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コニー・ウィリス『クロストーク』(上下巻、ハヤカワ文庫)

2022-05-15 | 書評「ア行」の海外著者
コニー・ウィリス『クロストーク』(上下巻、ハヤカワ文庫)

画期的な脳外科的手術により、恋人同士が気持ちをダイレクトに伝え合うことが可能になった社会。ボーイフレンドとの愛を深めるため処置を受けたブリディは、とんでもない相手と接続してしまう!? コミュニケーションの未来をテーマにした超常恋愛サスペンス大作。(Amazon内容案内)

◎たぐいまれなる大傑作

最初に著者について、紹介しておきます。コニー・ウィリスは、1945年生まれのアメリカ合衆国の女性SF作家です。1980年代には短編小説の名手といわれていましたが、1990年代からは長編を手がけるようになりました。現在までにヒューゴー賞を11回、ネビュラ賞を7回、ローカス賞を11回受賞しています。(受賞数はWikipedia)

代表作として、『ドゥームズデイ・ブック』『犬は勘定に入れません』『航路』(いずれも上下巻、ハヤカワ文庫、大森望訳)があります。21世紀中盤のオックスフォード大学の歴史研究家たちのタイムトラベルを描いた小説『ドゥームズデイ・ブック』だけは完読できました。しかし他の2作品は、長すぎて頓挫しています。しかし今回紹介する『クロストーク』(上下巻、ハヤカワ文庫、大森望訳)は、たぐいまれなる大傑作でした。

また短編小説集としては、『混沌ホテル・ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス』(ハヤカワ文庫)がお勧めです。また「SFマガジン」2013年7月号では、コニー・ウィリス特集が組まれており、短編「エミリーの総て」「ナイルに死す」が掲載されています。

『クロストーク』はSFの手法を用い、時代を現代においた、ラブ・アンド・コメディであり、サスペンス小説でもあります。しかも読者の意表をつく、迫力満点の展開でした。この点について、訳者の大森望は、あとがきで次のように書いています。
――ラスト160ページはまさに怒濤の展開。最後は例によって、周到にはりめぐらしてきた伏線が一気に回収され、思いがけない結末へ向かう。

大森望が書いているとおり、コニー・ウィリスは伏線張りの名人です。本書の性格上、ストリーは詳細に書くことはできません。登場人物のセリフに耳を澄ませ、これは伏線かもしれないと注意深くページをくくってください。

若い人は知らないと思います。むかしの有線電話を使用中に、よく「混線している」と舌打ちをしたものです。このように、隣接の回線から話し声が漏れて聞こえることを「クロストーク」といいます。コニー・ウィリス『クロストーク』は、何とも懐かしい死語になった言葉をタイトルとしています。

主人公のブリディは、アップルやサムスンよりもずっと小さな携帯電話会社コムスパンに勤めています。彼女は三人姉妹の真ん中で、年齢は37歳くらい。姉のメアリ・クレアには9歳の利発な娘がいます。クレアは、病的なほど過保護で心配性です。妹のキャスリーンは、出会い系サイトで彼氏を物色中のあっけらかんとした性格です。さらにブリディには口やかましいウーナ伯母さんがいます。

これらのブリディの親族たちは、まるでサイドストーリーのように物語に出入りします。本書を読むにあたっては、これらの出入りを慎重にみきわめてください。彼女たちは、いくつもの伏線を抱えています。

本書について、北上次郎は興奮した筆致で次のように書いています。
――いやあ、素晴らしい。これほど愉しい小説を読むのは久々で、本が届いた日の夜から読み始め、ひたすら読み続けて翌日の夜に読了。ときどき食事などの休憩ははさんだけれど、一気読みとはこのことだ。(「本の雑誌」2019年3月号)

◎絵本作家のような平易な文章

ブリディは前途有望な、ハンサム男トレントと社内恋愛中です。そのことは社内では周知の事実で、プロポース以前に「EED」を受けるか否かが、同僚たちのもっぱらの関心事です。唐突に現れた「EED」という謎の単語に、冒頭から読者は混乱させられます。

そして第2章になって、ブリディの口から説明がなされます。
――EEDはテレパシーじゃない。パートナーの気持ちを感じとる能力を強化するだけ。(P42)

ずっと説明がなされなかった単語の正体は、やっとこの時点で明らかになります。しかしブリディの親族や社内一の変人C・B・シュウォーツまでが、EED施術に猛反対します。ブリディはトレントの強い希望もあり、EEDを受けざるをえません。この後の展開については、北上次郎の文章を紹介させていただきます。

――画期的な脳外科手術EEDを受けると、恋人や夫婦がたがいの気持ちをダイレクトに伝え合うことが可能になった未来が舞台。ヒロインは、携帯電話会社に勤務するブリディ。恋人のトレントとこの手術を受けるのだが、つながった相手は社内一の変人、C・B・シュウォーツ。つまり恋人以外のヘンな男とつながっちゃうのである──というところから始まる話で、ここからすごいぞ、怒濤の展開が始まっていく。(「本の雑誌」2019年3月号)

ここから先はネタ割れになるので、封印します。EEDを受けたあとの展開は、すさまじいものです。コニー・ウィリスはわかりやすいユーモアあふれる会話と比喩で、巧みに読者を誘導してくれます。私の読書は10冊併読主義ですが、今度ばかりはちょっとだけ掟やぶりをしてしまいました。

本書は文句なく、令和で読んだ本のナンバーワンと認定します。難解だと思い込んでいたコニー・ウィリスは、絵本作家のような平易な文章で、ゴールまで併走してくれます。活字から絵が浮かび上がります。作者の息づかいが聞こえてきます。すてきな作品と巡り会った喜びでいっぱいです。こんな気持ちを味わったのは、久しぶりのことです。

最後にほっこりとする情報をひとつ。本書ではコニー・ウィリス作品に初めてスマートフォンが登場します。私が途中で挫折した『航路』でのツールは、ポケベルでした。『クロストーク』では、ツールがずいぶんと進化したものです。

しかしスマホは、電話とテキストとショートメールしか活用されていません。その点について、訳者の大森望は次のように書いています。
――ウィリス自身、スマホを使いはじめたのは本書執筆中からだったそうで、まだ板につかない感じも若干ありますが、そのへんはほえましく見守ってください。(訳者あとがき)


山本藤光2022.05.15


220515:黒川博行『キャッツアイがころがった』発見

2022-05-15 | 妙に知(明日)の日記
220515:黒川博行『キャッツアイがころがった』発見
■キーウ共同のニュースを引用します。これは国家ぐるみの窃盗ですが、兵士たちも貴重品などを、盗みまくっています。戦闘に勝てないわけです。――大量の穀物を積んだロシアの商船が地中海沿岸の港で入港を拒否され、シリア北西部ラタキアの港に停泊していることが判明した。■黒川博行(くろかわ・ひろゆき)は、『アニーの冷たい朝』(創元推理文庫)を「山本藤光の文庫で読む500+α」で取り上げています。昨日書店で、ずっと読んでみたかった『キャッツアイがころがった』(角川文庫)を発見しました。本作は1986年のサントリーミステリー大賞を受賞しています。この2年前に同賞の寡作になったことがありますが、実質的にこれがデビュー作といえます。楽しみです。
山本藤光