれません。たとえ主流でなかったとしても、1940年前後の僅か10年あまりの日本画の展開がまさかこれほど鮮烈なものとは思いもよりませんでした。

会期が迫っていますが、もしご覧になっておられないようでしたが、次の三連休、是非とも竹橋へ足を運ばれることをおすすめします。知られざる日本画家の格闘の痕跡が示されていました。

2月13日までの開催です。なお東京展終了後、広島県立美術館(2/22~3/27)へ巡回と巡回します。

*開館日時:火~日(月休) 10:00~17:00(金曜は20:00閉館) 入館は閉館30分前まで。
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