パリの国立中世美術館(クリュニー美術館)所蔵のタピスリー「貴婦人と一角獣」が日本に来ると知ったのは、去年のいつ頃だったか。ともかく信じられなかった。あの作品が日本に来てしまったら、クリュニー美術館はどうするのだろう、それとも6点ある内の1点だけ来るのか(まさかそんなことは‥)とあれこれ考えた。
実情としては、クリュニー美術館が「貴婦人と一角獣」の展示室を改修するので、その期間を利用しての来日だった。なるほど、そんなことでもなければ、日本に来るわけがない(日本といわず、同美術館から離れるわけがない)と納得した。
昔話になるが、大学を出て働き始めた頃、全20巻の美術全集を購入した。毎月1巻ずつ配本されるのが楽しみだった。そのなかの1巻が「染織」で、その表紙に「貴婦人と一角獣」の1点が使われていた。でも、それがどこにあるかは考えなかった。パリにあると知ったのはずっと後のことだ。
パリに行く機会は何度かあったが、いつもルーブルやオルセーで手一杯になり、クリュニー美術館まではたどり着けなかった。なので、いつも気になっていた。宿題のようなものだった。
今回、初めてその現物を観て、なるほど、これはすばらしいと思った。オーラを放っている。1500年頃に制作されたので、500年も前の作品だが、時間の隔たりを感じさせなかった。現代に息づいていた。これはすごいことだ。
今まで迂闊にも6点全部同じ大きさだと思っていた。でも、実際には少しずつちがっていた。一番大きなもので縦377cm×横473cm、一番小さなもので縦369cm×横290cm、6点それぞれちがっていた。工業製品ではなく、職人の手仕事のゆえだろうか。
ちがっているのは、大きさだけではない。たとえば貴婦人に従う一角獣と獅子(ライオン)は、紋章の入った盾またはケープを付けているのが3点、付けていないのが3点。そこにはなにか意味があるのか。また、6点全部を通したストーリーはあるのか、等々。
ひょっとすると――と思った、大きさがちがうのは、それらを飾る部屋の関係か。一角獣が貴婦人の膝に前足を乗せている(盾もケープも付けていない)作品(「視覚」)は、ひじょうに親密そうなので、夫妻の居室用か。また、一角獣と獅子が後足で立ち上っている(紋章入りのケープを付けている)作品(「味覚」)は、いかにも誇らしげなので、応接室用か――。そういう想像も楽しかった。
(2013.5.9.国立新美術館)
実情としては、クリュニー美術館が「貴婦人と一角獣」の展示室を改修するので、その期間を利用しての来日だった。なるほど、そんなことでもなければ、日本に来るわけがない(日本といわず、同美術館から離れるわけがない)と納得した。
昔話になるが、大学を出て働き始めた頃、全20巻の美術全集を購入した。毎月1巻ずつ配本されるのが楽しみだった。そのなかの1巻が「染織」で、その表紙に「貴婦人と一角獣」の1点が使われていた。でも、それがどこにあるかは考えなかった。パリにあると知ったのはずっと後のことだ。
パリに行く機会は何度かあったが、いつもルーブルやオルセーで手一杯になり、クリュニー美術館まではたどり着けなかった。なので、いつも気になっていた。宿題のようなものだった。
今回、初めてその現物を観て、なるほど、これはすばらしいと思った。オーラを放っている。1500年頃に制作されたので、500年も前の作品だが、時間の隔たりを感じさせなかった。現代に息づいていた。これはすごいことだ。
今まで迂闊にも6点全部同じ大きさだと思っていた。でも、実際には少しずつちがっていた。一番大きなもので縦377cm×横473cm、一番小さなもので縦369cm×横290cm、6点それぞれちがっていた。工業製品ではなく、職人の手仕事のゆえだろうか。
ちがっているのは、大きさだけではない。たとえば貴婦人に従う一角獣と獅子(ライオン)は、紋章の入った盾またはケープを付けているのが3点、付けていないのが3点。そこにはなにか意味があるのか。また、6点全部を通したストーリーはあるのか、等々。
ひょっとすると――と思った、大きさがちがうのは、それらを飾る部屋の関係か。一角獣が貴婦人の膝に前足を乗せている(盾もケープも付けていない)作品(「視覚」)は、ひじょうに親密そうなので、夫妻の居室用か。また、一角獣と獅子が後足で立ち上っている(紋章入りのケープを付けている)作品(「味覚」)は、いかにも誇らしげなので、応接室用か――。そういう想像も楽しかった。
(2013.5.9.国立新美術館)