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松岡圭祐『催眠』(小学館文庫)

2018-03-12 | 書評「ま」の国内著者
松岡圭祐『催眠』(小学館文庫)

複雑な精神病理の形をとり発現する心の叫び!これが人格の病なのか…実際の医療カウンセリング業界における数多くの事例をもとに、巧みな場面展開と本物のディテールで描ききったサイコ・サスペンス長編。(「BOOK」データベースより)

◎集団催眠の世界記録保持者

松岡圭祐が売れています。「千里眼」「万能鑑定士Q」など、次々とシリーズを連ねています。とても全作品を追いかけられないので、各シリーズの第1作だけ読んでみました。松岡圭祐との出会いは、デビュー作『催眠』(小学館、初出1997年)を出版社から寄贈されて以来です。当時私はPHPメルマガ「ブックチェイス」で、毎週現代文学の書評を担当していました。

もちろん松岡圭祐の名前は、知りませんでした。『催眠』を読んで、実力派のパワフルな新人登場と感激しました。すぐに書評を発信しました。「催眠術プロのデビュ作『催眠』はすごい」という見出しをつけました。読者から指摘がありました。『催眠』は小説のデビュー作だけれど、真のデビュー作ではないとのことでした。

調べてみました。なるほど「催眠術」関連の本を、すでに出版していたのです。

『催眠術バイブル - 他人を操る驚異のテクニック』(にちぶん文庫、初出1995 年)
『松岡圭祐の催眠絵本 ダイエット - 眺めるだけで、やせる! 』 (同文書院、1996年)

その後に出版された『驚異の催眠ダイエット・読むだけでやせる』(KKベストセラーズ、初出1998年)には、集団催眠の世界記録保持者として「ギネスブック」に載っていると書かれていました。

◎専門家が物語を引っ張る

『催眠』の主人公・実相寺は、いい加減な催眠術師です。占い師プロダクションに所属し、給料をもらっています。いろいろな占いが軒を連ねて、客を待っている図を想像していただければよいと思います。

物語は実相寺がテレビ番組に、出演するところから幕があがります。相手はNHKの連続ドラマで人気者となった、国民的美少女でした。ところが一向に催眠術がかかりません。

打ちひしがれて職場に戻った主人公のもとへ、入江由香という女が訪ねてきます。女は猿にかけられた催眠術を、解いてほしいといいます。

実相寺のことは、さきほどのテレビで知ったと告げました。催眠術を解きにかかった実相寺の目前で、入江由香は突然人格を変えて宇宙人になります。実相寺は演技だと、誤解します。やがて由香は催眠から覚めて、実相寺の呼びかけに応えます。

――「入江さん?」女は驚いたようすできいた。「入江って、だれ?」/「あなたが自分で名のったじゃないですか。入江由香」/「はあ? なにいってんの。わたしは理恵子。由香なんて知らないわ」(本文より)

入江由香は、様々な超能力をもっています。ジャンケンは絶対に負けませんし、透視の能力もあります。ときには理恵子となり、ときには宇宙人として声を発します。

いつの間にか入江由香は、占い師として評価されるようになります。この作品の優れた点は、「東京カウンセリング心理センター」の存在にあります。そこに勤務する催眠療法科長・嵯峨は、ひょんなことから入江由香を知ります。

嵯峨は由香を多重人格障害とみなし、何とか救おうとします。この他にもセンターの部長・倉石、催眠療法科カウンセラーの朝比奈宏美、嵯峨と同期の鹿内管理科長、そして赤戸病院・脳神経外科医長の根岸知加子などの、専門家が物語を引っ張ります。

本書が成功しているのは、それぞれの道における専門家の意見や推察を、ていねいに書きこんでいる点にあります。松岡圭祐は頼りない主人公を、バラエティに富んだ脇役で固めます。

殺人が起こらないサスペンス小説で、これほどまでの緊張感を持続できる著者の実力は本物です。855枚の長編とは思えないほど、一気に読んでしまいました。とてつもなくスケールの大きな新人が誕生しました。

これが小説のデビュー作での書評です。売れっ子作家・松岡圭祐の誕生の作品を、ぜひ忘れないでください。
(山本藤光:1999.05.15初稿、2018.03.12改稿)

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