滞在していたオールベックのちょうど反対側にある港町、Hirtshalsヒヤツハルスに行ってみました。町としてはごく普通の漁港のある町でしたが、ここでこれまで見たことのないほどの、ものすごい、ものすごい数のてんとう虫と遭遇。海辺の野原の葉という葉に、びっしり、文字通り鈴なりになっているてんとう虫。町中ではさすがに数が少なく、子ども達がかわいいと追いかけていたのですが、港へ続く坂を降りていくほどにだんだん数が増え、海辺では信じられない数となっていました。壁にてんとう虫がぎっしりはりついており、またそれが飛んで当たるとちくちくと痛いのです。あんな経験、初めてしました・・・。
さてそのヒヤツハルツのすぐ隣の町がTornbyトーンブーで、夫が行ってみたかったドイツ軍のバンカー(掩蔽壕えんぺいごう)に立ち寄りました。現在はそこがミュージアムとして管理されています。駐車場に車を停めると、灯台があり、それがバンカーの入り口です。
灯台の向こう側に出ると、一見よくわからないのですが、少し歩いていくとコンクリートで作られたバンカーが見え始めます。ここには確か50-60のバンカーが作られており、第二次世界大戦中はドイツ軍がここに進駐していました。バンカーには小窓がついていて、地上にあったり、地下にあったりしますが、そこから兵士が覗いて監視できるようになっています。また大砲のための小窓などもありました。バンカーにはすべて番号がついており、監視用のほかに資材を置いておくためのバンカーなどもあります。
半地下に作られたバンカー。けっこう広い。
バンカーは基本的には草むらを利用してカモフラージュされています。そして、バンカーとバンカーの間には細い路でつながっており、そこを歩くと空しか見えず、まるで迷路のように迷いそうになります。(閉所恐怖症の私には実はこれはけっこう恐いものでした。)
やはり実際に見ると物々しくもあり、ここで60年余り前、兵士達が寒くても暑くてもひたすら海を見ていたのか、と私はドイツ兵の気持ちや、ここにバンカーを作られてドイツ人が始終出入りするようになったでだろう町の人たちの想像しようとしてみました。その傍らで、まさに、戦いにはうってつけのこのバンカーと迷路で、大喜びで歓声をあげて、戦いごっこをしているうちの子ども達・・・。逆に複雑な気分になった私でした。
迷路のような路
反対に海岸側から見ると、下の写真のように、まったく何もないように見えます。
デンマークにはドイツ軍の占領時に作られた、こうしたバンカーが多数残っているようです。最も観光客の多い、先に紹介したグレネンの海にも大きなバンカーが残っていました。今は落書きされ、上に登って若者達が遊んでいました。
さてそのヒヤツハルツのすぐ隣の町がTornbyトーンブーで、夫が行ってみたかったドイツ軍のバンカー(掩蔽壕えんぺいごう)に立ち寄りました。現在はそこがミュージアムとして管理されています。駐車場に車を停めると、灯台があり、それがバンカーの入り口です。
灯台の向こう側に出ると、一見よくわからないのですが、少し歩いていくとコンクリートで作られたバンカーが見え始めます。ここには確か50-60のバンカーが作られており、第二次世界大戦中はドイツ軍がここに進駐していました。バンカーには小窓がついていて、地上にあったり、地下にあったりしますが、そこから兵士が覗いて監視できるようになっています。また大砲のための小窓などもありました。バンカーにはすべて番号がついており、監視用のほかに資材を置いておくためのバンカーなどもあります。
半地下に作られたバンカー。けっこう広い。
バンカーは基本的には草むらを利用してカモフラージュされています。そして、バンカーとバンカーの間には細い路でつながっており、そこを歩くと空しか見えず、まるで迷路のように迷いそうになります。(閉所恐怖症の私には実はこれはけっこう恐いものでした。)
やはり実際に見ると物々しくもあり、ここで60年余り前、兵士達が寒くても暑くてもひたすら海を見ていたのか、と私はドイツ兵の気持ちや、ここにバンカーを作られてドイツ人が始終出入りするようになったでだろう町の人たちの想像しようとしてみました。その傍らで、まさに、戦いにはうってつけのこのバンカーと迷路で、大喜びで歓声をあげて、戦いごっこをしているうちの子ども達・・・。逆に複雑な気分になった私でした。
迷路のような路
反対に海岸側から見ると、下の写真のように、まったく何もないように見えます。
デンマークにはドイツ軍の占領時に作られた、こうしたバンカーが多数残っているようです。最も観光客の多い、先に紹介したグレネンの海にも大きなバンカーが残っていました。今は落書きされ、上に登って若者達が遊んでいました。