山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

丸山真男『日本の思想』(岩波新書)

2018-02-21 | 書評「ま」の国内著者
丸山真男『日本の思想』(岩波新書)

現代日本の思想が当面する問題は何か。その日本的特質はどこにあり、何に由来するものなのか。日本人の内面生活における思想の入りこみかた、それらの相互関係を構造的な視角から追究していくことによって、新しい時代の思想を創造するために、いかなる方法意識が必要であるかを問う。日本の思想のありかたを浮き彫りにした文明論的考察。(「BOOK」データベースより)

◎ジュニア向け推薦書

最初に丸山真男『日本の思想』(岩波新書)を覆っている、「難解」というベールをはがすことからはじめます。鎌田慧は岩波ジュニア新書の『生きるための101冊』の1冊として、『日本の思想』を推薦しています。ジュニア向けの著作に、選ばれているのですから、大人が敬遠するわけにはゆきません。

そのなかで鎌田慧は、次のように書いています。

――「思想が対決と蓄積のうえに歴史的に構造化されないという伝統」は、日本の「近代化」のなかにもよくあらわれている、というのが、『日本の思想』のひとつのテーマであって、その克服の方法が語られている。(鎌田慧『生きるための101冊』岩波ジュニア新書P168)

鎌田慧がジュニア向けブックガイドに、『日本の思想』を選んだ見識に拍手を贈りたいと思います。ちなみに、なぜ101冊なのかについては、最後の1冊として鎌田慧『ぼくが世の中に学んだこと』(岩波現代文庫)を「あとがき」の代わりにいれたためです。本書では「ちくま文庫」(絶版)と紹介されていますが、「岩波現代文庫」にもなっています。こちらはまだ書店で入手可能です。

◎講演集のページから読む

丸山真男『日本の思想』(岩波新書)は毎朝30分と決めて、読み進めました。本書は4部構成になっており、第1部と第2部は相当難解でした。私の朝の修業は、こうした難解な本を1冊、歳時記を1日分、算数(現在は中学3年生のもの)問題を1問、と3点セットを組んでいます。

後から気がついたのですが、本書は第3部と第4部から読みはじめるべきでした。講演録のため、話し言葉で書かれているので、スラスラと読むことができます。同様の観点から、加藤周一との対談集『翻訳と日本の近代』(岩波新書)を先に読んでおくことをお薦めします。

『翻訳と日本の近代』は対談ですので、やはり読みやすいものです。2人の知識人の対話は、非常に奥深いものでした。簡単にレビューをさせていただきます。

明治までの日本の対外関係は、大きく見れば中国一辺倒でした。江戸時代の鎖国によって、必然的にそうなっていたわけです、その中国がアヘン戦争に負けます。あの大国が負けたことに、日本は「大変だ」と反応します。早急に近代国家を樹立しなければなりません。以下、2人のやりとりのさわりを引用させていただきます。

――加藤周一:それには徹底的な情報獲得が必要で、したがって、翻訳が必要だということになる。
――丸山真男:日本はラッキーだったのだという解釈は、国際政治をやっている人の間では常識ですけれどもね。東アジアに向かっての帝国主義が本格的になる直前に、世界はおたがい同士の戦争で忙しかった。(『翻訳と日本の近代』岩波新書P10)

だから、明治維新の直後、多数の留学生を西洋に送り、欧米視察の岩倉使節団をくり出すわけで、西洋モデルの近代化を推進するところまでいくのです。

丸山真男は戦後の日本の政治について、鋭いメスを入れてきた稀有な学者です。わかりやすい比喩を用いて、難解な思想を表現する名手でもあります。

冒頭では「国體」が、日本の思想におよぼした弊害が書かれています。得体のしれない「国體」が、国家や国民を牛耳っていました。権力の象徴であるそれが敗戦により消えた時、国民がすがるべき精神的な支柱も消失しました。

前記のとおり、前半は論文調で難解です。しかし第3章からはわかりやすくなります。たとえば、日本の思想や文化を「タコツボ型」と書きます。対極にヨーロッパの思想や文化を「ササラ型」としてすえます(『日本の思想』第3章)。タコツボ型は、孤立した蛸壺が並列になっている状態。ササラ型は、竹の先端を細かく割った状態をいいます。

ササラ型は共通の根をもって、そこからさまざまに分派していきます。ところが日本の思想や文化は、横展開できない構図になっているわけです。相互コミュニケーションの欠落は、日本の組織や企業において、いまだに大きな問題となっています。

第4章では、「である」の世界を「する」に変えなければならないと説いています。的確な解説がありますので、引用させていただきます。

――「近代社会のダイナミックス」は<である>論理や価値から<する>論理や価値への移動になるのに、日本では<分に安んじる><らしくする>といった<である>価値が幅をきかせている。現在存在するものに価値が置かれている(状態的思考、建て前思考)が、そうでなくて「私たちの生活と経験を通じて一定の法や制度の設立を要求しまたはそれらを改めていくという発想への転換を説いている。(海老坂武『名作が語る日本の現代史』講談社現代新書)P150)

◎丸山真男と『日本の思想』について

何人かの丸山真男論または『日本の思想』についてのコメントを紹介させていただきます。

――丸山は、デモクラシィの根底にエゴイズムをおくことを原理的に否定する。デモクラシィは、最終的に「一票」に還元される多数者原理にではなく、理性、すなわち心理を把握しそれに基づいて行動する知的エリートの指導のもとにおかれるとき、その本来の正常な働きをする、と主張する。(鷲田小弥太『日本を創った思想家たち』PHP新書P310)

柄谷行人は『日本の思想』について、「柄谷行人公式ウエブサイト」で次のような論文を書いています。このウエブサイトは検索機能もついており、非常に便利です。

――日本では、思想なんてものは現実をあとからお化粧するにすぎないという考えがつよくて、人間が思想によって生きるという伝統が乏しいですね。これはよくいわれることですが、宗教がないこと、ドグマがないことと関係している。(柄谷行人「丸山真男とアソシエーショニズム」公式Web2006より)

吉本隆明は丸山真男を相容れない、代表的な評論家です。しかし、丸山真男について次のように書いています。ちゃんとある意味で認めているのです。

――学者でもなく思想家でもない「奇異なる存在」という印象は、それ自体が、現在の思想的状況のなかで希少価値であり、遊泳性のしるしである。(吉本隆明『丸山真男論』ちくま学芸文庫)

姜尚中は著作のなかで、丸山真男を次のように評しています。

――丸山の場合、方法的懐疑にもとづく対象との距離感覚が保たれているのです。そしてまさしく、そのような距離感覚のゆえに、「自己内対話」が可能となり、「己に誠」であるような知的モラルが堅持されています。(姜尚中『青春読書ノート』朝日新書P145)

戦後を代表する日本の思想家の著作を、毎日少しずつ読み進めていただきたいと思います。
(山本藤光:2012.07.24初稿、2018.02.21改稿)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿