Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

冬の小鳥

2010年10月28日 | 映画
 岩波ホールで公開中の映画「冬の小鳥」。

 時は1975年、場所は韓国のソウル近郊。9歳の少女ジニが父親に連れられてカトリック系の児童養護施設を訪れる。父親はそのまま去る。事情がのみこめないジニは途方に暮れる。パパはすぐに迎えに来るはずと信じて疑わない。

 この映画は親に捨てられた少女の話だ。現実を受け入れられず、固く心を閉ざす少女の姿が痛々しい。監督は1966年ソウル生まれの女性監督ウニー・ルコント。彼女自身、親に捨てられて、9歳のときにフランスに渡ったそうだ。今では韓国語を忘れてしまって、本作の脚本はフランス語で書いたとのこと。

 プログラムにインタビューがのっていた。そのなかで強調していたのは、これが自分自身の体験ではなくフィクションだということだ。当時、感情的に体験したことを、今いかに伝えるかという観点で、実体験をフィクションに置き換えていったそうだ。

 施設のだれにたいしても――同僚の少女たちにも、シスターにも、寮母にも、院長にも――溶け込めないジニの体験を、フラッシュバックなどの手法をとらずに、ジニの目に映ったとおりに、その順番どおりに、映し出す。

 やがてジニにも親友ができる。ある日2人は、怪我をした小鳥をみつける。介抱する2人。怪我をした冬の小鳥はジニ自身でもある。

 その親友はアメリカ人夫妻の養子にもらわれていく。取り残されたジニ。ここからラストシーンまでは、映画的な密度が濃くなり、目が離せない。それまでのディテールがイメージ的に重なり、豊かな――しかし静かな――流れとなって進行する。私の心はヒリヒリ痛んだ。

 本作の日本語での題名は「冬の小鳥」だが、フランス語では「新たな人生」、韓国語では「旅人」となっている。どれも作品の本質をよく表している。

 私はもう少しで60歳になるが、今後とも予期せぬ別れや理不尽な喪失があるかもしれない。そういう人生がぼんやり見えているときに、人生とはなにかを、9歳の少女ジニに教えられた思いがする。

 ジニを演じたのはキム・セロン↑。韓国ではテレビ番組への出演や雑誌のモデルをしているそうだが、映画出演は初めて。監督がインタビューで語っているように、スクリーン上での存在感がすごい。たいへん可愛いが、それだけではなく、一個の人間として、表情にいわば「現実にたいする内面の葛藤」をたたえている。
(2010.10.26.岩波ホール)

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