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椎名誠『哀愁の町に霧が降るのだ』(上下巻、小学館文庫)

2018-03-15 | 書評「し」の国内著者
椎名誠『哀愁の町に霧が降るのだ』(上下巻、小学館文庫)

東京・江戸川区小岩の中川放水路近くにあるアパート「克美荘」。家賃はべらぼうに安いが、昼でも太陽の光が入ることのない暗く汚い六畳の部屋で、四人の男たちの共同貧乏生活がはじまった―。アルバイトをしながら市ヶ谷の演劇学校に通う椎名誠、大学生の沢野ひとし、司法試験合格をめざし勉強中の木村晋介、親戚が経営する会社で働くサラリーマンのイサオ。椎名誠と個性豊かな仲間たちが繰り広げる、大酒と食欲と友情と恋の日々。悲しくもバカバカしく、けれどひたむきな青春の姿を描いた傑作長編が復刊!茂木健一郎さんによる特別寄稿エッセイも収録。(「BOOK」データベースより)

◎椎名誠の原点は「本の雑誌」

椎名誠を知ったのは、「本の雑誌」創刊号ででした。この雑誌は1976年に創刊されました。雑誌のタイトルもユニークですが、自由で明るい記事が満載されていました。

特に椎名誠の独特の文体に、ほれこんでしまいました。この文体はのちに、「昭和軽薄体」と呼ばれるようになります。

椎名誠は軽妙な文体を引っさげて、エッセイストとして「本の雑誌」に登場したのです。「本の雑誌」には、千葉高校の同級生だった、沢野ひとしや木村晋介らが参加しています。のちに沢野ひとしはイラストレーター、木村晋介は弁護士になります。
 
『哀愁の町に霧が降るのだ』(上下巻、小学館文庫)は高校を卒業したときに椎名誠が暮らした、江戸川区小岩のアパート「克美荘」が舞台です。椎名誠、沢野ひとし、木村晋介、イサオの4人が、6畳1間で共同生活をしていました。

ものがたりはそれぞれの夢を追い求めながら、青春を駆けぬける若者を描いたものです。一日中、陽もささないアパートの一室を拠点にして、愛に餓え、食に餓え、さらに職にも餓えて、もんもんとする4人。哀しくもおかしなものがたりは、椎名誠の原点でもあります。

『哀愁の町に霧が降るのだ』ではちょっとしかふれられていないのですが、椎名誠は東京写真大学中退後にストアーズ社という会社に勤めることになります。椎名誠はここで、「ストアーズ・レポート」という流通業界誌の編集をおこないます。そこに入社してきたのが、のちに「本の雑誌」をいっしょに立ち上げる目黒考二だったのです。

「本の雑誌」は、いまだに健在です。誕生のいきさつを紹介したいと思います。
 
――(本の雑誌は)創刊当初、「書評とブックガイド」と銘打っていたように、書評誌である。ブックガイド誌である。当時は「書評誌は売れない」というジンクスが業界にあり、しかも素人の本好き仲間が集まって始めた雑誌であるから、先行きが大いに危ぶまれたが、どういうわけか生き残り、現在にいたっている。(『特集・本の雑誌1』1995年角川文庫「あとがき」より)

「本の雑誌」の継続発行にあたり、椎名誠と目黒幸二はエロマンガの原作を書くなど、涙ぐましい努力を重ねています。椎名誠を語るとき、「本の雑誌」を取り巻くモロモロを説明しなければなりません。しかし長くなりますので、省略させていただきます。

◎『黄金時代』と『哀愁の町に霧が降るのだ』

椎名誠に『黄金時代』(文春文庫)という作品があります。4つの章から構成される『黄金時代』は、いずれも「文學界」に掲載されたものです。この小説は、椎名誠の代表作である『哀愁の町に霧が降るのだ』(初出1982年、情報センター出版局、全3冊。現小学館文庫上下巻)から喧嘩と恋の場面だけを切りとり、ふくらませたものといえます。
 
それほど『哀愁の町に霧が降るのだ』は、椎名誠にとって大切な作品なのです。『黄金時代』にどのように反映されているのかについて、ちょっと説明させていただきます。
 
『黄金時代』の「砂の章」は、主人公「おれ」の中学3年時代の話です。「おれ」は突然、角田という首領がひきいる番長グループのしごきを受けます。袋叩きにあった主人公は「喧嘩は怖しいものと思っていました。しかし拳の一発が当たった段階で、もう恐怖もなにもなくなりました。かえって煮えたぎる怒りの熱さが、妙に心地いいものだ、ということを知ります。そして復讐を決意します。

『哀愁の町に霧が降るのだ』では同じ場面が、中学2年になっています。
 
――中学二年の時に同じ学校のチンピラグループの副首領と決闘をした。勝負ははっきりつかなかった。そのためにチンピラグループ二十数人のめったうちにあった。(本文より)

『黄金時代』は、この場面から動きだします。復讐を誓った「おれ」は喧嘩の手ほどきを、「ゆうさん」というさえないやくざものから授かります。

つづく「風の章」は廃材を盗んで、「おれ」が自分の部屋をつくりはじめます。「草の章」では「おれ」が県立高校の土木科の助手になっています。宿直と夜間の巡回と、恋の話が展開されます。最後の「火の章」では「おれ」が写真大学へ入学します。アルバイトをしながら、新しい恋を追いかけます。アルバイトの箇所も『哀愁の町に霧が降るのだ』と同じです。

――0.5ミリ以上の真鍮の板ならいいのだが0.2ミリとか0.3ミリという薄いものになると、持ちあげる時にそいつがくにゃと曲がってしまうのである。そのまま手に持って歩くと、くにゃくにゃという振動が体にまで響いてきて、まずそのままあるいていくことはできない。(『哀愁の町に霧が降るのだ』より)

――たとえば50キロの重さでもあまりしならない厚板だと楽なのに、30キロで0.3ミリなどというと、重ねて包まれている板のすべてが歩くリズムでへなへなとしなり、とてつもなく歩きにくい。うっかりすると、その人間の動きとまったく別のリズムで動いてしまって、なれない人はバランスをくずしてひっくりかえってしまうこともある。(『黄金時代』より)

4つの章には、「おれ」の喧嘩と仲間や家族との別離が、ていねいに織りこまれています。時代は力道山の街頭テレビのころです。世の中には娯楽があまりありませんでした。玩具も手製のものが多く、子供たちの遊びも缶や縄や石ころが主体でした。

最近は「いじめ」という言葉があたりまえになっていますが、当時もそれに近いものはありました。しかし、今のような陰湿さは微塵もありませんでした。
 
椎名誠の作品は、いつもさわやかです。『哀愁の町に霧が降るのだ』を読んだら、ぜひ『黄金時代』も読んでもらいたいと思います。その間に約20年近い、歳月が流れています。しかし椎名誠の生きざまは変わっていません。ゆるぎない人生が色あせていないことを、実感できるはずです。
(山本藤光:2010.09.03初稿、2018.03.15改稿)

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