フィーゴ語録

Luis Figoのインタビュー、コメントを翻訳中

Il tocco magico do Figo

2007-08-31 | Weblog
フィーゴの魔法のタッチ



デイビット・ベッカムに別れを告げた後、ヨーロッパサッカー界はもう1人の偉大な主人公にさよならを言いかけた。:ルイス・フィーゴは実際、昨シーズン末にカタール(訳注:1)へ移籍するところだった。結局、取引は立ち消えになりポルトガル人は明確な目標を持ってFCインテル・ミラノに残留した。:彼がヨーロッパの大会の女王と定め、1965年以降ドゥリーニ通り(訳注:2)にもたらされたことの無いものを勝ち取るためにインテルを助ける。

“決意”
「僕らはずっと先まで進むために充分な素質を秘めている。とはいえ、勝つためには幸運も必要なことは確かだ。――フィーゴはUEFA.comに語った――僕らはこのクラブに何かとても大切なものを贈りたい、そしてUEFAチャンピオンズリーグはヨーロッパの全ての大会の中の女王であることは間違いない。それを勝ち取ることは常に難しい。なぜならたくさんの強豪チームがいる。僕らはただ辛抱強く働くことだけを考えなければならない。インテルのようなクラブは常に最も重要なタイトルを争うのにふさわしいからだ」

“愛情の表明”
UEFAチャンピオンズリーグの夢とインテルの人々の愛情が彼に残留することを納得させた。マッシモ・モラッテイは彼に個人的に旅行鞄を片付けることを要求した。さらに、全ての賞を手に入れてはいないことも彼を動かした。「フィーゴが残留したことは新たな獲得と同じことを意味する。――インテルの会長はコメントした――彼の穴を埋めるために新しい選手を2人入れなければならないところだった。しかし、私は皆の要求の声を伝えただけだ。サポーター、監督、チームメイト、全員が残留を望んでいた。私は彼のために素晴らしい将来を考えている。我々は我々の国際的な関係を増強したいと思っている。そして、フィーゴは偉大な男であり、著名で全てにおいて高く評価されている。この役割に申し分ないだろう。我々は既に話し合った。受け入れてくれることを期待しているよ」

“幸運”
2005年にフィーゴがインテルに移籍してくる以前、インテルが最後にスクデットを獲得したのは1989年のことだ。そして、ポルトガル代表として127試合に出場した34歳のMFのお陰で2連覇した。さらにイタリア杯やイタリアのスーパーカップまでも。この2年間でインテルの陳列棚はにぎやかになった。「僕が来る前のことは知らない。だから判断は出来ない。でも、僕は運が良かった、ここに来た喜び、そして すぐに勝利したこと。結果を出すために僕らがとても辛抱強く働いたことは事実だ。インテルのサポーターたちは何年も祝っていなかったし、僕らは彼らにこの喜びを与えられたことを誇りに思っている」

“勝利者の思考”
ロベルト・マンチーニのチームは昨シーズン 2位のASローマより22ポイント多い95ポイントを取って優勝した。この変化を説明するには 確かにフィーゴが唯一の要因ではないだろう。しかし、彼の格と彼の勝利者の思考がインテルに余裕をもたらしたことは間違いない。昨シーズン UEFAチャンピオンズリーグの8分の1決勝でバレンシアFCに敗北し燃え尽きた後の今、ヨーロッパでは改善が必要だ。「あれはひどい敗北だった。でも、全員が勝つことは出来ないんだ――バロンドールとFIFA年間最優秀選手賞の受賞者は説明する――チャンピオンズを獲得するのは非常に難しい。僕らは素晴らしい1年を過ごした。しかし、ヨーロッパで勝つためには充分ではなかった。確実に、僕らは再挑戦する。シーズン中ずっと辛抱強く働く」超一流選手の発言だ。

http://it.uefa.com/magazine/index.html

http://it.uefa.com/magazine/news/kind=4/newsid=577129.html

(2007/8/31付 Uefa.com:イタリア語版)

*訳者より:
Uefa.com サイト内の今週の“マガジン”のトップに載った記事です。

訳注:1
「カタールへ移籍」とありますが、フィーゴが移籍すると言われていたのは“サウジアラビア”のチームです。“カタール”ではありません。
訳注:2
「ドゥリーニ通り」(via Durini)=インテルの本拠地の所在地

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