Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

目黒区美術館「青山悟展」

2024年06月07日 | 美術
 目黒区美術館で開かれている「青山悟展」。会期末ぎりぎりになったが、出かけることができた。同展は副題に「刺繍少年フォーエバー」とある。副題のとおり、青山悟(1973‐)は古い工業用ミシンを使って刺繍作品を作る現代美術家だ。

 チラシ(↑)を見ると、美しい都会の夜明けが写っている。写真のように見えるが、じつは刺繍だ。「東京の朝」(2005)という作品。本展にも展示されている。実物を見ると、なるほど刺繍だ。それにしてもなんて精巧なのだろうと思う。

 おもしろいのは、クシャクシャになった上記のチラシが、刺繍で作られ、本展に展示されていることだ。思わず笑ってしまう。チラシとは本来、その役目を終えれば(=本展が終われば)、用がなくなるものだ。だが刺繍で作られたチラシは、本展が終わっても、作品として残るだろう。消えゆくものの記憶を留めるのだ。刺繍のチラシがクシャクシャなのは、用済みのチラシというアイロニーか。

 おまけに、けっさくなのは、チラシの他にチケットの半券も刺繍で作られ、本展に展示されていることだ。ヨレヨレの半券と、クシャクシャのチラシが、たばこの吸い殻(これも刺繍で作られている)と一緒に床に置かれた台の上に展示されている。路上に捨てられたチラシ、半券、たばこの吸い殻というイメージだろう。

 「About Painting」(2014‐15、2023‐24)という作品がある。古今東西の29点の名画を刺繍で再現したものだ。各々の作品には青山悟のコメントが付く。たとえばジョルジュ・スーラの名画「グランド・ジャット島の日曜日の午後」には、次のようなコメントが付く。「光が強ければ影も濃くなる。点描は労働のメタファーで描かれているのはブルジョワの腐敗。色調的にも内容的にも意外に暗い絵なことはあまり語られていない。刺繍の言語との親和性は高い。」

 コメントからは現代社会への批判的な見方がうかがえる。本展全体からも青山悟の、18世紀後半のイギリスに始まる産業革命以来、現在に至る資本主義の負の側面への眼差しが感じられる。上記のジョルジュ・スーラの作品へのコメントもその一環だし、それ以上に青山悟が制作の道具として使う古い工業用ミシン自体、手仕事を奪った工業用ミシンというアイロニカルな含意をもつ。

 環境問題をはじめ、資本主義の行き詰まりが社会のそこかしこで見られるようになった現在、青山悟は刺繍という思いがけない手段で一石を投じる。刺繍なので人間のぬくもりが感じられることは特筆すべきだ。
(2024.6.5.目黒区美術館)

(※)本展のHP

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