Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

METライブビューイング「ハムレット」

2022年07月20日 | 音楽
 METライブビューイングでブレット・ディーンBrett Deanのオペラ「ハムレット」を観た。ブレット・ディーンは1961年オーストラリア生まれの作曲家・ヴィオラ奏者。1985年~1999年にはベルリン・フィルのヴィオラ奏者をつとめた。2000年に退団してフリーの作曲家になった。「ハムレット」は2017年にイギリスのグラインドボーン音楽祭で初演されたもの。

 冒頭、ほとんど無音の中に、ハムレットが「or not to be」と呟きながら登場する。その直後、荒れ狂ったような音楽が展開する。すさまじいテンションだ。それが延々と続く。正直、疲れる。だが、それがハムレットの胸中に吹きすさぶ嵐の表現だと気付いたとき、その音楽が受け入れられる。音楽はその後、徐々に変容する。

 本作品はシェイクスピアの原作を真正面からとらえたオペラだ。シェイクスピアの原作は、何度読んでも、ハムレットが何を苦しんでいるのか、よくわからない。その得体のしれない苦しみ、怒り、焦燥感、その他の諸々の感情の坩堝だ。白水社の「ハムレット」(小田島雄志訳)の解説で、村上淑郎氏がジョン・オズボーン(1929‐1994)の戯曲「怒りをこめてふり返れ」(新国立劇場が2017年7月に上演)を「ハムレット」からの流れの中でとらえている。たしかにあの苛立ちと過剰な言葉は「ハムレット」を思わせる。

 「ハムレット」のオペラ化の先行例は、わたしにはアンブロワズ・トマ(1811‐1896)の「アムレット(ハムレット)」しか思い浮かばない。舞台上演は観たことがないが、その作品では最後にハムレットは死なずに、デンマーク王になるらしい。ハッピーエンドだ。いまの感覚からいうと、呆れた改作だが、それは19世紀と21世紀のいまとのオペラ観のちがいだろう。

 ともかくブレット・ディーンのこのオペラは、シェイクスピアの原作に真正面から挑んだ初めての試みだろう。原作を2幕構成のオペラに要領よくまとめたマシュー・ジョスリンMatthew Jocelynの台本ともども、見事な成功例だと思う。

 ハムレットを歌ったのはテノールのアラン・クレイトンAllan Clayton。複雑極まるリズムと音程を歌いこなすとともに、法外なパワーとスタミナを要する役だ。絶賛に値する。オフィーリアはソプラノのブレンダ・レイBrenda Rae。狂乱の場での迫真の歌唱。興味深い点は、ローゼンクランツとギルデンスターンがカウンターテナーの役になっていることだ。二人は途中で死なずに、最後の剣術試合の場で死ぬように変更されている。もう一点、先王の亡霊と旅回り芸人の座長と墓堀人が掛け持ちになっている。その3役の取り合わせに味がある。指揮はニコラウス・カーター。若い指揮者だ。
(2022.7.19.109シネマズ二子玉川)
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