北円堂を知らずして奈良の歴史は語れない
「阿房列車~内田百閒集成1(内田百閒著・ちくま文庫2002刊/小説新潮1951.1~1953,8連載初出)」を読んだ。内田百閒(うちだひゃっけん1889~1971)氏は、東大(独文科)在学中に、夏目漱石門下となる。陸軍士官学校/海軍機関学校/法政大学でドイツ語を教えた。岡山市の造り酒屋の一人息子で、小説家/随筆家。1967芸術院会員推薦を辞退、酒/琴/汽車/猫を愛した。--------
この本「阿房列車」の目次は次の通り。“特別阿房列車(東京/大阪)”、“区間阿房列車(国府津/御殿場線/沼津/由比/興津/静岡)”、“鹿児島阿房列車/前章(尾ノ道/呉線/広島/博多)”、“鹿児島阿房列車/後章(鹿児島/肥薩線/八代)”、“東北本線阿房列車(福島/盛岡/浅虫)”、“奥羽本線阿房列車/前章(青森/秋田)”、“奥羽本線阿房列車/後章(横手/横黒線/山形/仙山線/松島)”、“雪中新潟阿房列車(上野/新潟)”、“春光山陽特別阿房列車(東京/京都/博多/八代)”--------
この本「阿房列車」の裏表紙の内容紹介文は次の通り。何にも用事が無いけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。1950(昭和25)、百閒先生は旅に出た。道連れはヒマラヤ山系なる茫洋とした男。役に立つこと/為になることは一つもせず、借金まみれなのに一等車に乗り、妙に現実離れした旅はふわふわと続く。上質なユーモアに包まれた紀行文学の傑作。-------
内田百閒のこの本「阿房列車(あほうれっしゃ)」は鉄道ファンのバイブルのような本だったようで、時々新聞の下欄広告に登場していたことは知っていた。だが、書名が“あほうれっしゃ(阿呆列車/阿房列車)”であることや、鉄道紀行文であることも単なる読まず嫌いで知らなかった。この度読んでとても面白かったので、内田百閒(うちだひゃっけん)を内田百聞(うちだひゃくぶん)と間違えていたことも少しく反省した。