風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

忘れ物

2010-05-21 22:28:59 | 友情
 小説を書く仲間で、楽しく語らうことがある。
話題が、自分たちの書いている小説のテーマやストーリーになる。

 一人が、首つりのモチーフがあるのよねえと言えば、もう一人が、私は、今、最期をなんで殺そうかと考えてるんだけど、何が自然かしらね、という。
 そうね、やっぱり、今どきは薬物かしら……、睡眠薬の致死量はどのくらいかねえ。

 居酒屋で、若者がビールを運んできたとき、みんな、はっと口を噤んだ。
いささか物騒な話題と気づいた。

 先日は句会へ行った。
行きがけのバスの中で、書きかけの小説のことが浮かんだ。
 バックから句会用のノートを取り出し、放火犯、友だち、ガソリン、などと思いつくままの単語を並べた。
 自分ではそれなりの脈絡があるのだが、なにぶん、バスの中だから、心覚えのメモだった。

 句会の帰りのバスは、渋滞に巻きこまれて、のろのろ運転だった。
座っていた私は、次回の兼題は何だったかしらとノートを探した。
 ない! ノートには人に見られたくない駄句やら、特売で買ったカバンの値段も書いてあった。
忘れたのは句会の会場に決まっていた。 

 その日、私はみんなより一足さきに出たのだ。
しまった、と思うが、引き返したところでもう間に合わない。

 夜になって、会のお世話をしているFさんから、ノートをお預かりしていますと電話があった。
ああ、お恥ずかしい、と思わず言うと、まあ、どうしてです? と、とぼけてくれた。

 ノートには、どこにも記名をしてなかった。
私のものだとは、広げてみないと分からないはずだった。
 しかし、それには全く触れずに、明日にでもお送りしましょうと言ってくれた。
何人の人たちの間でノートが回ったのかしらと私は今でもまだ恥入っている。

 しかし、世の中には曖昧なままの方がいいこともある。
なにげなかったり、考えた末の言葉だったりするのだろうが、人はちょっとした言葉で、救われたり傷ついたりしながら生きている。
コメント
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