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読んだ本の感想と旅行の日記を書いていきます。
後、その他なんかあれば・・・

65日目:イスタンブール1日目。-トルコに入国する-

2014-07-26 09:46:05 | 旅行
2時半にうたた寝から起きた。
飛行機は6時発なのだが、サンタナのスタッフの方に聞くと、空港には3時間前に出た方がいいとのアドバイスなので、3時に下のロビーに集合なのであった。

起きたらお腹に変な違和感があった。なんか一つ消化できないものが居座っている感じで、なかなか気持ち悪かった。
昨日変なもの食べちゃったっぽく、軽い食中毒のような感じだった。
気持ち悪さを押し殺しつつ、昨日予約しておいたタクシーで、もう一人の日本人旅行者と空港に向かった。

ちなみに車から夜のデリーを見ていたが、道ばたに人がいっぱい寝ていた。
これが家の無い人たちかあと思って、なんか見た事無い光景に驚いた。
あとは深夜の3時にも関わらず、道路には結構車が走っていた。
輸送物資を運ぶ車や、人を運ぶ車、他には路上を走っている人がいたりして、なんか知らないが結構道路はにぎわっていた。

途中給油を挟み、空港に着いたのは4時前だった。
旅行者の方と別れ、チェックインして5時半くらいには飛行機に乗っていた。
飛行機に乗ったらすぐに寝てしまった。

途中機内食が出るも、気持ち悪さであまり手を付けられなかった。。。
せっかくの機内食、今までずっと完食してきたのだが、今回ばかりは食べる事が出来ず、もったいない気がした。
今までで一番最悪の空路移動だったが、途中トイレにこもったりしながらも、7時間、何とか耐えきり、トルコに上陸した。


トルコは飛行機からの眺めはとてもきれいだった。
今までインド、ネパールにいたせいか、この街並のきれいさに結構テンションが上がった。
空港に下りるも、気持ち悪さが全然抜けないので、ちょいちょい休み休みゆっくり移動していた。
ちなみに日本からの時差は現在サマータイムなので6時間(サマータイムじゃないと7時間)、トルコには10時くらいに到着したのであった。


飛行機からの眺め


イスタンブールに着いた


んでイスタンブールで有名な安宿街、スルタン・アフメット地区に向かった。
スルタン・アフメット地区は空港からはなかなか遠く、地下鉄で45分乗り、アクサライ駅という所で下りてから、トラムに乗り換えさらに15分くらい行った所にある。
初めての場所でそれも気持ち悪さに耐えながら来たので、スルタン・アフメット地区まで来るのにかなり疲れてしまった。

駅からさらに15分程歩いた所にある安宿街の、地球の歩き方に書いてあった「オリエントY.H」という所に泊まる事にした。
ちなみに宿泊料は朝食付きで50トルコリラ。100円が2リラという相場らしいので、約2500円という事になる。
このインドからの物価上昇にかなり驚いてしまった。ネパール・インドでは一泊1000円もしなかったので、これからのヨーロッパ、この物価でこれからやっていけるのかと思う・・・(^_^;)

そんなんで宿に着いてまずは寝て、今日は宿でゆっくり療養をしながらトルコの旅のプランを練るのでした。
ちなみにトルコは美人が多い!それも結構セクシーな格好の方が多い!!
全てインドから比較しているので、こう感じるのかもしれないが、やはり西洋人は美人が多いなあ・・・と思う。
自分の主観ではあるが、インドは美人が全くと言っていい程いなかったので、ここに来て人の違いにかなりカルチャーショックを受けました。
そしてこのトルコのきれいな街並みや人の穏やかな雰囲気に少なからず心癒されるのでした。。。


イスタンブールの街並み。インドと比べると恐ろしくきれい


とてもきれい


石畳もかなりお上品


イスタンブールはヨーロッパとアジアの中間点というが、ちょっと街並を見た限りではヨーロッパ色の方が強いと思う。
でも全身黒い服を着たイスラム系の人たちも結構見かけたので、そういう点ではやはり中間点なのかとも思う。
とりあえず、イスタンブールはきれいでかなり洗練された街でした。
物価上昇に付いていけるかは若干不安ですが、これからのヨーロッパ旅行も楽しんで行きたいと思います!
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64日目:デリー2日目。-インド映画を観に行く-

2014-07-25 21:36:36 | 旅行
朝ご飯を食べ、昨日は使用できなかったシングルルームに移動した。
ちなみに部屋は500ルピー。比較的リーズナブルだった。

んで洗濯とかをしてお昼頃に昨日行った喫茶店に言って、ランチを食べた。
ちなみにデリーはバラナシと比べて本当にきれいです。路上に牛がいないし、糞が落ちていない!
でも埃は結構すごかった。しかし、下を見て気をつけて歩かなくてもいいだけでスゴく歩きやすかった。


ニューデリーの街並みその1


ニューデリーの街並みその2


いつ次の国、トルコに行くか迷ったが、結局明日の朝に行く事にした。
あまりデリーには見る所、というか見たい所が無く、暑いので出来るだけインドを早めに離れたかったというのがある。
また、明日、同じ時間帯の飛行機でヨルダンに飛ぶ旅行者の方がいたので、一緒に空港に行ければと考えていた。
そんなんで、喫茶店で明日の飛行機のチケットをネットから購入し、約50000円だった。

その後、デリーのコーンノートプレイスという所に行って、映画を観た。
インド映画は今まで観たいと思っていて、最終日の今日くらいしか観れないし、行ってみようと思っていた。
ちなみにコーンノートプレイスは結構大きめのショッピングモールで、インドでこんなに近代的な店が集まった所があるんだ~と思って結構びっくりした。
ちなみに映画館は3館くらいがひしめき合っている激戦区だった。


ニューデリーの駅前


コーンノートプレイスに向かう


コーンノートプレイス


結構きれい


んで最初はチケットの買い方が分からなかったりしたが、何とか17時15分からの「Humpty Sharma ki Dulhania」というコメディ映画のチケットを買う事が出来た。ちなみに280ルピーだった。
んで映画館に入ったのだが、カメラは持ち込みが出来ないらしい。金属探知機にかけられて、カメラだけ没収されてしまった。
ちなみに映画館はとてもきれいで、きれいさは日本品質だった。席もとてもゆったり出来るふかふかの席で、このゆったり加減は日本以上だった。

観た映画は、学園ものから始まって、恋に落ちた2人だったのだが、女の子が親が決めた婚約者と結婚しなければならず、親にそれを止めさせようと、男の子が女の子の家に居候?して親を何とか説得するというストーリーだった。
ちなみに映画は前半、後半に分かれていて、間に20分くらいのインターバルがあった。間に休みが入るのがインド映画らしい。
もちろん全てヒンディ語を話しているので、全然細かい内容は分からなかったが、大まかなストーリーは楽しむ事ができた。

インド映画で一番面白いのは、途中で必ず挟まれるダンスシーンである。ストーリーからはちょっとだけ外れる感じではあるのだが、このダンスシーンが本当に面白い。マイケルばりに大人数の人たちが出てきて、カメラアングルが目まぐるしく変わりながらとても激しくダンスをする。
俳優の人たちもとてもかっこ良く、女優も可愛く、こんなに美形の人がこんなに激しいダンスができるんだと、驚きながらずっと観てしまう。
日本も「モテキ」の映画とかであったが、途中でダンスシーンを入れた方がかなり面白くなると思う。
そんなんで、インド映画の面白さにひたすら楽しく観ていた3時間だった。


コーンノートプレイスはかなり近代的である


観た映画の看板


20時くらいに映画が終わり、宿のある所まで地下鉄に乗って戻ってきた。
その後、宿の会計を済ませ、夜ご飯を食べに行って帰ってきた。
昼間は映画しか行ってないのだが、インド最終日、それなりに楽しく過ごす事ができたと思う。
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63日目:デリー1日目。-デリーに向かう-

2014-07-24 20:49:36 | 旅行
○ニューデリーに向かう

今日は6時発の列車に乗ってデリーに行く予定だったので、4時半に起きた。
んで5時にホテルの人を起こして玄関を開けてもらい、オートリクシャ―に乗って、昨日下りた駅とは違う駅、アグラカント駅に向かった。
ちなみにナオヤさんも、今日7時の列車でジャイプールに行く予定だったので、一緒に駅に向かう事にした。
ちなみにアグラカント駅までは2人で100ルピーだった。昨日はアグラフォートから3人で150ルピーだったが、結構安くなったので驚いた。

そんなんで30分くらいかけて、アグラカント駅に着いた。
駅は今まで利用してきたゴーラクプル駅、バラナシ駅よりかなりきれいだったので驚いた。
んでナオヤさんと別れ、自分は列車に乗り込んだ。
ちなみに目的地のニューデリー駅までは4時間で、結構長い距離だった。
席はエアコン付きのCCという車両に乗り、新幹線のリクライニング席のような席で、結構快適だった。
初のエアコン付き車両に乗ったが、後から結構寒くなってきた。そこら辺インドは容赦なかったりする。タオルをブランケット代わりにして、何とか耐えながらの列車の旅だった。

そんなんで10時20分着の所、11時くらいにニューデリーに着いた。
ニューデリーはとてもいわく付きの駅で、日本からデリーに来る旅行者は大抵ここで騙されているらしい。
手口としては、空港からタクシーに乗ったら、悪質な旅行代理店に連れて行かれ、そこでぼったくり価格のツアーに申し込まれてしまうとのこと。
旅行に申し込まずに旅行代理店を出ても、タクシーに乗ったらまた他の旅行代理店に連れて行かれるという、かなりどうにもならないような状況らしく、まさに旅行者泣かせのインドの玄関口なのであった。


ニューデリー駅に着いた



○ニューデリー駅で道に迷う

ちなみに空港のある方面からは、ニューデリー駅の逆側に安宿街があり、このニューデリー駅の向こう側に行かなければ宿にたどり着けない。
しかしこのニューデリー駅の向こう側へ行けるかというのが大きな試練で、インド人はニューデリー駅の向こう側へは行けないよ。とかそっちからじゃ行けないよと大抵嘘をつき、タクシーに乗らなければニューデリー駅の向こう側には行けないと行って、タクシーに乗せるらしい。
そしてタクシーに乗ったらぼったくりコース直行という、本当に色々な旅行者が涙を飲んでいる場所なのであった。

なので、ニューデリー駅に着いて、この安宿街方面がどっちなのかを把握するのがまず第一の関門であった。
安宿街方面に出れれば、地図もあるので、ちゃんと宿には歩いて辿り着けるだろう。しかし、逆方面に出てしまった場合、この通り抜けが難しいと言われるニューデリー駅を何とか通り抜けて、あっち側に出なければ行けないという、結構困ったことになってしまうのであった。

んで、こっちか?と思われる方面に下りたら、2分の1の確率で、間違った方の出口に下りてしまったらしい。こういう賭けにはめっぽう弱かったりする。それも自分の選んだ道が間違っていることは、ある程度歩いてから分かるものである。なので、地図に乗っている道が全然見つからないなあと暑い中色々歩き回った後で、やっと間違っている事に気づいたのであった。

あっち側だったか・・・と思って、駅から下りてきた階段をまた上がってあちら側に出ようとしたら、どうやら一通だったらしい。こっちからは入れないよと係員の人に追い返されてしまった。
あっち側に行けないとインド人が行っているのはこういう理由からか・・・と思った。
プラットフォームの反対側に、もう一つ、あっち側への連絡通路があったので、そっちに行ったら無事に通り抜ける事ができた。ここが見つからないと、本当にあっちに行けないんだ~と思って、無事に正しい方面に行けた事に胸を撫で下ろすのであった。

そこからは、しっかり地球の歩き方の地図通りの道が見つかったのでホテルまでは迷わずに行く事が出来た。
ちなみにデリーで泊まった宿ももちろん「サンタナ」だった。
バラナシよりかは若干汚いかな・・・といったクオリティで、それもバラナシより値段が高かった。
ドミトリーの部屋350ルピーを借り、まずは一安心したのであった。

その後シャワーを浴びたり、洗濯物を干したりした後、近くの喫茶店に行ってネットをしていましたとさ。
デリーは結構都会なので、オシャレなカフェとかがバラナシやアグラよりかは多いので助かります。


○ムンバイについての話を聞く

夕食どきに、色々話しをさせていただいた方がいて、その方からとても面白い話を聞く事が出来た。
その方は物理学者の方で、ムンバイに2年位住んでおり、今はアッラーハーバードに住んでいるということだった。

ムンバイは、インドの西側に位置する大都市で、前にも書いた「スラムドッグ・ミリオネア」の舞台となった場所である。
驚いた事に、この街こそがインドで一番の経済都市であり、この都市の次がコルカタ。首都であるデリーは何と3位に位置するとのこと。
自分はデリーがてっきり経済都市としてインドで一番だと思っていたので、この事を知って結構驚いた。

んでムンバイ、経済都市だけあって、人口の流入が本当に激しいとの事。人がムンバイに溢れ帰り過ぎて、ムンバイには家が無い人がたくさんいるらしい。スラム街に屋根があるだけで結構裕福な家庭らしく、ムンバイの人の生活水準に驚愕した。
ちなみに家が無い人はどこにいるかというと、普通に鉄道の駅に寝ていたり、道路の中央分離帯に寝ていたりするらしい。道路の中央分離帯って(笑)って初めて聞いたのでとても面白かった。

最近のトレンドは駅に寝る事らしく、駅には順番待ちの人たちで溢れ帰っているらしい。てか駅は寝に帰る所じゃないから!と突っ込まずにはいられなかった。
それとバラナシでは、牛の糞を踏んづけないように気をつけて下を見て歩いていたが、ムンバイでは人を踏んづけないように気をつけて下を見て歩かなければいけないらしい。

そんな今までの常識を覆すこれらの情報を聞いてとても面白く、ムンバイに是非とも行ってみたくなった。
インドはバラナシ、アグラ、デリーと見てきたが、全然インドを見きれていなかった。話を聞くだけで面白いインド、もう時間はないので残念だったが、ちょっとリサーチが足りなかったなとちょっと後悔した。

とりあえずまずは今日は無事に宿に着けて良かった。明日からの計画は決めてないのだが、ひとまず今日インド人に騙されなかっただけ上々と言っていい感じの一日でした。
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62日目:アグラ1日目。-タージ・マハルを観に行く-

2014-07-23 20:53:24 | 旅行
○寝台列車でのインド人

朝起きたら5時くらいになっていた。
昨日寝るときには、右3段と左3段の寝台席を4人で使用していたが、今日起きたら、4人家族がその内空いていた2つの寝台席を使っていた。
さらに、寝台席が並んでいた地べたにもう一人のインド人が寝ていた!
こいつ絶対キップ持っていないだろうという人がここまで侵入してきていた。さすがインド人、恐るべし。
さらに他の所を見ると廊下という廊下の地べたにインド人が寝ていた!
よくもこいつらぬけぬけと侵入してきたなあと思った。

そして6時くらいになり、寝台席3段の内2段目を動かしてイス状態にした。
そしてイス状態にした所に、自分の荷物を持ってきた。
そしたら自分が使っていて空いた3段目を待ち構えたようにインド人が寝だした。またイス状態にした所にまた別のインド人が座ってきた。
お前ら邪魔だよと言いたかったが、周りの人たちはさも当然のような態度で、普通の光景のようだった。
譲り合いの精神なのか、そう考えるととても立派な考え方だとも思うが、日本じゃ絶対許してくれないだろうなと思う。


○宿を決める

んで到着予定時刻の6時10分になっても一向に到着駅のアグラフォートに着く兆しが無く、周りの人に後どれくらい?と聞きながらアグラフォート駅に着いたのは結局7時半だった。乗っている間にまあまあ遅れてしまったらしかった。
んで駅に降りて、一緒に来たナオヤさんと、寝台席で一緒にタクシーをシェアしましょうと言ってきた中国人女性と宿行きのタクシーを探した。

中国人女性は26歳の子で結構可愛かった。名前は聞いていなかったが、大きめの眼鏡とパッツンの前髪が印象的だったので、ここではアラレちゃんと呼んでおく。
アラレちゃんは一人旅には結構慣れているようだった。タクシーの交渉は彼女にお任せしていたのだが、終始彼女のペースで交渉が進んで行き、やはり中国人は強いな・・・と驚いた。
あちらは基本200ルピーを下げてくれない勢いだったのだが、彼女の頑張りのおかげで結局150ルピーでタージ・マハルの近くの安宿街まで送ってくれることになった。ちなみにタクシーの交渉は彼女お任せしていたのではなく、こちらが口を出せない程にすごかっただけであった。

そんなんで、15分くらいタクシーに乗って、タージ・マハル前の安宿街に着き、アラレちゃんオススメの宿、「Hotel Sai Palace」という所をまずは見てみる事にした。
彼女はここに既に決めているようで、値段の交渉に入り出した。そしたら宿の人は3人でこのホテルに泊まるんだったらいくらだよ、とウチら3人が泊まった時の価格で交渉し出した。

200ルピーとかなり安い価格だったのだが、自分は他のホテルも見てみたかった。が、アラレちゃんが安くなるのでこの宿にしましょうみたいな感じに見てきたので、まあしゃあなしやなということで、渋々このホテルに泊まることにした。
ちなみに自分は男2人でダブルルームに泊まることになり、アラレちゃんはシングルルームに泊まり、1人200ルピーだった。
部屋はまあまあきれいで、ホットシャワー、ACなしのファンのみの部屋だったが、まあ200だったら結構安いだろうと思う。

ちなみにこのサイパレスは所々にサイババの顔が飾ってある、なかなかサイな宿なのであった・・・
しかし、このサイパレスは屋上にルーフトップレストランがあり、そこからタージマハルが結構見えるという、なかなかのタージマハルビューの宿であった。これはこれでいい感じだった。
サイババってどんな人だったかよく分からないが、インドで結構信仰されているのだろうか?今度調べてみようと思う。


路上の牛



○タージマハルを観に行く

んで夜行で疲れた身体にシャワーを浴びてリフレッシュし、9時半くらいから朝ご飯を食べに行った。
行った場所は「Joney's Place」という、地球の歩き方に乗っている飯やに行った。
バナナラッシーとオムライスを食べたが、結構美味しかった。

その後宿に戻り、アラレちゃんも誘って3人でタージマハルを観に行ければと思ったが、彼女は残念ながら明日観に行く予定のようだった。
そんなんで10時半くらいからタージマハルを観に行った。
タージマハルはサイパレスから10分くらい歩いてすぐの所だった。
入場料が750ルピー。結構高い。ちなみにこれは外国人価格で、インド人価格は20ルピーだった。なんだろうこの価格差は?
またタージマハルに入るには荷物検査があり、ノートPCなどの金属機器は持ち込めないようであった。なので自分は持ってきたバッグを入り口のクロークに預けて入場する事になった。

そんなんで南大門をくぐり、目の前に現れたタージマハルは本当にスゴかった。
一言で言うとキレイ!
タージマハルの白さと、左右対称の建物とその周りのモニュメント、それら全部がとても調和していて、ここだけ異空間のようなきれいさで、本当にフォトジェニックだった。
まさにこれはアンコールワットを見た時の感覚と似ている。アンコールワットもひたすらフォトジェニックだったが、こちらも負けず劣らず本当にスゴい。


タージマハル入り口


タージマハルが見えた


タージマハル


タージマハル正面


ちょっと進んだ所から


入り口の方を見る


記念撮影


本当にタージマハルを、そしてインドをナメてました。まさかインドにこんなきれいな建物があるとは、と、感動して何枚も写真を撮っていた。
タージマハルは実はそこまで期待していなかったのだが、本当にここに来て良かった~と思いました。
インドに来てタージマハルは必見だと思います!!

そんなんで、タージマハルの外観を楽しんだ後は、受付でもらった足を包むカバーを履いて、中に入って行った。
ちなみにタージマハルの中は土足厳禁らしい。インドは普段は汚いくせに、こういう所はやけに潔癖性なのはなぜだろうか?
前にテレビで見た「スラムドッグ・ミリオネア」で、主人公が幼い頃、自分の生活費にするために、タージマハルに侵入して靴置き場にある靴を盗んで商売していたというシーンがあるが、実際行ってみると、スラムの少年なんかは入って来れない程にセキュリティがしっかりしていて、もしそんなスラムの少年が入ってきても浮いてしまって盗みなんかは出来ない感じの所だった。
ていうか日本に帰ったらスラムドッグ・ミリオネアをまた見てみたいと思う。あれは面白かった。

んでタージマハルの近くに行ったが、基本色んな場所から見上げるタージマハルが全て美しかった。
そしてとても暑かった!!直射日光にさらされる所もあり、そこに来ると汗が今まで以上にぶわっと吹き出てきた。
ちなみに風邪を引いて治ってから、やけに顔面に汗をかくようになってしまい、タージマハルに来た時から顔面からぽたぽた汗が垂れ流しの状態だった。
んでタージマハルの中に入る前に日陰があったので、そこで一休みした。
インド人もこの暑さには耐えられないらしく、大勢の人が休んでいた。そして休んでいた家族のとある男の子に水をくれと言われたのてあげたら、その兄弟、家族と回し飲みされてしまった(笑)。しかし良心的に結構水は残してくれた。


タージマハルを横から見る


タージマハルで休憩する


そんで左右対称が本当に美しいタージマハルなのであるが、中央にタージマハルを建設のきっかけとなったシャー・ジャハーン皇帝のお妃様の棺が置いてあるのだが、その隣に取ってつけたように、タージマハルを建設したシャー・ジャハーン皇帝の棺があり、これが唯一、左右対称を壊していて残念な感じだった。
シャー・ジャハーン皇帝は、妃のために作ったこのタージマハルの他に、自分が入る墓として、その対岸に黒いタージマハルを建設する予定であったらしい。
これが出来ていたらどんなに美しい建築物が出来ていたんだろうと思うが、この皇帝は金遣いが荒かったらしく結局息子に幽閉され、晩年は近くにあるアグラフォート城から妃が入っているタージマハルを見ていたという、ちょっと悲しい物語があるらしい。。。


○宿でダラダラ過ごす

そんなんでタージマハルを見た後は、さすがに疲れたので、宿に戻って休憩した。
その後、14時から地球の歩き方に載っている「スタッフ・メーカーズ」という所にご飯を食べに行った。
ちなみにここを経営している宿が、「ホテル・カマル」と言って、自分が最初に目を付けていたホテルだった。
やはりホテルに入ってみると、かなりきれいそうな感じがする。。。

まあ部屋を見たい思いもそこそこにレストランでバターチキンカレーとナンを頼んで食べた。
ここのバターチキンカレーは格別に美味しかった。ナンはそんなに美味しくなく、残念だったが、カレーは今まで食べたインド式カレーの中で一番美味しかった。しかし頼んで出てくるまでが遅いのが玉にキズだった。

その後、自分は体力の限界を感じ、ずっと宿で休憩していた。
ナオヤさんは一休みした後、もう一つの観光名所、アグラ・フォートを観に行っていたが、自分は病み上がりの身体もあり、このまま汗を噴き出しすぎるとヤバい・・・と思い、その後、ずっと休んでいたのであった。


屋上からの風景その1


屋上からの風景その2


夕方の屋上からタージマハルを見る


夕食を近くの店で食べた後は、ホテルに戻り、明日の早いので寝る事にした。
ちなみにタージマハルは月と一緒に映った姿もミステリアスな雰囲気でとてもいいらしかったが、今日は雲はなかったのだがなぜか月は見る事が出来なかった・・・
最後に、そこが心残りではあったが、もうアグラも一通り見てしまった感はあったので、明日の早朝、インド最後の滞在都市デリーに向かいます!!
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60~61日目:バラナシ6日目~7日目。-体調が戻ってその後-

2014-07-22 22:28:56 | 旅行
○60日目

朝起きて、まずは体温を確認した。熱は平熱に戻っていた。
朝食を食べ。久しぶりにしっかりシャワーを浴び、洗濯、ヒゲのお手入れなど、今まで出来なかったことを色々やっていた。
ランチは、今までは宿内で有料で作ってくれるものを頼んでいたのだが、今回はリハビリも兼ねて外に食べに行った。

宿から比較的近い「ボナ・カフェ」という所に食べに行ったのだが、歩いているだけでかなり息切れした。
それもボナ・カフェは4階~5階くらいの建物の屋上にあったので、辿り着くのに本当に一苦労だった。
今まで全然身体を動かしていなかったので、本当にすぐにくたびれたのには驚いた。疲れた上に目眩までしてきたのだが、ボナカフェで落ち着いているうちに大丈夫になった。

その後、14時にお医者さんに行って経過観察をしてもらった。
特に問題なく、お薬を一つ飲んで帰してもらった。
その後は疲れもあるので、部屋で寝ていた。

18時くらいから宿からまたちょっと歩いた所にある「アプサラ・レストラン」に行って夕ご飯を食べて19時半くらいに帰ってきた。
と、今日はあまり外に出ずにリハビリしてましたよ。と言う日だった。
日記ってあまり書く事無いと本当に書くのに困るなあと思う今日この頃です。


○61日目

今日がバラナシの最終日だった。今日の夕方からバラナシからタージ・マハルのある「アグラ」までの電車チケットは既にゲットしておいた。
バラナシではガンガーからみる日の出がいいとの事なので、前回のガンガーツアーではあいにく曇りで見えなかったため、今日天気がいいようなら最後のチャンスということで宿の屋上からみようと思っていた。

んで4時50分に一旦目覚めて、空の向こう側が赤くなっている事を確認。これは行けるか!?と思い、宿の屋上へ上がるには、スタッフの方が管理しているキーが必要なので、下で寝ているスタッフを起こして屋上への扉をキーで開けてもらうことにした。
んでスタッフのインド人を起こした所、ちょっと待って、と言われまた寝てしまった。
何のためにちょっと待つのかよく分からず、もうすぐ他のスタッフの人が来て(扉を開けるカースト的な人が来て)開けてくれるのか、なんかよく分からない感じの待ってだったので、そのまま待っていたら、何と日の出時間を過ぎてしまった!!

日の出が見れなくなってしまい、またそのまま待っていても何とも音沙汰がなさそうだったので、自室に帰って寝ました。。。
バラナシを色々散策できなかった分、最後に日の出くらいは見たいなと思ってはいたが、見れずに残念でした。。。


その後起きていつもの通り朝ご飯を食べ、シャワーを浴びる。
インドに来て、お金を払う時にお札を使うが、お札が切れていたり汚かったりすると、そのお札はインド人に受け取ってもらえない。
ちょっと以前に日本人旅行者のお金のやり取りで、ひょんな所からこれ使えないだろうと思われる、赤インキで色々汚く着色されたような100ルピーを持っていたので、これを何とか使えるようにしたかった。ちなみに一回使ったが受け取りを拒否されていた。

銀行に行けば使える100ルピーと交換できるよとふと聞いたので、同じように受け取りを拒否されたお札を持った旅行者の方と、銀行に行って取り替えてもらう事にした。
銀行はバラナシのメイン通りの近い所にあった。目立つ看板がかかってて分かりやすかったのだが、いざ入ろうとしてみると、ここやっているのか?と思う程店の前がさびれている。
普通に店の前にゴミが落ちており、シャッターというか鍵のある門的なものが半開きになった奥に、その銀行はあった。
やっているかと思って入ったら普通にやっていたらしい。こんな店構えでしっかり営業しているんだと思い、そのインド品質に驚いた。

中は普通にクーラーが効いていて銀行っぽかった。見るなり何やら先着順のカードを取ってのご案内というのも無く、窓口に詰めかけた者順に
銀行員が対応していた。インド人はこういう時並ばないので、無理矢理前の方にいって何とか気づいてもらうしかない。
そんなんで頑張って前に押しかけ、このお札交換できますか?とお札を出してみたが、何とここでは交換できないようだ。

他の所で交換できるよと言われ。それっぽい所を教えてもらった。「ゴードウリヤー交差点のお花屋さんの後ろ」と書かれたメモを渡された。
そのメモを元にゴードウリヤー交差点まで行ってみた。ちなみにインドでは前からそうだったのだが、こんな真っ昼間に外を歩きたくない程に暑い。外を歩くとすぐに汗が吹き出てくる。ゴードウリヤー交差点まで来るのにかなり暑さで疲れ、そこから花屋さんを探すのがめんどくさい程暑かった。

んで花屋さんは見つかったのだが、花屋さんの後ろに何か銀行がありそうな感じが全くない。
自分は銀行の看板を探していたので、ここじゃないのかな?と思って、そのままスコールも降ってきそうだったので引き返してきてしまった。
後で聞いた話によると、お札を交換してくれる所は銀行ではなく、どなたかが個人でやっている所らしかった。その人にお札とある程度の手数料を渡すと、新しいお札を交換してくれたっぽい。自分はてっきり銀行があるものだと思っていたので、勘違いしていて見つけることが出来なかった。
まあこのお札はデリーに行った時にでも何とかなるかと思い。時間もないのでバラナシでは交換は諦める事にした。


12時になってまた経過観察があった。お医者さんのクリニックに行って最後に体調は大丈夫かと確認された後、保険の申請書に完治した日とサインを書いて、晴れて通院が終了となった。
マジでバラナシ来て次の日から最終日まで、本当に連日足しげく通ったものだと思う。宿以外に一番訪れているスポットが病院って・・・(笑)
まあバラナシは本当に今まで見た都市で一番汚く、あまり他に見て歩きたいような所も無かったんで、実はガンガーに入ってその後、早めにこの街を後にしたかった。でも本当にサンタナの人にはお世話になったし、とても感謝している。サンタナは本当に良い所だった。しかし都市としてはヒドい・・・

最後のランチはお土産屋さんがひしめく商店街の先にある、「メグ・カフェ」で食べた。地球の歩き方にも載っている有名店で、日本人の奥さんが店を切り盛りするオシャレなお店だった。ちなみにこのメグカフェの場所が分からず、今日案内されてやっと分かった。
んでチキンが有名な店で、お客さんはチキンカツを大体頼むのだが、あいにくチキンが切れそうとの事で、自分はかきあげ丼を頼んだ。

インド、というかネパールでもそうだったのだが、注文を頼んだ後、それが出てくるまでが結構時間がかかったりする。
普通に10分、20分待つ事はザラである。この店も例外ではなく、結構待ったりしたが、出てきたかきあげ丼は本当に美味しかった。
インドでここまでのクオリティーが出せるんだ!!と驚く程の見た目と味で、本当に満足したランチだった。
普通にもっと早く知っていたら毎日食べにきたのに・・・と思い、最終日に来た事にちょっと後悔したのでした。


その後は宿に戻ってチェックアウトのために荷物を整理する。
サンタナバラナシは14時にチェックアウトで、そんなに遅くまでいていいの?と思って結構驚きだった。
そんなんで下に荷物を置いた後は、近くの喫茶店に行ったりして16時まで時間を潰した。
そんなで16時半前に宿に戻り、16時半にもう一人の旅行者、ナオヤさんと一緒にサンタナを後にした。
ナオヤさんとは今日の夕方の電車でアグラへ行くという予定が被ったので、一緒に行く事にしたのだった。ちなみにカンボジア国境越えと、ラオスでも実は一回ずつ会っている、なんか腐れ縁?的な人だったのであった(笑)。

サンタナバラナシのスタッフのユキさんとインド人スタッフのバダルさんには本当にお世話になった。色々ご迷惑をかけて申し訳なかったが、体力が回復し、無事にこうやってお別れできる事に感謝しなければいけない。
ユキさんには風邪でダウンした時に体調の事を気遣ってもらって本当にお世話になった。そして松田聖子好きだった。
バダルさんはいつも陽気で、出っ張ったお腹がキュートで、なぜか毎日日本語が書かれたTシャツを着ていて、インド人なのに日本人ばりの親父ギャグを連発してきて反応に困った回数は数知れない。

そんなユキさんとバダルさんに会えなくなるのは寂しいが、今度の9月20日(日)、21日(祝)に開催される代々木公園の、ナマステ・インドフェスティバルというインドフェスに来るようなので、絶対そこに行って再会したいと思う。


そんなんでサンタナを離れた後は、オートリクシャーを捕まえるためにゴードウリヤー交差点まで歩いて行った。
もちろん汗が大量に吹き出しながら歩いていって、短時間なのにかなりキツかった。
んで何とか交渉の末、バラナシ駅に2人で150ルピーで行ってもらう事に。まあ行きと同じ価格になったので、適正かな?とは思ったが。事前にバダルさんに確認しておけば良かったなと思った。

んで17時20分初の電車だったのだが、30分前には駅に着き、プラットフォームに入って電車を待った。
8番線という案内で待っていたのだが、来るのは9番線との事。この微妙にインフォメーションと違うのもインドクオリティーなんだなと思った。
しかし!17時20分に発車する所、なんと17時半過ぎにはもう出発した!ほぼ時刻通りの発車時間に結構驚いた。
スリーパークラスという3段ベッドの一番上の席になり、まあまあ心地は良かったりした。

到着は翌日の朝6時。12時間なんて結構長いなーと思っていたら、寝たらあっという間に朝になっていた。
やはり電車は明らかに寝やすい.かなり快適に寝られる事が出来た。

そんなんでインドのバラナシは今日で終わり、明日はアグラに一泊し、その後デリーに行き、トルコへ飛ぶ予定です!
色々あったがバラナシにはあまりもう行かなくていいかなと思う(^_^;)、またガンガーには2度と入らないと思います(笑)
そんなんでこれからさらに体調管理には気をつけて、旅行を再会したいと思います!!!


去る前のガンガー
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