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町おこし007:夢と妄想

2018-02-05 | 小説「町おこしの賦」
町おこし007:夢と妄想
――『町おこしの賦』第1部:恭二、きて!
瀬口家の夕食は、店番の関係で二組に別れる。
「キンキじゃないか、今日は豪華な夕食だな」
 食卓についた兄の恭一は、ことさら明るくいった。恭二のことは、すでに母親から聞かされている。店にお客さんらしく、父の大きな声が聞こえてくる。恭二は父の声に覆い被せるように、きっぱりと告げた。
「母さん、おれ、F高へ行かない」
「野球を諦めることにしたの?」
「辞める」
「おいおい恭二、そんなに簡単に夢を諦めてしまっていいのか?」
 口をはさんだ兄に向かって、恭二は自分にいい聞かせるように告げる。
「いつまでもかなわない夢に、しがみついていたくないんだ」
「恭二、おまえは強いよ」
「今は空っぽだけど、野球以外の夢を探してみる」

 恭二は兄の言葉を、胸のなかで転がしてみる。そしてかなわぬ夢を追いかけるのは、単なる妄想だろうなと思う。夢って努力すれば、届くところにあるものだろう、とも思う。さっき開いた猪熊勇太からのメールを思い出す。
――恭二。ずいぶんあっさりとした決断だな。おまえが行かないのなら、おれもF高へは行かない。おまえがどんな新しい夢を拾うかを、見届けなければならないからな。勇太。

 母と交代に、父が食卓につく。そして悲しげな声を出した。
「恭二、母さんに聞いたけど、野球と決別するんだな。未練を断ち切るのは難しいけど、おまえの決断を尊重しよう」
「おれ標(しべ)高へ行く。そこで夢中になれる、何かを探す」
「久しぶりで見たけど、詩織ちゃんきれいになったな」
 胸がチクリとした。恭二は黙って、脂がのったキンキの身を口に運ぶ。そして夢中になれる何か、の存在を意識しはじめている。今のところそれは、詩織の存在なのかもしれない。

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