Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

2021年の音楽回顧

2021年12月28日 | 音楽
 2021年は2年連続でコロナに振り回された年だった。とくに東京オリンピックの前後の感染拡大はすさまじかった。その直後にサントリーホール・サマーフェスティバルへの出演のためにパリの演奏団体「アンサンブル・アンテルコンタンポラン」が来日したことは奇跡のように思われた。東京オリンピック開催のために導入されたバブル方式が、同団体にも適用されたようだ。

 わたしはその演奏会に連日通った。8月22日から27日までの6日間に7回の演奏会が開かれた。その7回で一年分の演奏会を聴いたような満足感があった。なかでも鮮明に思い出すのは、細川俊夫のオペラ「二人静~海から来た少女~」の演奏会形式上演と、同団体の音楽監督・指揮者のマティアス・ピンチャーの室内楽作品「光の諸相」の演奏だ。「二人静~海から来た少女~」の鮮やかな演奏は同団体の実力を示した。また「光の諸相」は、ピアノ・ソロ(第1部)、チェロ・ソロ(第2部)、チェロとピアノのデュオ(第3部)のそれぞれの音が大ホールの空間を満たし、孤高の音の存在感を感じさせた。

 通常の公演で印象深かったものは、ブロムシュテットが指揮したN響の10月定期だ。とくにAプロのニルセンの交響曲第5番とCプロの「ペール・ギュント」組曲第1番は、余分なものを削ぎ落した究極的で凄みのある演奏だった。

 音楽関係の図書では、岡田暁生の「音楽の危機」(中公新書)と沼野雄司の「現代音楽史」(同)という2冊の好著が刊行された。ともにコロナ危機のもとで必然的に生まれた著作だが、興味深いことに、執筆の動機が対照的だ。岡田暁生の「音楽の危機」は、コロナに閉じ込められた日々にあって、そこで考えたことを、生のままで書きとめたものだ。当然、「後から振り返ったとき、「事態を見誤っていた」との批判を受けるリスクは少なからずある」(同書「まえがき」より)が、そのリスクをとった果敢な著作だ。

 一方、沼野雄司の「現代音楽史」は、いつか書きたいと思っていたが、多忙のために書けなかったテーマ(現代音楽史)を、新型コロナのために予定がキャンセルされ、空白の期間が生まれたので、それを利用して書いたものだ。20世紀初頭から現代にかけての音楽の流れが見通しよく整理されている。加えて目から鱗が落ちるような指摘も随所にある。さらに激動の「1968年」の音楽への影響など、歴史的な評価がまだ定まっていない事象にも、積極的に踏み込んでいる。

 さて、今年はソプラノ歌手のグルベローヴァが亡くなった。わたしはグルベローヴァのおかげでベッリーニやドニゼッティなどのベルカント・オペラに開眼した。思いも一入だ。心からご冥福を祈る。死因などの詳しい情報は公表されていないようだ。カルロス・クライバーのケースが頭をよぎるが……。
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