風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

台所

2012-08-28 22:39:16 | 友情
             台所にいて、ふいとM子さんのことを思い出した。

          ひとまわり年上のM子さんの家をはじめて訪問したときのことである。

                  待ち合わせの交差点で待っていると、 
              坂の上から転がるようにして自転車で疾走してきた。
             あぶないなあ、そんなに急がないでもいいのにと見ていた。

                 風子は、今あのときのM子さんの齢になった。

                案内された玄関先に見事な梅の花が咲いていた。

                その時はまだこの家の間取りなど知る由もなかったが、
           どっしりとした洋風の応接間も、欄間のある和室もあって広い家だった。

                   しかし、彼女が風子を招じ入れたのは、
                  食器棚を背にした小さな食卓のある台所だった。

                   流し台には洗い桶があり生活感にあふれた、
                 彼女の日ごろの暮らしぶりがしのばれる場所だった。

                   彼女は、ああ恥ずかしい! と笑った。

               「でも、今日は寒いからね、狭いけどここが一番暖かいのよ」と言った。

             とかく人は見栄を張る、はじめて来た人には一番立派な部屋に座らせたい。
                   ……しかし、彼女はそうでなかった。
              恥ずかしいけど、寒いところ来てくれたのだから、一番暖かいところ、と。

           それまでも尊敬する先輩として接していたが、これで、ますますM子さんが好きになった。

                      後日、この日の礼状を書いた。
                  まだ携帯電話はどちらも持っていなかった。
               むろんパソコンなどもなかったから、もっぱら葉書をよく書いた。

              よせばいいのに、凛と咲いた玄関先の梅の花に彼女を重ねた一句をひねり、
                     それを葉書に添えた。

                すぐに返事が来て、風子の句は、ケチョンケチョンにけなしてあった。
                   これもまた凡人には中々真似の出来ないことである。

                        ますます彼女が好きになった。

                今は遠くにいるが、離れていてもM子さんを生涯の友と慕っている。



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1 コメント

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いい友達ですね (やまだスズメ)
2012-08-29 21:24:38
好きな人が来てくれたときには、
見栄より暖かさを優先することはありますね。
しかし、好意の俳句をケチョンケチョンにけなすのは、
確かに凡人にはなかなかできませんね。
でもそういう人は裏表がなくて信じられそうです。
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