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町おこし008:2つのプロジェクト

2018-02-05 | 小説「町おこしの賦」
町おこし008:2つのプロジェクト
――『町おこしの賦』第1部:恭二、きて!
 喫茶の看板を、「居酒屋むらさき」に変えたと同時に、二人の男が入ってきた。店の主は秋山昭子、四十五歳。早くに夫を亡くして、女手ひとつで店を切り盛りしている。一人娘の可穂は、標茶中学の三年生である。
昭子は二つのグラスに、ビールを注ぐ。二人とも無言で、一気にあおった。背の高い方の男は、ポケットから紙片を取り出す。そして小柄で太った男の眼前に、ひらひらさせている。
「町民の数は、牛の数に抜かれた。何でこんな記事を、広報に載せたのですか?」
 標茶町町長の越川常太郎を詰問しているのは、標茶町観光協会長の肩書きを持つ宮瀬哲伸である。彼は『標茶町だより』の記事に、腹を立てている。

「ショック療法っていうやつだよ。町民に対する一種の、カンフル剤のつもりだ」
「これは逆療法ですよ。ますます町民の士気は、低下してしまいます」
「流出人口を抑えるためには、ショック療法が必要になる」
「観光客の誘致に全力をあげているとき、それを迎える町民に、情けない思いをさせてはまずいですよ」
「相変わらず手厳しいな。ところで、きみの方の建物は、町おこしのカンフル剤になっていないのかい?」

越川町長は地方再生予算の半分を、宮瀬哲伸の経営する宮瀬建設に投資している。もう半分は弟・多衣良(たいら)が社長を務める、越川工務店へ配分している。
「オープンして半年ですので、まだまだ認知度が低いのが現状です。釧路管内はもとより、札幌の企業にまでダイレクトメールを配信しています。そろそろ効果が表れるころです」
「頼むぞ。あれがコケたら、おれの首が危なくなる」

標茶町は地方再生予算で、二つの大きなプロジェクトを実行した。町議会では一部の反対があったものの、すんなりと予算は承認されている。しかし住人の減少を、観光客の誘致で補おうとする企画は、大きな成果を上げていない。

 居酒屋むらさきに、新たな客が顔を出す。町長の弟・越川多衣良だった。
「噂をすれば何とかというやつだ」
 軽く手を上げて、宮瀬は笑いかけた。
「どうせ、悪いウワサ話だべさ」
 多衣良は、コートを脱ぎながら笑い返す。標茶町には、越川工務店と宮瀬建設の二つの建設会社がある。標茶町の土木工事の入札は、この二つの会社が交互に落札している。
「ところで、兄貴、いや町長。例の三大スポットに、四つ目を追加しようと考えている。川上神社の鳥居が朽ちかけているので、建て直したいとのことだ。それで、無償でやってあげるから、朱色にさせてもらいたいとお願いしてきた」
「神主は了承したのか?」
 越川常太郎は弟のグラスに、ビールを注いで尋ねた。
「ばっちりだよ。これでうちのプロジェクトに弾みがつく」

越川工務店と宮瀬建設は、表面的には仲がよい。しかし宮瀬は、多衣良にだけは負けたくなかった。宮瀬は四十五歳、多衣良よりも十七歳も若い。ただし双方ともに、二代目という共通点がある。父親から受け継いだ汗まみれのバトンは、次へつながなければならない。
ところが宮瀬には、渡すべき相手がいない。妻と死に別れ、子どももいないのである。宮瀬哲伸は孤独であった。仕事以外に、生きがいを見出せないでいる。

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