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読んだ本の感想と旅行の日記を書いていきます。
後、その他なんかあれば・・・

117冊目:「神との対話②」

2013-11-06 23:24:00 | 
総評:★★★★☆ ショッキングな内容も多し。
面白い度:★★★★☆ 面白いというか引き込まれた。
読みやすい度:★★☆☆☆ 読みやすくはない。
ためになる度:★★★★★ 超超タメになった。
また読みたい度:★★☆☆☆ 一冊読み返しはしないだろう。


前回の本から引き続いての第2弾。

前回は個人的な観点についてのお話が書かれていたが、今回は世界や歴史についての話が出てくる。
前回よりお話の対象範囲が大きくなり、本のボリュームも前回よりかなり大きくなっている。
でも前回より結構あっという間に読んでしまったと思う。

今回はなんか、ヒトラーとか、相対性理論とか、宗教とか、お金とか、なかなか具体的なことについてちょいちょい書かれている。

面白かったのが、「時」という性質についてだった。
時という概念は、物と物の相対的な速度からうんぬんと言った話から始まり、物が高速に動くことでその間の空間が・・・
と言った話になり、そこから時という概念が発生すると言った、相対性理論のとっかかりの話が書いてあって、
不思議と「なるほど!」と思ってしまった。
結局良くわからないのだが、概念的なとっかかりをつかめた感じになった。今まで相対性理論の本をほんのちょっと読んでいたりしたのだが、まさかこの本から一番イメージを掴めるとは思わなかった(笑)

あと衝撃的だったのが、国境などをとっぱらった世界政府というような機関を創ることが必要であること。
また、お金の流れをすべてオープンにすると良いといった話が聞けてとても興味深かった。
まさか神様がこんな俗っぽい具体的な意見を持っているとは思わなかったので、意外だった。

後は宗教は神様にとっては必要でないもので、逆に宗教が色々な人の間のいさかいを生み出す元となっていることが書いてあり、
とても残念に思った。
神様を信仰する概念から宗教ができてきたと思ったのだが、今ではただ人の権威を示したり、人の行動に制限を課したり、また現に世界の紛争の元になってしまっているのがとても悲しく思う。
宗教は文化を作る上ではかなり重要な役割を担っているが、人々が一つの国家を創りあげる上では大きな障害となってしまっているのが
とても、というか人類の一番の皮肉なんじゃないかと思う。
まさに宗教が人間の一番の原罪になっているんじゃないかと今思った。


そんな感じでまた新たな考え方を学ぶことができた本でした。
そんなんで興味深かった部分を抜粋する。

・自分にとっての「最前」とは何かと考えることに時を費やす、それはまさに時の浪費にほかならない。時を浪費するよりも、倹約するほうがよくはないかな。
理性の外にいると、時の倹約になるよ。すばやく決断できるし、選択をすぐに行動に移すこともできる。魂は、現在の経験だけをもとに自分で創り出すから。反省だの分析だの、過去の出会いに対する批判だのはしないから。
このことを覚えておきなさい。魂は創造し、理性は反応する。

・ところで、わたしの言いたいのはこういうことだ。それぞれの瞬間をきよらかに、前もって考えたりせずに迎えれば、あなたは、過去の自分を再現するのではなく、自分を創造することができる。

・あなたがたはみんな、自分に価値がないと思っている。だから、イエスの名において願う。あるいは、聖母マリアの名において。「守護聖人」の名において。あるいは、神の子の名において。あるいは東洋の精霊の名において。誰かれかまわず、いろいろな名を使うけれど、自分の名だけは使わない!だが、いいかね。願えば与えられるだろう。求めれば、見つかるだろう。叩けば、開かれるのだよ。

・おっしゃったことを復習すると、こういうことですね。
 ①人生はつねに続く創造のプロセスである。
 ②すべての<マスター>の秘訣は、気を変えないこと。つねに、同じことを選択すること。
 ③「もうだめだ」、なんて思ってはいけない。
 ④わたしたちは考え、感じ、口にすることによって何かを「呼び出す」。
 ⑤人生は創造と再創造のプロセスである。
 ⑥魂は「創造」し、理性は「反応」する。
 ⑦魂は、理性には思いも及ばないことを理解する。
 ⑧自分にとって何が「最善」か(どうすれば得るものが最も多く、失うものが最も少なく、欲しいものが手に入るか)を考えるのはやめ、自分らしいと感じることをする。
 ⑨自分の感情が自分の真実。自分にとっての最善とは、自分にとっての真実だ。
 ⑩思考と感情は「ちがう」。思考は、こう感じる「べきだ」という考えにすぎない。思考と感情が混同されると、真実はくもって、失われる。
 ⑪感情に立ち戻るには、「理性の外」に出て、「感情の内」に戻る。
 ⑫真実を知ったら、それを「生きる」
 ⑬否定的な感情は、真の感情ではない。自分や他者の過去の体験にもとづく考えである。
 ⑭過去の体験は、真実の指標にはならない。純粋な真実は、いまここで創造されるのであって、過去の再現ではない。
 ⑮すべてに対する反応を変え、現実(つまり、前もって送られたーpre-sentー時、それについて考えるよりも以前から、送られている時)に身をゆだねること。言い換えれば、過去でも未来でもなく、いま、ここにいることが大切だ。
 ⑯過去と未来は、考えのなかにだけ存在する。前もって送られている現在が、唯一の現実だ。だから、そこに「とどまりなさい!」。
 ⑰求めよ、そうすれば見いだせる
 ⑱神ー神性ー真実と結ばれるのに必要なことなら、何でもしなさい。習慣や祈りや儀式、瞑想、執筆、「存在のすべて」とふれあうために「役立つことなら何でも」やめずに続けなさい。

・そのとおり。おおぜいが旅をしているよ。それどころか、全員がしている。ふつうは夢と呼ばれる状態のなかでね。
ほとんどのひとは、それに気づいていない。旅をしているという認識をもちつづけることができないからだ。だが、そこにはエネルギーが膠(にかわ)のように付着している。充分に付着していると、そういうエネルギーに敏感なひとには、あなたの「過去」や「未来」がわかる。彼らはエネルギーの残りを感じたり、「読みとったり」できる。そういうひとたちを、予言者とか、超能力者と呼ぶ。

・いいかね、人生の目的は神を喜ばせることではない。人生の目的は、自分とは何者であるかを知ること、自分を再創造することなのだよ。

・すべての出来事、すべての経験には、機会を創出するという目的がある。出来事も経験も、機会なのだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「悪魔のしわざ」とか、「天罰」とか「神からの褒美」などと考えるのは過ちだ。出来事や経験は出来事や経験として起こるにすぎない。それに意味を与えるのは、わたしたちがどう考え、どう行動し、どう応えるかだよ。
出来事も経験も、あなたに引き寄せられる機会で、意識を通じて個人的、集団的に創り出される。意識は経験を創り出す。その意識をあなたがたは向上させようとしている。機会を引き寄せるのは、あるべき自分を創り、体験するためで、あるべき自分とは、いまのあなたよりも高い意識をもった存在ということだ。
わたしは、あなたにあるべき自分を知らせ、体験させようと思って、そのために自分が創り出そうとする出来事や経験を引き寄させているのだよ。
宇宙のゲームに参加している他のプレイヤーがときどき、あなたと一緒になるー短い出会いであったり、ちょっとした通りがかりであったり、一時のチームメイトということもあれば、長年の知り合い、親戚、家族、愛する者、人生のパートナーであったりする。
そうしたひとたちの魂は、あなたが引き寄せているのだ。そして、あなたも彼らに引き寄せられている。お互いの選択や欲望を表現する。共通の創造的な経験だね。
誰も、偶然にあなたのもとへやってくるのではない。偶然などということはない。
なにごとも、いきあたりばったりに起こりはしない。人生とは機会の産物だ。
出来事も同じく、あなた自身の目的のために、あなたが引き寄せている。全地球的な経験や展開は、集団的な意識の結果だ。グループ全体の選択や欲望の結果として、引き寄せられてくる。

・集合意識というのは、あまり理解されていないが、きわめて強力なもので、注意しないと個人の意識をはるかにしのいでしまう。だから、地球上の大きな人生経験が調和のとれたものであってほしいなら、どこにいても、何をしても、自分自身も集団意識を創り出そうと努力しなければならない。
あなたの意識を反映しない集団意識をもったグループにいて、集団意識をうまく変更できないとしたら、そこから離れたほうがいい。そうしないとグループに引きずり回されてしまう。あなたの意思とは関係なく、グループが行きたいところへ連れていかれてしまうよ。
自分の意識とあった集団意識を持つグループが見つからないなら、自分で創りなさい。そうすれば、似たような意識をもった人びとが引き寄せられてくるだろう。

・ヒトラー経験の恐ろしさは、彼が人類に対して罪を犯したということではなく、人類が彼に罪を犯させたということだ。驚かなければならないのは、ヒトラーが登場したことではなく、あれほど多数の者が彼と行動をともにしたことだよ。恥ずべきは、ヒトラーが何百万人ものユダヤ人を殺したことだけではなく、何百万人ものユダヤ人が殺されるまで、誰もヒトラーと止めなかったことだ。

・あなたがたは、一年は三六五「日」だという。だが、「日」とは何だろう?あなたがたが勝手に決めたものではないが、「日」とは、宇宙船地球号が一回自転するのにかかる「時間」だ。
では、自転をどうして知ったのか?(あなたがたは地球の動きを感じることはできない!)。あなたがたは、天に基準点を求めた。太陽だ。あなたがたの宇宙船が太陽と向かいあい、太陽に背を向け、ふたたび太陽を見るまでが「一日」だという。
この「一日」を、あなたがたはさらに二四「時間」に分けた。これも恣意的な数字だ。「一〇」時間でも良かったし、「七三」時間だったよかった!
それから、「時間」を「分」に分けた。一時間には小さな単位が六〇集まっている。それを「分」と名づけ、さらにそれを六〇の小さな単位に分けて「秒」と呼んだ。
さらにある日、地球が自転しているのではなく、飛んでいることに気づいた!宇宙のなかで太陽のまわりと飛んでいることを知った。あなたがたは、地球は太陽のまわりを一周するあいだに、三六五回、自転すると慎重に計算した。そして、これを「年」と呼んだ。
一年を「年」より小さく、「日」よりももう少しだけ大きな単位に分けようというところで、少しめんどうな問題が起こった。あなたがたは「週」と「月」と考え出した。毎年を同じ数の月に分けることはできたが、毎日を同じ日に分けることはできなかった。三六五という奇数は一二という偶数で割り切れなかったので、ある月には他の月よりもたくさんの日がふくまれることになった!
なぜ一年を一二に分けなければならなかったかー月の満ち欠けを観察していると、一二回だったからだ。地球の公転、自転、月の満ち欠け、この宇宙の三つの出来事のつじつまをあわせるために、毎月の日数が決まった。~(中略)~
あなたがたはほかにも、過ぎゆく時を計算するために「年代」とか「世紀」とかをつくりあげた(おもしろいことに、こちらは単位が一二ではなく、一〇になっているが)。じつは、どれも、空間のなかの動きを計算する方法にすぎない。だから、「過ぎて」いくのが時ではなくて対象物であり、それも、あなたがたが空間を呼ぶ、静止した場を回転しているだけだとわかるだろう。「時」は、動きを計算する方法にすぎない!

・アインシュタインは、動いているのが「時」ではなく一定率で場を移動している自分自身であるなら、時間を「変える」には物と物との場を変更するか、移動する速度を変更すればいい、ということを理論化した。これは一般相対性理論と呼ばれ、時間と空間の関係を理解するのに大いに役立っている。~(中略)~
これで、「時」というものが概念的な操作なしには、存在しないことが理解しやすくなっただろう。
かつて起こったことはすべてーそしてこれから起こることもすべてーいま、起こっている。それを観察できるかどうかは、要するにあなたの視点、つまり「場のなかの位置」に左右される。

・あなたはすべての生ー多くの生ーを、ほんとうの自分を決定するために活用している。ほんとうの自分を選び、創造するために、現在考えている自己を経験し、実現するために活用している。~(中略)~
あなたは人生で出会う人間や出来事、環境を、道具(ツール)として自分の身に引き寄せている。その道具を使って、最も偉大な自己、最も偉大なヴィジョンを創り上げるのだ。この創造と再創造のプロセスは終わることなく、多層的に進行する。すべては、さまざまなレベルで「たったいま」起こりつつある。
時間を直線的に考えるあなたは、経験を過去、現在、未来に分ける。自分がひとつの生を生きていると思っている。たくさんの生を生きたにしても、一度にひとつだと思っている。
だが「時」がないとしたらどうなる?すべての「生』を一度に生きていることになるではないか!そうなのだ!
あなたはこの生、いま認識している生を、過去、現在、未来、同時に生きている!未来の出来事について、「不思議な予感」を覚えたことはないか。生なましい予感のおかげで、それをまぬがれたことはないか?あなたはそれを「直感」と呼ぶ。しかし、「未来」に経験したことを、ふいに思い出したにすぎない。「未来のあなた」が言う。「おいおい、これは楽しくないよ。やめようや!」

・いまという時を浪費しないことだ。人生の神秘を解き明かそうとして、いまという現実をむだにしてはいけない。神秘が隠されているのには、理由がある。それが何かはわからなくてもいいから、神を信頼しなさい。現在という時を、最高の目的のために、本当の自分の創造のために使いなさい。
自分とは何者か、何者になりたいかを決め、全力をつくしてそうなりなさい。時間についての話は、わかる範囲で理解して枠組みとして活用し、そのなかにあなたのいちばん壮大な構想を描けばいい。
「未来」について何か直感したら、それを大切にしなさい。「過去の生」について何かを感じたら、頭から無視するのではなく、自分にとって役に立つかどうかを考えなさい。何よりも自分の神性をいまここでもっともうまく創造し、表現し、経験する方法がわかったら、その方法に従いなさい。

・たとえば、生命そのものもふくめて、すべては循環することがわかる。
宇宙の生命を理解すれば、あなた自身の内側にある世界の生命を理解できるだろう。
生命は循環する。すべては循環する。それがわかれば、ただ耐えるだけではなく、もっとプロセスを楽しむことができる。すべての動きは循環だ。生命には自然のリズムがあり、すべてはそのリズムで動いている。~(中略)~
生命のリズムをいちばんよく知っているのは女性だ。女性はリズムに従って生きている。
女性のリズムは生命のリズムそのものだ。女性は男性より、「流れにのる」のが上手だ。男性は押したり、引いたり、抵抗したり、流れの方向を変えようとしたりする。女性は流れを感じとり、流れにあわせてかたちづくる。
女性は風にそよぐ花のメロディを聞いている。見えないものの美を見ている。生命の潮の満ちひきを、力強さを感じている。走るときと休むときを知っている。笑うときと泣くときを、つかむときと離すときを知っている。

・一面的な存在として生きていると、肉体的なことがらにどっぷりと染まってしまう。
金。セックス。力。所有。肉体的な刺激と満足。安全。名声。金銭的な利益。
二面的な存在として生きていれば、精神的なことがらにまで関心がひろがる。
友情、創造性、新しい考えや思いつきという刺激、新しい目標、新しい挑戦、個人的な成長。
三つの面をもつ存在として生きたとき、あなたはようやくバランスがとれる。魂に関することがらに関心をもつようになる。
霊的なアイデンティティ、人生の目的、神との関係、成長への道、霊的な成長、最終的な運命。意識が高まれば高まるほど、あなたは自分という存在のあらゆる側面を充分に認識するようになる。成長とは自分のある面を大事にして、べつの面を捨てることではない。焦点をひろげることだ。ある側面にばかりかかずらうのをやめること、すべての面を真に愛し、評価することだ。

・他社を傷つけることになるなら、どんな行動も成長を早めることにはならない。~(中略)~他者と関係するどんな行動も、他者の合意と許可なしにはしないこと。

・若者はあなたがたと同じ行動をとっている。彼らが暴力的なら、それはあなたがたが暴力的だからだ。彼らが物質主義者なら、それはあなたがたが物質主義者だからだ。彼らが狂気じみたふるまいをするなら、それはあなたがたが狂気じみたふるまいをするからだ。彼らが性を道具として、恥ずかしいものとして無責任に扱うなら、それはあなたがたが同じことをしているからだ。若者と年長者たちとのちがいはただひとつ、若者はおおっぴらに行動するというだけだ。

・つぎの三つの基本概念を中心にした、新しいカリキュラムを考えなさい。
ー認識ー誠実ー責任
子供達に幼いころから、この概念を教えなさい。カリキュラムの最後まで、この三つの筋を通しなさい。教育のモデルをこの三つにおきなさい。すべての指導を、この三つから始めなさい。

・人類としてもっとも偉大なヴィジョンのなかでも、最も偉大なヴィジョンを創造しなさい。それから、そのヴィジョンを支えている価値観と概念を学校で教えなさい。
たとえば、こんな教科があってもいい・・・。
①力の理解
②紛争の平和的な解決
③愛情ある関係の要素
④個性と自己創造
⑤身体と精神と魂・・・これらはどう機能するか
⑥創造性の発揮
⑦自己への誇りと喜び、他者の尊重
⑧喜ばしい性的表現
⑨公平
⑩寛容
⑪多様性と類似性
⑫倫理経済学
⑬創造的な意識と精神力
⑭認識と目覚め
⑮誠実と責任
⑯可視性と透視力
⑰科学と霊性

・ルドルフ・シュタイナーというひとが書いたものを読んでごらん。彼が創設したウォルドルフ・スクールという方式を勉強してごらん。

・たとえば、喫煙だ。法律は、大麻を栽培したり、使ったりすることを禁じている。政府は、大麻は身体に良くないと言う。ところが同じ政府が、タバコなら栽培しても、使ってもかまわないと言う。べつに、身体にいいからではない(それどころか、政府は良くないとはっきり言っている)。そうじゃなくて、たぶん、タバコはこれまでもずっと使われてきたから、というのが理由だろう。
大麻が禁止され、タバコが許されている本当の理由は、健康とは関係ない。問題は経済だ。つまり、権力だよ。
あなたがたの法律は、人々が社会をどうとらえているか、どんな社会にしたいかを反映しているのではなく、どこに権力があるかを反映している。

・大麻が禁止されている表向きの理由は、健康に良くないということだ。だが、じつは大麻はタバコやアルコール以上に習慣性や健康上の危険があるわけではない。では、タバコとアルコールは法律で保護されているのに、なぜ大麻は許されないのか?もし大麻が栽培されると、世界中の綿花栽培業者やナイロン、レーヨン生産者、それに木材生産者の半数がたちゆかなくなるからだよ。
じつは、大麻は地球上でいちばん強くて丈夫で長もちがして、役に立つ材料の一つだ。~(中略)~
肝心なのは、そこだ。この奇跡のような植物ー大麻は薬品にもなるしねーの栽培を許可すると、誰かが損をする。だから、アメリカではマリファナが違法なんだよ。
電気自動車の大量生産や、手頃な料金の行き届いた医療制度、各家庭での太陽熱を利用した暖房や発電がなかなか実現しないのも、同じ理由からだ。
資本力や技術力だけなら、何年も前につくれたはずだ。それではなぜ、いまだにできないのか。そういうものが実現したら誰が損をするかを考えてみるといい。そこに答えが見つかるよ。

・世界はそろそろばかなふるまいをやめ、目覚めて、人類の唯一の問題は愛の欠落だということに気づいたほうがいい。
愛は寛容を、寛容は平和を生む。不寛容は戦争を生み出し、耐えがたい状況に無関心になる。
愛は無関心ではいられない。どうして、無関心でいられるのかわからない。
人類すべてに対する愛と関心への一番の近道は、全人類を自分の家族と考えることだ。
全人類を家族と考える一番の近道は、分裂をやめることだ。世界の国民国家は団結すべきだ。

・最終的には、すべての地政学的な問題は、個人の問題と同様に、霊的な問題に行き着く。生命のすべては霊的であり、人生の問題の基礎はすべて霊的なところにあるー霊的に解決される。

・「恐れるな、わたしがあなたとともにある」というのが、悲劇に直面したひとに詩が語らねばならない言葉だ。最も暗いときに、わたしはあなたの光となるだろう。闇のなかで、わたしはあなたの慰めとなるだろう。最も困難な試練のとき、わたしはあなたの力となるだろう。

・不利な立場にいるひとを見たとき問うべき最初の質問は、こうだ。わたしは、このこととの関連のなかで何者なのか、何者であることを選ぶのか?言い換えれば、どんな状況でも最初に問うべき質問は、ここでわたしは何を望むか、ということだ。わかるかな?あなたの質問は、ここでわたしは何を望むか、であって、決して相手は何を望んでいるか、ではない。

・他のすべてのひとや場所、ものごととの神聖な関係の目的は、相手が何を望むか、何を必要とするかではなくて、あなたが成長し、ほんとうの自分になるためには、何を必要とし、何を望むのかを知ることだ。

・社会の進歩の度合いは、最も貧しいひとたちをどうあつかっているかではかられる。

・どちらか疑わしいときには、間違ってもいいから同情心、憐れみの側に立ちなさい。助けているか、傷つけているかを判断するためには、こういうことを考えればいい。あなたが助けた結果、相手は拡大するだろうか、縮小するだろうか?相手は大きくなるか、小さくなるか?能力が高まるか、それとも低下するか?

・だが、最も単純に人間らしく暮らすために、どうして働かなくてはならないのか?誰もが人間らしい暮らしができるはずではないか?どうして「自分で働く」ことと、人間の尊厳とが関係するのか?基本的に人間の尊厳とは、生まれたときからもっている権利ではないのか?そもそもそうあるべきではないのかな?

・すべての攻撃は助けを求める叫びだ。誰も、ほんとうに他者を傷つけたいとは思っていない。傷つけるものはーあなたがたの政府もふくめてー欲しいものを獲得するただひとつの手段だと誤解しているから、そうするのだ。
すでにこの本のなかで、問題のより高い解決策を説明した。何も欲しがるな。好みで選ぶのはいいが、必要としてはいけない。

・意識の変革だ。
人類を苦しめている問題は、政府の活動や、政治的な手段によっては解決できない。それは、もう何千年も試みてきたことではないか。変革が可能なのはただひとつ、ひとの心のなかだけだ。

・金銭を排除しなさい。~(中略)~そう。少なくとも、金銭の「見えない」という性質を排除しなさい。

・ただ、誰かとの取り引きのさいに、オープンで正直でいるというだけのことだよ。
話すときは真実を話す。ほんとうのことを言うべきときには、言う。決して嘘をつかず、ごまかさず、言語や理性で操作せず、人間の多くのコミュニケーションにつきものの一〇一もの方法で真実をねじ曲げないということだ。
くもりなく、あるがままを率直に語ること。万人が知っている必要のあることについて、すべてのデータを手に入れられること。公明正大で・・・何もかもが目に見えていることだ。~(中略)~
ここではなしているのは、単純で単刀直入ですなおでオープンで正直な、完璧なコミュニケーションのことだよ。だが、それだけでもびっくりするくらいで、ほとんど実行されていない考え方だね。

・「もっと良い人生」は、物質を集めても実現できない。ほとんどのひとはそのことを知っているし、わかっていると口では言うが、あなたがたの人生はーそれに人生を動かしている意思決定はーたいてい「物質」中心で、ほかの何よりも「物質」を大事にしている。
あなたがたは物質を欲しがって、そのために働き、手に入れると決して離そうとしない。大半の人間のインセンティヴはものを獲得することだ。ものを重視しないひとは、簡単に手離すよ。

・平等というのは、機会の平等であって、事実上の平等ではないことを忘れないように。事実上の「平等」は決して達成されないだろうし、それでいいのだよ。~(中略)~
わたしが言うのは、二つのことが保障されている世界だ。
①基本的ニーズの充足
②向上するチャンス

・だから、組織的宗教の第一の仕事は、あなたがたに自分自身への信頼を失わせることなのだ。
二つめの仕事は、あなたはない回答を宗教がもっていると思わせることだ。
そして三つめ、最も大切な仕事は、その回答をあなたがたに何の疑問もなしに受け入れさせることだ。
もし疑問をもてば、あなたがたは考えはじめる!考えれば、自らの内なる源へと戻っていく。
それでは、宗教は困る。宗教が与える答えとべつの答えをだすかもしれないから。だから、宗教はあなたがたに自分自身を疑わせる必要がある。すなおに考える力を疑わせる必要がある。~(中略)~
まもなく、あなたがたはわたしの存在すら疑うー皮肉なことに、それまでは疑ったこともなかったのに、直感を信じて生きていれば、わたしについてあれこれ創造したりせず、わたしの存在をただ直感していただろう!
不可知論を創り出したのは、宗教だ。

・宗教はどこへ行っても分裂を創り出す。それこそ、神の対極だ。宗教は神とひととを分け、ひととひととを分け、男と女を分ける。宗教によっては、男性は女性よりも上だ。神は男性より上だというものさえある。それによって、人類の半分に強制される最大の滑稽な仮装が始まった。
いいかね。神は男性より上ではないし、男性は女性より上ではない。それは「ものごとの自然の秩序」ではない。力をもつもの(つまり男性)が男性崇拝の宗教を創り出したときに、そう望み、「聖なる書物」の最終版の半分を削除し、残りの半分を男性世界のモデルにあうようねじ曲げただけだ。


抜粋だけで2時間以上かかってしまった。
まだまだ大事な所もあったりするが、ここまでにしておく。
次回は最終巻のその③だが、感想を書くのも一番長くなりそうである。。。
コメント (1)
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