琵琶湖の旅の最終日は、長浜であった。
デジカメのバッテリーが上がってしまい、携帯を持ち出したが、スマホで無いため、ろくな写真が撮れなかった。
パンフレットの画像でご勘弁願いたい。
1573年(天正元年)、小谷城攻めで功を挙げた羽柴秀吉は、信長から、浅井領の大半を与えられた。
初めて城持ち大名に出世した秀吉は、今浜に城を築き、地名を長浜とした。
城下町として開かれた長浜は、廃城後も、北国街道の宿場町、大通寺の門前町、として栄え、
明治維新後は、湖上交通を利用した鉄道連絡船と、官営鉄道の要所をしめる商業都市として発展をつづけた。
秀吉の時代から引き継がれている長浜曳山(山車)まつり。
このほかにも、長浜ゆう歌舞伎、秀吉、三成出会いの像など、見どころのある街である。
長浜は、日本海の敦賀と、東海道を結ぶ交通の要所として、政府は、東海道線開通に先駆けて
鉄道建設工事に着手した。1871年、維新から3年後のことであった。
県境の柳ケ瀬トンネルの難工事に苦しみながらも、1882年、ついに開通にいたった。
日本の近代化に大きな役割を果たした鉄道の歴史を刻んだ、長浜、その文明開化の記録が残されている。
6回にわたった琵琶湖のたびを終わります。
長い間おつきあいをいただいてありがとうございました。