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「没後80年 岸田劉生 - 肖像画をこえて - 」 損保ジャパン東郷青児美術館

損保ジャパン東郷青児美術館新宿区西新宿1-26-1 損保ジャパン本社ビル42階)
「没後80年 岸田劉生 - 肖像画をこえて - 」
4/25-7/5



近代絵画史上に輝く岸田劉生の画業を「肖像画」の観点から俯瞰します。損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「没後80年 岸田劉生 - 肖像画をこえて - 」へ行ってきました。

構成は以下の通りです。岸田劉生の描いた自画像、娘の麗子を含む家族の肖像など、人物肖像画のみ全80点が紹介されていました。

1.「自画像」:22~23歳の頃に集中して描かれた自画像。
2.「知人、友人」:1と同時代に描かれた知人、友人の肖像画。多い時には一日に二人を描き、「千人斬り」とまで称された。
3.「家族、親族」:娘麗子とその友達。北方ルネサンス風の作品から『グロテスク』、『デロリ』へ。



入口すぐの展示室からして異様な雰囲気を感じたのは私だけでしょうか。壁面をぐるりと一周、埋め尽くすかのようにして待ち構えるのは、劉生が20代前半の頃に描いた自画像群、全10数点でした。比較的柔らかな後期印象派風のタッチより、「切通し之写生」をも連想させる質感表現に長けたそれらは、目を前に見据え、口元を引き締めながら、こちらの心を見透かすようにして迫ってきます。その力感漲る自画像は、劉生自身が描くことによって己の探求を続けたのと同様、見る者にも内面を省みることを要求しているのかもしれません。この空間からして全身に強い衝撃を受けるような迫力を感じました。



「物質の美」を得るためにデューラーらの北方ルネサンス絵画の写実性を吸収した後、劉生が向かったのは京都と奈良旅行にヒントを得た宋元画と日本画の世界でした。ここで彼は岩佐又兵衛らの肉筆浮世絵に接することで、写実よりも滑稽でグロテスクさを加味した『デロリの美』とされる独自の美術観を確立していきます。そしてその最たる例と言えるのが、彼の業績の中でも一際目立つ麗子を描いた肖像画の数々です。ここではモデルの写しという肖像の機能を半ば投げ捨て、奥に隠された「内なる美」を激しく揺さぶるかのようにして抉り取り出しています。麗子をモデルにした「野童女」はその一つの完成形ではないでしょうか。かの微笑みを浴びると凍り付いてしまいます。まさに神秘、いや妖術とも言える微笑みでした。

油彩におけるアクの強い描写の反面、デッサンや時に水彩は、モデルの人となりが素直に出ているのかもしれません。麗子の表情も心なしか穏やかに見えました。

相性からの観点からすれば劉生は私の趣味には合いませんが、洋画の御舟を思わせる卓越した画力をはじめ、反復した素材を用いながらも常に次へと向かう探究心、そして孤高の境地を開いた麗子像など、彼の稀な画業を知れば知るほど強く感服させられるものがありました。まさに天才とは彼のことを指すのでしょう。



肖像画のみに焦点を絞った簡潔な構成ながらも、写実から自己を見出した劉生の道程が見事なまでに開かれてきます。そもそもこれほどの数の劉生の肖像画が揃うことなどあるのでしょうか。国内より選びに選ばれた作品をはじめ、劉生の生の声を利用したキャプションなど、まさに手本となり得るような展覧会でした。

「美術の窓2009年5月号/岸田劉生 もう一つの真実」

7月5日までの開催です。今更ながらも強くおすすめします。
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