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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第四話 どうすんだよぉ…。)

2006-05-11 17:27:12 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 TV・A社の『アドベンチャー・ワールド』は撮影時に思いがけない不幸なトラブルがいくつかあったにせよ…無事…放送も終わり西沢も内心ほっとしていた。
 やっぱりこういう仕事には向かない…とつくづく思った。
金井の話ではわりと好評だということだが…こちらがほとんど素人だから気を使ってくれているんだろう。
こんなレポートまったくのご愛嬌で、見る人が見れば襤褸が出るに決まっている。

 「う~ん…やっぱり紫苑は格好いい。 」 

 西沢の部屋で録画したDVDを見ながら英武は満足そうに言った。
このところまったく発作を起こさなくなったので自分でも気が楽になったらしく、陽気な性格にますます磨きがかかっている。
 怜雄も英武を抑えなくていいので始終気を張っている必要がなく、その性格のままにのんびりと落ち着いていられるようになった。

 西沢にしても長い間の悪夢から開放されて、何を警戒することもなく義理の兄弟たちと一緒に過ごせることが嬉しかった。

 「ねえ…超古代って何…? 原人とか恐竜とかの時代のこと…? 」

ふいにノエルが隣に座っている西沢を見上げて訊ねた。
 
 「いや…そういうんじゃなくて…簡単に言うと…歴史としては残っていない一万数千年以上も前の時代の文明のことだ…。
 例えば…アトランティス大陸とかムー大陸で栄えた文明のことを言うんだ。
他にもレムリア大陸とかパシフィス大陸なんていうのもある…。 」

西沢はそんなふうに答えた。

 えぇ…どこよ…それ…? そんなの教科書に載ってたっけ…? 
アメリカだろ…ユーラシアだろ…アフリカだろ…オーストラリアだろ…えっと南極…うっそ~大陸って五個しかないんじゃなかったけ…?
覚え間違いかなぁ…地理…苦手だったからなぁ…ノエルは首を傾げて眉を顰めた。

 「あはは…正解だ…。 教科書にはのってないぜ…ノエル。 単なる伝説だ…。
もしかしたら昔あったかも知れないって大陸の話だ。 
結構…有名な話なんだぜ…しっかり勉強しなよ…本屋さん。 」

 滝川が声をあげて笑った。
歴史も地理も興味ないもん…恐竜なら好きだけどさ…とノエルは口を尖らせた。

 「特に知られているのはアトランティスとムーだな…小説や映画なんかでも昔からよく使われる素材だ。
 高度な文明を誇っていたらしいんだが…このふたつは同時期に大地震とか大洪水で一夜にして海に沈んだと言われている。 
 証拠となるもののあまり存在しないこの手の文明は…ただの創作ではないかとも考えられている。 」

怜雄がやや真面目な面持ちで言った。

 「紫苑…この海底遺跡も沈んだ大陸と関係あるの…?  」

真剣に画面に映る巨石を見ていた亮が西沢を振り返った。

 「分からないんだよ…。 この巨石群は…まだ遺跡とは正式には認められていないし、海が作った自然の造形物だと言う人もいてね。

 きちんと測って切り取ったような形の石もあって…これが自然にできたとするとすげえなって逆に思っちゃったね。
ほんと…切り口見るとスコンッて感じだもん…切れたんだか割れたんだか知らないけどさ…。

 それと…与那国にはアトランティスやムーが沈んだのと同じような天変地異の伝説が残っているんだそうだ…。 」

 そうなんだぁ…でも天変地異が原因ってのは…なにかが滅びる時にはよくある話かもね…。
そう言って亮はまた画面に集中した。

 「超古代ってんじゃなくても滅んじゃった国とか居なくなっちゃった民族とかの作った文明って…未だに分からない部分があるよね。
 オルメカとかマヤとかさ…まだ何世紀って時代の話で…エジプトだのメソポタミアだのに比べたら比較的新しいのにそれでも解明されてないことがあるんだ。
インカ帝国なんかもそうだよね。」

 英武が思い出したように言った。 
ましてや…一万年以上も前なんて…何も分からなくて当たり前かもね。

 「分からんと言えば…この春は奈良方面へ撮影に出かけてたんだけど…明日香村には変わった巨石がいくつもある。
 作られた年代は七世紀くらいだと言われているものもあるけれど…何時誰が何のために作った分からない…ってのもあるんだ。
ひょっとしたらそういうのはとんでもなく古かったりしてな…。 」

 そうだな…と滝川の言葉にみんな頷いた。
全部同時代に作ったとは限らんし…。

 「日本人は…まあ…メディアが海外の有名な観光スポットである遺跡に眼を向けていることもあって国内の遺跡には疎いところがある。
 エジプトのスフィンクスやピラミッドは知っていても、国内のあちこちにに超古代の巨石群があるなんてことは知らない人が多い。
まあ…海外のものに比べればちょっとスケールは小さめだが…。 」

 怜雄がチラッと画面に眼をやった。
テレビ画面の中の紫苑が石の絶壁を見上げながら驚嘆の声をあげていた。

 「紫苑の見てきた巨石群が本当に遺跡なら…今までの日本の巨石群をはるかに上回るスケールだってことも言えるだろうな。
 ムー大陸は太平洋に沈んだって話だからこの巨石群に期待する人も居るだろう。もしも何か証拠になる品の一個でも出ればこれは伝説を事実だと証明できる凄いことになるわけよ。 」

巨石群の背景にある壮大な物語を想像してか怜雄は楽しげに笑みを浮かべた。

 「沈んだ大陸の人たちは全部死んじゃったのかな…。 
大陸って言うからには相当でっかいわけでしょ? 沈む前に逃げた人…居なかったのかな…? 」

ノエルが不思議そうに訊いた。

 「そうだね…長い年月のことだから記録が残る云々は別としても…それだけ繁栄していた民族なら航海もできたろうし…貿易商や船乗りなんかは他の大陸や海へ出ていて生き残った者も居たんじゃないかと思うけどね。 」

西沢がそう答えると滝川はさも可笑しそうにくっくっと笑った。

 「だからね…伝説だってば…。 何処の国にでもあるユートピア願望だよ…。 
伝わってる話はみんな別の国の人間が残したものなんだ。
 私がそのひとりですなんて話は…まったく存在しないんだぜ。
昔々あるところに…ってのばっかりだよ…。 」

 Boo~! 夢が無いね~恭介~。 
西沢兄弟から非難の声があがって滝川は…なんで~?…と周りを見回した。

 「理屈じゃないの…。 そこにそういう大陸があったかも知れない…って想像するだけでわくわくしてくるの…。 そういうもんなのよ~! 」

 英武が胸を押さえながら言った。
やめろ…可愛くねぇ…。

 「ねえ…紫苑…選別ということは考えられないかな…? 」

 亮がぽつりと呟いた。
選別…? みんなの目が一斉に亮に向けられた。

 「それは…ある時点で人間の選別が行われたということ? 」

西沢がそう訊くと亮はうん…と頷いた。

 「ノアの箱舟伝説があるだろ…。 ソドムとゴモラの滅びた話とかさ…。
洪水やそういった天災による人類の滅びの伝説ってあちらこちらの国に残っているんだって…天罰喰らったってことで…。

 例えば大陸があったかどうかは分からないけれど…そういった繁栄した国々があったとして…だよ。
 何かの理由で神さまみたいな大きな力を持った者が一旦そこにいた人間を国もろともすっきり片付けちゃって…他の人間を置く。

 歴史は繋がってないから…伝説だけが残る…。 そういうことって考えられないかなぁ…。 」

 みんなの唇からなんとも言えない唸り声が漏れた。
亮はじっと西沢を見た。

 「あるかも…知れないね…あのエナジーたちほどの力を以ってすれば…ね。
他の国へと逃げ延びた者たちが少しはあって技術や文化だけは多少なり伝えたとしても…もし何かの罪によって滅ぼされたと仮定すれば…自分たちが何者かということは伏せておくかも知れないしね…。 」

 西沢は自分の考えをまとめるかのように頷きながらそう答えた。
否定されなかったので…亮はちょっと嬉しそうな顔をした。

 人類はかつて一度滅びたという説を唱える人が居る。今居る人間たちはその後で新しく発生したものだという。
 もし…亮の推測通りにかつて人間の選別が行われていたとしたなら…その理由は何だったのだろう…と西沢は思った。



 駅の改札を出て亮とふたり谷川書店へ向かうノエルの背中の方で悦子の呼びかける声が聞こえた。
 振り向くと悦子が同じ年くらいの女の子と一緒にノエルたちの後を追っかけてきていた。

 「ノエル…美咲ちゃん連れてきたよ…。 」

 悦子のすぐ後ろにあの頃より大人びてずっと綺麗になった美咲が立っていた。
先に行ってるから…と言う亮の腕を掴んで引き止めた。

 やあ…とノエルは硬い表情のまま声をかけた。
久しぶり…と美咲は答えた。

 「元気だった? 身体…大丈夫なの? 怪我の痕とか…? 」

 不安げな眼をして美咲が訊ねた。
うん…とノエルは頷いた。

 「もう…完璧…心配ないから…。 」

 そうなんだ…よかった…ずっと気になってたんだ…。
美咲は嬉しそうに微笑んだ。

 「バイト…あるから…さ。 」

ノエルはそう言って背を向けようとした。

 「ノエル…また…会えない? 私…まだ…わけ聞いてないよ…。 」

美咲が言うと…ノエルは俯いた。

 「事故の後…気分的に冷めちゃっただけ…。 他にわけなんてない…。
もう…四年も前のことだろ…忘れろよ…。 」

ごめんよ…嘘だよ…。 胸の奥で呟いた。

 「いい人居るんだろ…? 今更…俺となんか会わない方がいいぜ…。 」

どうしたって言えないんだよ…おまえには…。 胸が痛んだ。

 「居ないよ…そんな男…。 別れるなんて…私まだ…返事してないもん。 」

 嘘だろ…四年だぜ…。 涙がこぼれそうなのを見られたくなかった。
亮が悦子に眼で合図してノエルの肩を抱いた。

 「あのさぁ…美咲ちゃん…。 あのでかいの…亮が今のノエルのカレなのね…。
ノエルさぁ…実は両刀なわけ…。 
あなたのこと好きだからさ…ノエル…そのこと言いたくなかったんだよ…。 」

 悦子が適当にいい加減なホローをした。 
ちょっと待て…なんだそりゃ…とノエルは胸の中で思ったが、取り敢えず涙はぶっ飛んだのでほっとした。 

美咲の眼が点になって硬直した。

 「事故の…後遺症…だね。 頭打ったんだ…きっと…。
だって…ノエル…私の他にもいっぱい女の子に声かけて遊びまわってたのに…。」

 そうなんだよね…思えば…悩み無きいい時代でした…。
小さく溜息をつきながらノエルは亮に身を寄せた。 

 「ノエル…分かった。 私…決心した…。 
その彼のこと認めてあげるから…他に男ならいっぱい作ってもいいから…。
時々会いにくるね…! 」

 おい…って…そういう話じゃねぇってぇの!
どうすんだよぉ…この状況…。 
別の意味で泣けてきた。

 思いがけない美咲の反応に…どうにも気持ちの収拾のつかないまま…ノエルは亮に手を引かれてバイトに向かった。
 




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続・現世太極伝(第三話 今だけは…。)

2006-05-09 18:13:13 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 アイスクリーム専門店の奥の座席でノエルは今…チョコミントとキャラメルのダブルを前に自分の舌と格闘している最中だった。
 悦子のお勧めのキャラメルはノエルが思っていたより甘過ぎて、酸味のあるカシスにでもすればよかったと少々後悔していた。

 「悦ちゃん…アイス好きだね…。 千春はケーキばっかりだけど…。 」

 甘いキャラメルを難なく胃袋に収める悦子を眺めながら、ノエルは妹のことを思い浮かべた。
 今頃…英武とケーキ屋さんでデート中かな…。
英武は結構甘党だから…千春のケーキ屋巡りにもついていけるだろうけど…。

 ノエルはチョコミントの方を先に片付けることにした。
こちらは前にも食べたことがあって、ビターチョコが効いているので、すんなり食べることができた。

 この春…短大を卒業するはずだった悦子は他所へ就職じゃなくて家業を継ぐことになったからと、さらに二年延長して四年制の方へ編入した。
 喫茶ブランカは悦子の叔父さんが経営している店だが、悦子の家も喫茶店で駅からはちょっと離れた場所にある。
 ブランカで店長修行しながら、大学を卒業したら今度は親の店で働くことに決めたらしい。

 「そう言えばね…今度編入した四年制の学部の方にノエルの知り合いだって女の子が居るのよ。
同じ高校卒で…香田美咲って子覚えてる? 」

美咲…という名前を耳にしてノエルの胸がちくりと痛んだ。

 「覚えてる…高1の時同じクラスだった…。 」

何でもないふうを装ってノエルは笑顔を見せた。

 「そうなんだ…。 ノエル元気なの…って心配そうに何度も訊いてきたんだよ。
すごくノエルに会いたそうだった。 」

今さら…会っても仕方ないのに…とノエルは思った。

 「高1の終わりに僕が事故に遭ったからだよ…きっと…。
通学途中に衝突でバスがひっくりかえっちゃってさ…あっちこっちひどく打ったり切ったりしたんで入院して精密検査を受けたんだ。
2年からはクラスが変わっちゃったんであんまり話もしてないから…。 」

 そんな怖いことあったんだ…災難だね…悦子は気の毒そうに言った。
今度さぁ…彼女…連れてきてあげるね…。
きっと安心するよ…ノエルこんなに元気になってるんだから…。

 連れてこなくてもいいよ…とは言えなかった。
悦子はノエルの身体のことを知っていて、どうかするとノエルを同性の友達のように見ているようなところがある。
 勿論…ちゃんと男なんだって宣言はしたんだけど…本当に理解してくれているんだかどうなんだか…。

 ほのかに恋心抱いていたノエルは最初は泣きたいくらい大ショックだった。
今や開き直ってお友だちの立場に甘んじているけれど…。

 会いたくないって言えば…理由を話さなきゃならない。
美咲は…事故の後…こっちから一方的に別れちゃった彼女なんだって…。
 付き合い方はどうあれ…せっかく仲良くしてくれている悦子に、僕は男だって駄目押しするようで何だか気が引けた。



 ここ数日急ぎの仕事でスタジオに籠もっていた滝川は出来上がった作品の中から今朝方ようようこれというものを幾つか選び出し依頼主に引き渡した。
 証明写真の撮影だの普通の写真の現像だのデジカメメモリの出力だのそういった日常の細かい仕事を若いスタッフに任せて、昼過ぎになって西沢のマンションへ戻ってきた。
重いバッグの他にスタジオの近くの小料理屋が出している弁当をぶら下げて…。
 玄関の扉の前でひとつ大きな欠伸をし、長時間の仕事で凝り固まった首を曲げ延ばししながら…紫苑が家に居るといいけど…などと思いつつ鍵を開けた。

 西沢の気配はするものの…家の中はひっそりと静まり返っていて…どこかまた具合でも悪いのではないかと少しばかり不安になった。
 西沢は体調が悪くても滅多に顔に出さないから、こちらが気付いた時にはひどくなっていることが間々あって、治療師としては困りもんの患者だった。
 
 寝室の扉から覗くとベッドの縁に座ったまま仰向けに押し倒されたような姿で西沢がまどろんでいる。
 温かな陽の光が紫苑のすぐ傍まで射し込んでいて…彼が今の今まで何をしていたのかを物語っている…。

 また…か…。  
 
 滝川は意識を集中させて太極がまだそこに居るのかどうか…気配を確認した。
太極がまだそこに居れば…西沢の邪魔をすることになる。
西沢の気配以外そこには何も感じられなかった。

 誰も居ないと分かると滝川は安心したように西沢に近付いた。
ただいま…紫苑…と声をかけた。

 西沢はぼんやりと薄目を開けて滝川を見た。
滝川が愛して止まない西沢の喉のラインが目を惹く…。

 「う~ん…ちょっとそのままでいて…。 
その砂丘の稜線のような…なだらかなラインがたまんねぇ…。 」

 あほか…と西沢が呟いた。
どうせ感じるなら美女のラインに感じとけ…。

もち…美女のラインは大歓迎だが…おまえもなかなかだよ…紫苑…。

 あのなぁ…いい加減に忘れてくれ…。
僕は何時までもおまえの初恋の美少女じゃないの…。

 相変わらずの遣り取りが繰り返される…。
考えようによっては輝へのプロポーズよりもっと挨拶に近いかも知れない…。

 う~んと背伸びをして西沢は起き上がり…十何年経っても変わらない初恋ボケの親友をからかうようにキスをしてキッチンの方へと出て行った。
ふうっと息をついてから滝川は西沢の後を追った。

 「おっ…美味そうじゃない…これ…。 」

滝川が買ってきた弁当の折りを覗くと西沢は嬉しそうに言った。

 「だろ…。 おまえが喜ぶと思ったからさぁ…。 」

 滝川は満足そうに笑った。
紫苑の喜ぶ顔が見たい…それは小学生の時からずっと変わらない滝川の想いだ。
 付き合い始めてからは十何年だけど…出会ってからはそれこそ二十年…。
きっと…これから先も…どれくらい時を経ても…その想いは変わらないだろう…。

 「…訊かないのかよ…。 恭介…。 」

 不意に西沢が訊ねた。
何を…? 滝川は怪訝そうに訊き返した。

 「太極と何を話してたんだ…ってさ。 」

ああ…そのことか…。 滝川はふっと笑った。

 「話す気があれば…自分から話すさ…おまえは…。 
こちらから訊かなくてもな…。 」

そりゃそうだ…と西沢は納得した。

 「このところ…太極の内部に何か異変は生じてないかと訊いてみたんだ…。
けど…太極にはまだ…何も把握できていないらしい…。
 何しろ太極はでかすぎて細かいところまでは簡単には気が回らない…。
僕等が自分の細胞のひとつひとつの動きを感知できないのと同じでね…。 」

 細胞か…そいつは確かに分かんねぇな…。
自分の手をまじまじと見ながら滝川はそう思った。

 「紫苑…他のエナジーたちとは話はできないのか?
やつらなら太極よりはぐんとスケールが小さくなるだろうし…人間にも直接関わっているだろう? 」

それは…そうなんだけど…と西沢は少しばかり残念そうな顔をした。

 ノエルの産んだ生命エナジーが西沢の生命エナジーの基盤となってから、太極はノエルを媒介にすることなく直接西沢と対話するようになった。
 もともと気…エナジーたちは音声というよりは能力者の心…脳とも言えるかも知れないが…に直接語りかけてくる。
 太極の場合、あまりにそのスケールが大き過ぎるせいか、直接だと普通の能力者にはその言葉…信号を捉え難い。
 何が効力を発揮したのかは謎だが…復活してからの西沢には太極の言葉が分かるようになっていた。

 「太極も同じだけど向こうから現れない限り…僕の方からはそう簡単にコンタクトが取れないんだ…。
 でも…僕のことはちゃんと見張ってるだろうから…こっちが会いたいと思っていれば…そのうち現れるだろうけれど…。 」

 西沢の身体から容赦なく生命エナジーを抜き取ったあの五行の気たちは、普段は鳴りを潜めているが…時折近くに気配を感じることがある。
 勿論この世界のありとあらゆる場所に存在しているわけだから何処にでも居るといえば居るのだが…西沢が気配を感じる時はおそらく…気たちが西沢に意識を向けている時なのだろう。
そういう機会があれば呼びかけてみるけどね…と西沢は言った。 



 目の前のサンドビーズの海…。
お気に入りのその場所でノエルが他愛もない遊びに興じている…。
それを見つめながら…亮はしばらく前の夜を思い出していた…。

 二年ぶりかそれ以上か…久しぶりに顔を合わせたその時が…お別れだった。
俺と母さんが離婚しても母さんと亮の縁は切れないんだぞ…と有が言っていたが…亮にはそうは思えなかった。
 
そんなもん…とっくに切れてるさ…。

 母が出て行ったのは亮が中学に入学してすぐだった。
ほとんど有が家に帰ってこないのを知りながら…それでもこの家にひとり…亮を置いて行った。
 最初の頃は…週に一度か二度夕食を作りに来てくれたが…それもだんだんに減っていって…この頃では顔も忘れるくらい…。

 何年も何年も…亮は有から金だけを与えられてひとりで生きてきた。
兄…紫苑が手を差し伸べてくれるまで…誰かが自分を愛してくれてるなんて思ったこともなかった。
 紫苑が命懸けで弟である自分への愛情を示してくれなかったら…ひょっとしたら人間なんて誰も本気で信用できなくなっていたかもしれない…。

 紫苑とノエルのお蔭で…月一程度には顔を合わせ、金の面倒だけは欠かさず看ていた有との関係だけはどうやら少しは修復できつつあったけれど…置き去りにした母への想いは複雑だった。

 他人…と思うことでさっぱり縁を切った方が…気持ち的には楽なんだろう。
それよりか…最初から居なかったと思えば…胸に渦巻くものもなくなる。

切れてるさ…そんなもん…亮はもう一度…心の中で呟いた。

 目の前のサンドビーズのクッションの海…沈んでいくノエルの身体をそっと抱き寄せた。

 「どうしたの…? 」

ノエルが心配そうに見つめる。 

今だけ…女の子で居てくれる…? 

 亮に訊かれて…少しだけ躊躇ったノエルはそれでも優しく微笑んで頷いた。
いいよ…。 
 亮が…元気になるなら…。 
泣かないで済むのなら…。

サンドビーズの海の中に…ふたりの身体が沈んでいった…。






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続・現世太極伝(第二話 忍び寄る不安)

2006-05-07 18:27:24 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 それを思い出したのはひと月ほど経って金井と偶然…再会した時だった。
お互い急ぎの用事ではなかったので昼飯でも…ということになったのだが、思い出話のついでに金井から妙な話を聞いた。

 磯見の事故を始めとして他の遺跡の撮影でも嫌な事件が相次いだと言う。
撮影クルーも別だし、事故にあった人の国籍も人種も様々だが、岩が崩れたり、波に攫われたり、崖から落ちたりで、入院するほどの怪我をした者も居たらしい。
さすがに不安になったスタッフは全員で御祓いを受けたとか…。
 
 「それがね…みんな何かに引き寄せられるように現場に近付いて行くんだよ。
何を見たんだって訊いても全然覚えてないんだけどね…。 」

 不思議な話さ…と金井は言った。
ふ~ん何だか怖いねぇ…と西沢は何も知らない振りをして相槌を打ったが、あの時…玲人と感じ取った何かの気配は気のせいではなかったのだと確信した。

 そのうち…また何かで一緒に仕事ができたらいいな…と金井は言ったが、それほど頻繁にTVに登場するわけでもない西沢とは…なかなかそういうチャンスは巡ってこないだろう。
近いうちに飲みにでも行こうぜ…などとお互いに口約束して別れた。



 寝室の窓から月明かりが射している。
西沢の帰りをずっと待っていたのか…ノエルがお気に入りの籐のソファの上で猫のように丸くなって居眠りをしていた。
花冷えする季節なのに何も掛けていない。

 風邪引くぞ…ノエル…。
今夜は晩くなるって言っておいたのに…亮の所へ行かなかったのか…。
よっこらせ…西沢は小柄なノエルの身体を抱き上げてベッドへ寝かせてやった。

 西沢がシャワーを浴びて戻ってくると…眠そうに眼を擦りながら身体を半分起こして…紫苑さん…お帰りなさい…と声をかけた。
 
 「亮んち…今夜はお母さんが来てるから…邪魔になると思って…。 
お父さんと正式に…離婚するらしい…。 亮がそう言ってたんだ…。 」

 西沢にとってもそれは…少なからず胸の痛む話だった。
亮の母親…西沢にとっては義理の母にあたる女性には一度も会ったことはない。
 けれど…実父…木之内有とこの女性とが上手くいかなかったのは自分のせいだと心秘かに思っていた。

 生まれてすぐに養子に出された西沢に何の責任があるわけでもなかろうが…自分の存在が有の心に影を落として良好な家族関係を築けなかったのではないかと…そんなふうに考えていた。

 別にそんなことを四六時中気にかけているわけではないが…離婚なんて言葉を聞かされると何となく心に引っ掛かるものがあってどうにも寝つきが悪い…。

 「紫苑さん…結婚しないの? 輝さんと何年も付き合ってるんでしょ? 」

不意にノエルにそう訊かれて西沢はふふんと自嘲気味に笑った。   

 「何度申し込んでも…いつも答えは同じだ…。 輝はこの部屋が…西沢の家が…嫌いだから…ね。 
 今じゃ…プロポーズもただの挨拶みたいなもんさ。 まあ…輝とは…ずっとこんなもんだろうね。 
子供も…あんまり…乗り気じゃないみたいだしさ…。 」

焼きもちだけは…焼くけどな…。

 「可哀想だね…紫苑さん…。 子供好きなのにね…。 
この辺りの幼稚園のお母さんたちとも仲良しでさ…よくイベントに招かれたりしてるじゃない…。 」

 西沢はこの辺りの幼児の間では公園のお絵かき先生で通っている。
公園で写生をしている時などに、近くで遊んでいる子供の絵を描いて気軽にお母さんたちにあげたりしているからだ。

 勿論…お母さんたちは西沢の仕事を知っている。 
イラストレーターとしてもエッセイストとしても結構有名なんだけどぉ…なんと言っても西沢紫苑はもとモデルさんだからねぇ…というわけで見た目ファンも多く、子供会や幼稚園のイベントなんかに借り出されたりしている。

 近所で人気の洋食屋のランチタイムには時々お母さんたちに混じっている西沢の姿があるとかないとか…。

 「ははは…まあね。 お母さんたちが気軽に声かけてくれるんで…たまに…。 
時間に余裕のある時にしか…お付き合いできないけどね…。 」

 お母さんたちを見ながら…西沢は何を思っているんだろう…。 
自殺の道連れに幼い西沢を殺そうとした実母のことか…着せ替え人形のように女装させ続けた養母のことか…。

 「ま…僕はいい加減な男だから…お父さんには向かないかもな…。
輝はそのことよく分かってて子どもは要らないって言うんだろ…きっと。 」

西沢は少しだけ寂しげに笑った。

 「産んであげようかなぁ…。 」

 ノエルが真面目な顔をしてそう呟いた。
えぇ…ノエルが…? 西沢が可笑しそうに聞き返した。

 「それは…ちょっと無理かな…。 ノエルの身体では…器官が幼すぎて赤ちゃんまでは産めないだろう…。 
 ノエルは僕の命を助けるためにつらい思いをして生命エナジーを産んでくれたんだから…それで十分だ。
感謝しているんだよ…。 」

 インターセクシャルであるノエルには確かに女性の器官は存在するが、それはまだ赤ん坊のような段階で、完成度が高いのは男性としての器官の方だ。  
 生まれた時から男性であることには違和感なく、周りも自分も男性だと信じて育ってきているから、女性と見られることには抵抗がある。

 それなのに…何故か西沢に対してだけは両方の意識を向けてくる。
本人はまったく意識してはいないが…時折かなり女性的な行動も見せたりする。
 大好きな親友である亮には女性扱いされたくないのに、西沢には平気で甘えたりもする…女性というよりは子どもに近いのだが…。

 「でも…もし…できちゃったら? 紫苑さん…赤ちゃん欲しい? 」

 西沢は苦笑した。
あんまり真剣な顔で訊くのでからかってみたくなった。

 「そうだね…でも…ノエル…?
そうなったらきみは…お父さんじゃなくてお母さんになっちゃうんだよ…。

 それに…僕の奥さんってことになって…世間からも女性扱いされるよ。
そればかりか…女の子とは恋愛も結婚もできなくなるんだぜ…。

それってノエルにとってすっごく困ることなんじゃないの…? 」

 ノエルはうんうんと頷いた。
ちょっと困るかも…。 

 有り得ないことだけど…100%だめってわけじゃない…人間の身体は時々信じられないような奇跡を起こすから…。

 以前…西沢はノエルにそんなことを言った。
ノエルが西沢の命を救うために、その胎内で亮の生命エナジーと自分の生命エナジーを融合させ、新しい生命エナジーを生み出したのだって十分奇跡だ。

 「ノエルの気持ちは有り難いけど…子供は玩具じゃないんだから…あなたが欲しいなら産んであげます…なんて考えは持たない方がいい。
ノエル自身が心から望んで産むのでなければ…子供が可哀想だろ…。 

輝だって同じだ…輝自身が望むのでなければ…。 」

 西沢の唇が少し震えた…それ以上…話を続けるのを止めた。
望まれなかった子供…それは西沢自身だから…。
ノエルをからかうつもりが…いつの間にか真剣になっていた…。

 西沢が突然黙ってしまったので、ノエルは不安になって身体を起こし西沢の顔を覗きこんだ。 

 「ごめんね…紫苑さん…。 嫌なこと思い出させちゃったんだね…。 」

 気にしなくていいよ…西沢はあっけらかんとした顔で笑った。
その笑顔がノエルにはかえって悲しく見えて胸が痛んだ。 慰めるように軽くキスして西沢の身体に身を寄せた。
 子供っぽくて甘えん坊だけれど繊細で心優しいノエル…。
その肌の温もりがゆっくりと伝わってきて…だんだんと西沢の瞼を重たくさせた。



 テーブルの上の美しい食器類に盛られた数々の料理が招待客の舌を満足させ、称讃の言葉が主の気持ちをも満足させた。
 出窓の籠に活けられた可憐な花々…テーブルクロスや食器・食材に至るまで春を演出する主の気配りが心憎いほど感じられた。

 「さすがは紅村先生…この心配りは僕にはとてもまねできません。 」

西沢に言われて旭はほんの少し頬赤らめた。

 「仕事柄…少し季節に敏感というだけです…。
お料理などは西沢先生や滝川先生もお得意ではありませんか…。
 この間ご馳走になった独活と青柳のぬたなど…とても美味しゅうございました。
分葱と味噌の風味がいい具合に利いていて…。 それに蕗や筍の煮物も…。 
どこかでお勉強なさいました? 」

 とんでもない…と西沢は肩を竦めて滝川の方を見た。
ふたりとも見よう見まねで覚えただけで…。

 撮影旅行から戻ってほとんど日をおかず、旭に頼まれたパネルディスカッションに参加した西沢は、その後でわざわざ自宅までお礼に来てくれた旭に、いつものいい加減な手料理をご馳走したのだった。
 ちょうど帰ってきていた滝川と一緒にああだこうだと騒ぎながら調理する様子を旭は可笑しげに眺めていたのだが、料理の味自体には満足したようだった。

 「いやあ…お恥かしい…。 
あの時はたまたま…下拵えがしてあったのでよかったんですが…そうじゃなかったら…とてもお出しできるようなものがありませんでしたよ。 」

滝川はそう言って笑った。

 食事を終えると旭は見苦しくないように使われた食器だけは手早くさげておいて、食後のコーヒーを淹れた。

 「そう言えば…先ごろ…少し気になることがあったんですよ…。
しばらく前に春の探勝会に招かれまして飛騨へ行って参ったのですが…参加者の中であわやダムに落ちそうになった方が居りましてね。

 その方…特にお身体が悪いわけでもなく、それまでとてもお元気にしてらしたのに急にぼんやりとなさって…そう…何処か遠くを見るような眼をしてダムの柵を越えようとされたんです。

 みんなで慌てて支えて事なきを得たんですが…でもご本人は何があったのか覚えてもらっしゃらなくて…。 」

 西沢は思わず滝川と顔を見合わせた。
流星群を撮影に行った後、一旦、戻ってきていた滝川は春の古都を撮影するために今度は奈良方面へ出かけて行ったのだが…やはり旭と同じような体験をしていた。
 滝川は離れたところに居たので…その時はそそっかしい人も居るもんだと気にも留めなかったのだが…帰ってきて西沢から海での出来事や金井のしていた話を聞いて…あれもそうだったのか…と思っていたところだった。

 同じような事件があちらこちらで起きている。
西沢の周りでまた何か得体の知れないものが動き始めた。

 悪夢は再び繰り返されるのか…。
名状し難い不安のようなものが彼等の心に忍び寄っていた…。
 






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続・現世太極伝(第一話 海からの招き)

2006-05-05 16:56:20 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 マンションの屋上に集まった人々はまるでこれから雪山にでも登るかというような出で立ちで、持っているものがピッケルじゃなくて天体望遠鏡やカメラであることがかろうじて観測会だということを表していた。

 今夜…待ちに待った流星群が最もよく見えるというので、凍りつくような寒さをものともせず住民たちが続々と屋上へ集まって来ていたのだった。
勿論…こんな場所に集まるのは興味本位の素人ばかりだけれど…。

 西沢も亮とノエルを連れて屋上へきていた。
滝川は写真家仲間と連れ立って、もっとそれらしいところへ撮影に行っている。
 戻ってきたら鼻先で笑うだろう。
街中のマンションの屋上じゃあね…それほどの観測はできませんって…。

 英武や怜雄に借りてきたシュラーフを並べて、三人が寝転がって星を見るにはそこそこの場所を取ることができた。
 今回の天文ショーは肉眼でも結構見えるらしい。
天体望遠鏡なんて洒落た物は持っていないので感度のいい眼だけが頼りだ。

 やがて…はるか天上の星々と闇の間を縫って光の糸が流れ始めた。
流星は不思議な旋律の音楽を奏でるようにひとつまたひとつ闇から出でて闇へと消えた。

 街中のマンションの屋上でも素人なら十分堪能できる。
ひとつふたつ星が流れたのを眼にしただけでも何かしら得した気分になる。
それがいくつも見えるとなれば文句のつけようもない。

 見え始めた端は喜びのあまり声を上げていた人々も、冬の夜空に描かれる神秘的な光景に次第に声を失い、静寂と沈黙の中で繰り広げられる天のイベントに魅了され酔いしれた。
 
 大宇宙の奏でる闇と光の旋律…その中に…西沢は微かにこの小宇宙の気たちのレチタティーボを耳にしたような気がした。

 気が歌っている…?
そう感じる自分が可笑しくて思わず笑みがこぼれた。
 朗々と歌い上げるアリアではないが…まるで会話するように幾つかの気が交互に歌っている。
 時々…合唱なんかもあるような…気がする。
夢を見ているわけじゃなさそうだ…。
思いがけないおまけがついて西沢はひとり心楽しんだ。



 「亮くん! ノエル! 寝てる場合じゃないでしょ。
早く食べないと遅刻するわよ。 もうじき開店時間じゃないの…? 」

 喫茶店ブランカの窓際の席でモーニングをつつきながら…つい…うとうとしていたふたりの耳に悦子の声が響いた。
やべぇ…とふたりは慌ててベーコンエッグを掻っ込んだ。
 喉に絡みつきそうなハニートーストを濃い目のコーヒーで飲み下して、ふたりは半ば舟を漕いでいる西沢に行ってきますと声をかけた。

 西沢は寝ぼけた笑顔で頷いて送り出しはしたが、ふたりがバイトに出かけたとはっきり意識したのはそれからしばらくしてからだった。    

 「西沢さん…そんなに遅くまで起きてたんですか? 」

 起きてたっつうか…寝てないんだね…。
あれから仕事してたから…さ。

 「悦ちゃん…エナジーが歌うのを聴いたことあるかい? 」

 いいえ…と笑いながら悦子は答えた。
なかなかいいもんだよ…僕も初めて聴いたんだけど…。

 また始まった…西沢さんのメルヘン・トーク…。
悦子はノエルたちの食器を片付けながら可笑しそうに相槌を打った。

 「ま…そんなわけで寝そびれた…。 」

西沢はう~んと背伸びをした。

 「濃い目で…お代わり淹れますか? 」

 いつものように悦子が訊くと…ほんのちょっと迷ってから…今日はやめとく…と西沢は答えた。
帰って寝た方がよさそうだ…そう言って笑った。 



 ほんの半時うとうとしたかしないかで西沢は玄関のチャイムに叩き起こされた。
相手は…決まっている…相庭だ…玲人なら勝手に入ってくる…。
 
 「寝てらしたんですか…先生? 」

 相庭は寝癖のままの西沢を見て少しばかり咎めるような視線を向けた。
夕べ寝てないもんで…と言い訳するように西沢は答えた。

 まあ…大目に見ましょう…とでも言いたげな溜息をつくと、相庭はいつものように入っている仕事の予定と内容を伝えた後、本業とはほとんど無関係な依頼をふたつ持ち出した。

 「こちらは…市民講座のパネル・ディスカッション参加依頼です。
紅村先生がコーディネーターをされます。 
『都市の緑化』とかいう内容らしいですけど…。 」

 パネリスト…討論は苦手だな…次元が低いのばれちゃうから…。
だけど…紅村先生じゃ断れないしな…。

 「一応…予定に入れといてください…。 少しは…勉強しとかなきゃ…ね。 」

それから…と相庭は続けた。

 「ちょっと変わった依頼です…。 
TV・A社の番組『アドベンチャー・ワールド』のレポーター。
超古代のロマンとかいう内容ですが…何人かの各界からのレポーターが世界各国に残る超古代の言い伝えに関するレポートを担当します。
 先生は…最近有名になってきた与那国海底遺跡へ飛んでくれということで…。
どうされます…?  」

 海へ潜れってか…。 それもそんなに得意な分野じゃないなぁ…。
泳ぐのは好きだけど…でも…古代遺跡にはちょっと惹かれる…ね。

 「なあに…先生は飾りみたいなもんですからスタッフの指示通りに動いていればいいだけで…それにプロのダイバーがちゃんと指導してくれますよ…。 
 そういやぁ…以前…怜雄さんたちとライセンス取りにどこかへ行ってらしたんじゃなかったですかね…? 」

あるにはあるんだけど…10代の頃の…古い話だからなぁ…。

 「十分…何時間も潜れって話じゃありません。 メインはあくまで遺跡の方…。先生が実際その眼で見たっていうシーンが撮れればいいわけで…遺跡の撮影はプロがやるんですから。 」

そりゃそうだね…。

 「じゃあ…行ってみましょうか…。 その遺跡見てみたいし…。 」

 西沢がまあまあ機嫌よく仕事を引き受けたので、気の変わらないうちにと思ったのか…それじゃあ予定組んでおきます…と相庭は慌てて帰って行った。



 後期試験が終わった後、新学期に向けて『超常現象研究会』の部室の棚を整理していた直行が過去のファイルの中からちょっと意外なものを見つけ出した。
 世界のあちらこちらに残る古代文明の遺跡についてのレポートで、何年か前の先輩が書いたものだった。
 去年はガタガタしていて棚どころじゃなかったからまったく気付かなかったが、よく見ると同好会の趣旨とはまったく無関係のファイルなんかも置き忘れられたままになっていた。

 「いろんな文献を調べてまとめたものらしいんだけど…結構面白いんだよ。 」

 歴史好きな直行は同じような趣味の先輩が過去に居たことを知ってちょっと嬉しそうに言った。
  
 「歴史って言えばさ…紫苑が今…与那国へ行ってるんだ。
何年か前に海底遺跡らしいものが発見されたって場所にレポーター役で…。
 なんかのTV番組の撮影らしいけど…そんな遺跡があるなら実際に見てみたいって気はするね。 」

亮がそう言うと直行は同感だと言いたげに深く頷いた。

 「そうかぁ…いいなぁ…西沢さん。 羨ましいなぁ…。 」

 けど…仕事だからね。 ゆっくりじっくりってわけにはいかないし…好きなようには動けないし…紫苑のことだから…きっとイライラしてると思うよ。
そう言って亮はクスッと笑った。



 亮の予想は当たらずとも遠からずだった。
気遣いが良くて人懐っこい西沢は、ほんの短い旅の間に撮影スタッフと馴染んで、平気で冗談を言い合ったりする仲になっている。
 最初は容姿が好いだけの素人リポーターと偏見を持って迎えたスタッフも、すっかり西沢ワールドに引き込まれてお友達状態だ。

 天候にも恵まれて、仕事はすこぶる順調で、ダイビングの撮影も早々と終わり、帰ってから必要な部分アフレコすればお終い…。
ほっと一息つくところだが…西沢はちょっと不満げに海を見ていた。

 確かに本物を目の当りにした時は感動ものだったけれど…時間と行動に制限があるから遺跡をじっくり観察することはできない…。
 指示された場所で…つまり遺跡に見えるそれらしい場所でひと言ふた言感想めいたことを述べ…すぐ次の場所へ移動…。

 結構…いろいろ見せてもらったけど…本当はもっとひとつひとつを細かく見たいんだよね…一応レポートなんだからさ…。
仕事でそんな我儘言ってちゃいけないんだろうけどなぁ…。

にこにこと笑いながら玲人がお疲れさまでした…と言葉をかけた。

 「玲人…これで僕の仕事は済んだんだろう? 」

 そうっすね…後は帰ってから…まさか…撮り直しはないと思いますが…。 
そう言いながら玲人は手帳をしまった。

 「もう少しゆっくり見たかったなぁ…。 仕方ないけど…さ。 」

 さも残念そうに西沢は言った。
まあ…ここはまだ完全に遺跡と決まったわけじゃない場所ですからねぇ。
 それに番組自体が学術系じゃありませんから…あくまで旅のロマンもの…娯楽番組ですからね。

 玲人は西沢の個人的な興味を封じ込めるように言った。
昔から…その気になると先生は何処へ行っちゃうか分かんないお人だから…。
 ここんとこ何年かは大人しくしておいでだったけど…。
帰ってすぐにまた…別の仕事が待ってんですから…。

 機材を運んでいたスタッフが少し離れたから、紫苑…これ片付いたら打ち上げしようぜ…と声をかけた。
分かった…西沢は笑って手を振った。 

 ふと…船の方を見ると若いスタッフのひとりがぼんやりと海の方を眺めていた。
撮影が終わって感慨に耽っているのかな…とも思えたが…その顔はどこか懐かしいものでも見ているようで…今にも海の中へと引き込まれて行きそうな気配だった。

 あっと思った時には…船から飛び降りて…というよりは海に落ちていた。
西沢と玲人もすぐに飛び込んでその若いスタッフの落ちたあたりに向かった。 

 西沢たちの声と水音を聞きつけた他のスタッフたちが何事かと駆け寄ってきた。
西沢と玲人は落ちた場所からそんなに離れていないところで、ほとんど意識のない青年を見つけ、岸まで引っ張ってきて他のスタッフに引き上げて貰った。

 責任者の金井が青年の頬を軽く叩いて声を掛けると…あまり水も飲んでいないようで…すぐに眼を覚ました。

 「大丈夫か…磯見…。 」

 磯見と呼ばれたその青年は何が起きたのか自分でも分からなかったらしく、金井の顔を見つめながらきょとんとしていた。

 「海に落ちたんだよ…。 紫苑たちが飛び込んで助けに行ってくれたんだぜ。」

 磯見はやっと自分の置かれている状況を理解すると…心配そうに自分を見ている西沢たちに何度も礼を言った。
 疲れのせいで眼を回して落ちたんだろう…とスタッフたちは思った。
なんにしても大事がなくてよかった…と…。
 

 「玲人…気付いたか…? 」

着替えのためにふたりだけになった時…西沢が小声で玲人に訊いた。

 「誘導されてましたね…何かに…。 
懐かしいもの…懐かしい誰か…そんな感じでしたよ…。」

玲人がそう答えた。

 「海…の方から力は来ていた。 そう感じたのだけれど…はっきりとはしない。
少なくとも海の上には何もなかったし…。 」

海の中にあったのかも知れないけど…と西沢は思った。

 西沢も玲人も何処か釈然としないものを感じてはいたが、その後これといったことは何も起こらず、あの磯見という青年にも別に変わった様子は見受けられなかったので、しばらくするとこのハプニングのことはほとんど忘れてしまった。

 翌日…何事もなかったかのようにスタッフたちと握手を交わすと…西沢と玲人は次の仕事の待つ自分たちの町へと戻った。






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現世太極伝(第五十七話 最終回 捨てたもんじゃない…な。)

2006-05-03 22:28:51 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 海外にも本社支社を置いている国内でも指折りの大企業が大幅に予算を組んで環境問題に取り組み始めた…と今朝の新聞に大々的に取り上げられた。
 これまでにもリサイクル活動や自然保護団体などの活動に協賛してきた企業ではあるが、他所の団体の活動に協力するだけでなく、率先して動き出したというものだった。

 「どれほどの効果があるのかは知らないが…いい傾向だ。 」

滝川は朝の食卓で新聞を読みながらそう言った。

 「能力者がその気になって動けば…周りの連中も大なり小なり影響を受けてそれなりに動き出す。
まあ…力の及ぶ国内だけなら…今までよりは多少はましになるかもな…。
 何にしても…企業を動かせる能力者ばかりじゃないから…期待できるのはむしろ草の根的な運動の方だが…。

 それでも…大きいとこがより積極的にエコロジー問題のPRと対策に努めれば…国際的な保護団体なんかへの関心度もちょっとは高まるか…。
 希望的観測に過ぎないけど…何にしろ…ことが起きなきゃ他人に関心をもたねぇ人間が多いし…。 
関心があっても…他国の紛争までは…個人の力じゃなんともし難いが…。 」

 相変わらず…寝ぼけ眼でトーストを齧りながら西沢は滝川の話を聞いていた。
ばたばたと騒がしい足音がしてノエルが寝室から飛び出してきた。

 「紫苑さん…起こしてよぉ! 遅刻しちゃうよ! 」

 それだけ言うと忙しなく洗面所へ走って行った。
おはよ~! 玄関から元気そうな亮の声が響いた。

 「お早う…。 亮…朝飯は? 」

 西沢がのんびりした声で訊いた。
すんだ~! ノエル~行くぞ~!

 小脇にテキストを抱えてカーゴパンツのジッパーを上げながら、ノエルがまたどたばたと戻ってきた。
 西沢の手から齧りかけのトーストをひょいと取り上げて自分が銜えたまま玄関に向かった。

行ってきま~す!

滝川がさも可笑しそうにくっくっと笑った。

 「おまえのお母さんなんだぜ…あれで…。 」

ま…一応はね…。 西沢も笑いながら二枚目のパンを焼いた。

 西沢がリハビリを終えて完全に回復するまでノエルはずっと傍についていた。
介護する滝川や有のやり方を見よう見まねで覚えた。
それは結構上手くいった。

 退院して来たら世話をするつもりで、それまでやろうとしなかった洗濯とか掃除の仕方を輝から教わり、亮から簡単な食事の作り方も教えてもらった。
 西沢のために一生懸命努力したのは誰もが認めた。
残念なことには…ノエルが家事を覚えるより西沢の回復の方が早かった…。 



 家に戻ると西沢はすぐに仕事を再開した。
休止していたわりには幾つか急ぎの仕事も入ってきて、これも相庭の繋ぎのお蔭かな…と少しばかり感謝した。

 モデルとしての遺作になるのではないかなどと噂されていた滝川の写真集『素』は突然の原因不明の重病危篤が宣伝になって結構売れたらしく、そんな写真集のことなどすっかり忘れていた滝川は世の中何が起こるか分からん…と首を傾げた。

 もう二度と向かうこともないと思っていたまっさらな白い紙に…新しくペンを入れる…。
その瞬間…まだ生きている…ということを改めて実感した。

 滝川の姿を目の当りにしてさえ…もはやこれまでと思った刹那に…西沢を後押ししてくれる不思議なほど大勢の力を全身に感じた。
 生命エナジーなど一欠けらも残っていなかったはずの自分の中に次々と注ぎ込まれる能力者たちの想いが西沢を突き動かした。

 人間は時に思っても見ない力を発揮する。
西沢の中に結集された強大な想いの力はエナジーの結界をぶち壊し、太極の心を揺り動かした。

 西沢は今…それらの人たちにどうしたら恩返しができるかと考えている。
勿論…彼等は自分たちが西沢を助けたことなど全く知らない。
 意図されたものではないからだ。
逆に西沢に助けられたと思っている者も多い。
 
 御使者仲間には宗主を通じて感謝の言葉くらいは伝えられる。
けれども…何の関わりもない能力者には言葉さえ伝えようもない…。 

 西沢にできることは仕事を通じて太極との約束を果たしていくこと…。
この小宇宙から失われつつある大切なものを護るために…人間は何をなすべきかを訴えていくこと…。
ひとりでできることと言えば…そんなささやかなことでしかない…。

 「西沢先生…調子はいかがっすか? 」

 玲人が仕事部屋を覗いた。背後から滝川の怒鳴り声が聞こえた。
また…勝手に鍵を開けて入ってきたな…。
こいつには鍵ってものの存在自体が意味を成さないわけだ…。

 「悪かねぇけど…あんまり恭介の血圧を上げるなよ…。
あいつは立派に中年なんだからな…。 」

玲人がにやっと笑った。

 「滝川先生のお留守時に参上しようって思うんですが…どういうわけか予定が合っちゃうんですねぇ…。 」

玲人は持っていたバッグの中から包みを取り出した。

 「こいつをね…お返ししようと思いまして…。 」

 それは…家族や仲間に宛てて西沢が書いた遺書や手紙の束だった。
亮たちを助けに行く前に玲人に頼んでおいたものだ。

 西沢は何気なくそれを受け取ろうと手を伸ばした。
不意に…その手を玲人の両手が掴んだ。玲人の両の手は小刻みに震えていた。

 「無駄になって…よかった…。 こんなもの…渡さずに済んでよかった…。 」

 肩を震わせて泣いていた…。
これを渡す時は…紫苑が死んだ時…その時よ来るな…と何度願ったか…。
その重さからやっと解放された…。
 
 「玲人…ご免な…重い荷物背負わせて…。 」

 西沢は申しわけなさそうに言った。
いいえ…と玲人は首を振った。

 「私のお役目ですよ。 そんなお役目が務まるのは私しか居ない。
先生は…良くご存知だ…。 」

 少しばかり切なげに玲人は微笑んで見せた。
が…すぐに繋ぎ屋の顔に戻った。
さてと…お仕事の話ですが…本職の方じゃないんだけど…いいっすかね?



 『超常現象研究会』の部室の窓からあの校舎の二階の端の部屋が見える。
この大学の何処にも…もう…彼等の気配はない。
ない…と言い切るには少々語弊があるけれど…。
 彼等は何処にでも存在する。ありとあらゆるところに…存在する。
あまりに規模が大きくてそれを身近に感じることが難しいだけで…。

 宮原夕紀は以前の少々性格のきつい美少女アイドルに戻っている。
あの記憶は消えてしまって全然残っていないようだ。

 その方がいいんだ…と直行は笑った。
婚約者を人に襲わせたり、囮に使ったなんて記憶は残っていない方が幸せさ…。
僕も夢だったと思うことにした…なんて…ちょっとだけ男らしく胸を張った。

 亮が今でも不思議に思うのは…67億の人間の中のほんのひとつまみに過ぎないこの国の能力者たちの行動を以って…特に西沢の自己犠牲を以って…太極が寛容にも人間全体に生き延びる機会を与えたということ…。

 海外の能力者たちがどんな行動に出たかは分からないが…人間も捨てたもんじゃないと太極に思わせるようなファクターが他の国の能力者たちの行動の中にも多々あったのかもしれない。 

 窓の下でノエルが手を振っている。
亮…そろそろバイト行こうぜ…。

 智哉がノエルに少しだけ理解を示して以来…ノエルはまた時々実家にも顔を出すようになった。
 西沢の部屋と亮の部屋を行ったり来たりするのは今まで通りだが、気が向くとふらっと実家に帰る…。
 顔を見せに行くだけですぐに戻って来るが…今までのことを思えば大進歩。
智哉に怒鳴られたり貶されたりすることも少なくなったようだ。 

  
 西沢は…と言えば、鳥籠と呼ばれるあの部屋から、今更何処へ逃げ出す気もないようで…いつもと変わらぬ毎日に取り立てて不平を言うわけでもなく…相庭の持ってくる仕事にほぼ満足しながら暮らしている。

 時折…西沢の部屋の小さな陽だまりの中に太極はそっと降りてくる。
仕事部屋であったり寝室であったり…今はノエルが居なくても西沢と直接対話ができるから場所は何処でも構わないようだ。

 西沢の中の生命エナジーの基盤がノエルの産んだ児だから太極の言葉を理解できるようになったのか…それとも…単に太極が直接語ることを望んだだけなのかは分からないが…。
 
 太極と西沢は普通に対話するだけでなく談笑していることもある。
気に冗談が通じるとは思えないが…確かに笑っているのだと亮には感じられた。


 西沢…はつくづく不思議な男だと亮は思う。
おそらくずっと自分の存在の意味を問いながら生きてきたのだろうけれど、答えが出ないからといって悲観するわけでも絶望するわけでもなく、答えがなければ作ってしまえとばかりに周囲に惜しみない愛情を振りまく。

 西沢の愛情は偽りではないから…多少なりと反応が返ってくる…。
ほんとお節介ね…って程度の答えだって一向に構わない。
 そう…ほんとお節介…でもね…あなたを少しでも大切に思っている僕がここに居るってこと忘れないでくれたら…嬉しいな。

 誰かを…あなたを…そしてみんなを思ってあげられる人でありたい…それが僕の存在の意味…。

 だけど西沢は聖人じゃない。怒ったり笑ったり悲しんだり…傷ついたりしながらできる限りそうありたいと努力しているだけ…。

 そういう人間っぽい半端なところが亮は好きだ。
神さまみたいな完全無欠の精神の持ち主じゃないから…かえってみんなに愛されているのだろう…。

 太極が好んで西沢を対話の相手に選ぶのも…案外そんなところが気に入られてのことかもしれない…。
 この先…西沢と太極の関係がどうなっていくのか…それは気と人間の関係にどう影響していくのか…亮にとっては不安なところでもあり興味のあるところだった。 


 この世に生まれて来るものはすべて何かの意味を持っている。
命あるもので必要とされないものなどひとつもない。
 価値のない命なんて何処にもない。
そこに生きて存在すること…そのことがすでにこの世界を支える柱。 

 この世を支える柱…なんて御大層なもんじゃなくってもいいから…誰かに必要とされたい…そんなふうに思っている人が大勢居るんだろう。  

 僕もそうだよ…あなたと同じ…。
笑顔見せて…。 その素敵な笑顔…。 
 その笑顔…明日も見られるなら…ちょっとだけ頑張って生きてみようかな…。
あなたがその笑顔を明日も見せてくれますように…。

笑顔の明日が永遠に続きますように…。



 
 


現世太極伝 ― 完 ―

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現世太極伝(第五十六話 紫苑…覚醒)

2006-05-01 23:34:25 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 差し出された智哉の手の上で…光の粒子のベールに覆われた胎児は…それを透してでもはっきりと分かるほどに眩く輝いていた。
生まれたばかりの生命の気の神秘的な輝きに思わず知らず溜息が漏れた。

 「おめでとう…ノエル。 」

 感極まった滝川が思わず祝福の声をあげた。
ノエルは嬉しそうに眼を細めてその児を見た。

 「亮くんも…おめでとう…。 いい児だ…。 」

 智哉にそう言われて…亮は何のことかと戸惑った。
みんなの眼が意味ありげに自分に向けられていた。

 「この児…亮の赤ちゃんだよ…。 」

 亮に向かって穏やかな笑みを浮かべながらノエルが言った。
あっ…。 やっと気がついた亮は真っ赤になって俯いた。
久々にこの病室にも笑い声が響いた。

 「父さん…早く…紫苑さんの身体に…。 」

 ノエルに促されて智哉は慎重に胎児を運んだ。
滝川はノエルの傍から離れて西沢の方へ移動した。
 代わりに有がノエルの手当てを始めた。
ノエルの身体に然したる異常がないことを確かめて有はほっと安堵の息をついた。

 「その児と同じ光の印がある場所に置いてあげて…。
さっき…太極が僕の中に来て…教えてくれた。
そうすればすぐに全身にエナジーの基が行き渡るだろうって…。 」

 ノエルの指示に従って滝川は西沢の身体の上でゆっくりと回転している光の粒子の群れを示した。
粒子の群れはすでに西沢の身体に深く根を張っているようだった。

 智哉は可愛い孫…をそっとその光の揺り籠の中へ置いた。
粒子の群れはベールに覆われた胎児を優しく包み込み、西沢の体内へとゆっくり導いていった。

 全身に染み渡るという表現がエナジーの場合にも当てはまるなら…それはまさに西沢の身体の隅々にまで染み渡っていった。
 エナジーの基が全身に行き渡るに従って、翳りを帯びて蒼白くくすんでいた肌が徐々に健康な色を取り戻し始めた。

 不意に西沢が大きな息をした。
意識がなくなって以来…初めて見せた反応だった。
 それまで…申しわけ程度に呼吸を続けているのかと思われるほど弱々しかったものが、その後はだんだんと普段どおりのしっかりした呼吸に変わっていった。 

 呼吸の回復とともに弱まっていた心臓も確かな音を奏で始めた。
それに伴ってすべての器官が再び正常な活動を開始した。 

 「何だか…ちょっとほっとするね…恭介。 」

英武が嬉しそうに言った。

 「赤ちゃんの様子はどう…? 」

西沢の内部を診ていた滝川に怜雄が訊ねた。

 「すでに紫苑の身体の生命エナジーの基盤になってるよ。
紫苑は少しずつ自力で回復を始めている…。 
まだちょっと眼を覚ますまでには時間がかかりそうだけれど…。 」

 それを聞いてみんな胸を撫で下ろした。
輝が応接室の扉を開けて紫苑の養父母や相庭親子に朗報を告げた。
 応接室から歓声が上がった。
応接室にはいつの間にか急を聞いて駆け付けた旭や桂、直行と夕紀を連れた克彦、谷川店長や千春が来ていた。
 
 「痛っ…! 」

 西沢の回復する様子を見たくて起き上がろうとしたノエルが再び屈み込んだ。 
亮が不安げにノエルの腰を擦った。

 「心配ないよ…ノエル。 器官が正常に動いている証拠だ。
収縮痛といってね…子宮がもとの大きさに戻ろうとする時に起こるんだ。
きみのはそんなに長くは続かない…それほど子宮は大きくなってないからね。

 お母さんたちは何ヶ月もいろんな痛みに耐えてきみたちを産んだんだよ…。
産んだからお終いってんじゃなくて…産んだ後にも痛いのは続くわけ…。 」

 有が安心させるように説明した。
うんざりした顔でノエルは亮を見た。

 「僕…やっぱり男のままがいい…。 こんなの何ヶ月も続いたら死んじゃうよ。
お母さんになるってほんと…しんどい…。 」

 亮は笑いながらノエルの肩を抱きかかえ丁寧にお腹を擦ってやった。
収縮痛には効かないかも…とは思ったけれど…気持ちだけ…。

 智哉は…少し複雑な想いでその様子を見ていた。
なんだかんだ文句を言いながらノエルの…妊娠…の媒介をし…出産…の手助けをしてしまった。
 こんな馬鹿な体験をした父親は他にはないだろう…。
在り得ない孫の姿…までこの眼で見てしまったんだから…。

 

 夕刻、西沢の容態がかなり安定してきたので、祥と美郷は取り敢えず回復しつつある西沢の穏やかな寝顔だけを見て帰途についた。
 ただでさえ弱ってきている病身の美郷の体調を案じて、家の方で休みながら紫苑の目覚めを待つようにと怜雄が勧めたのだった。
応接室の他の面々も相庭親子を除いて一旦帰宅して連絡を待つことになった。

 病室で待機する面々はそれぞれソファなどで仮眠を取った。
特にノエルは疲れきってソファベッドの上でぐっすりと眠っていた。
有が時折…ノエルを起こさないようにそっと子宮の様子を診てやった。

 滝川は…ベッドの傍らの椅子に掛けて西沢の寝顔を見つめていた。
心配していた腎臓の障害も出さずに…よくここまで頑張ってくれたよ…紫苑…。
 代謝が良くなったせいか少し汗ばむようになった西沢の額をミニタオルで拭いてやりながら…万物に感謝したい気持ちで一杯になった。

 恭…介…と西沢の唇が動いた。
滝川が慌てて返事をすると…それはまだ西沢の見ている夢の続きのようで…目が覚めたわけではなかった。
 それでも微動だにしなかった今までを思えば…滝川にとって涙が出るほど嬉しい変化だった。 

 「恭介…コーヒー…。 」

 輝が分厚いカップを渡した。
有難う…と受け取って滝川は西沢に眼を向けながら飲み始めた。
輝は自分も椅子を持ってきて滝川の横に座った。
 
 「あなたには負けるわ…。 心底…紫苑が好きなのね…。 」

 熱いコーヒーを啜りながら輝は言った。
滝川は少しにやっと笑った。

 「年季入ってるからな…。 」

 不思議な男だ…と輝は思った。
敵地へ乗り込んだ時点ですでに敵わぬ相手と百も承知…この男は紫苑とともに死ぬことしか考えていなかった。
 そのことが逆に紫苑を生かす力になった。  
紫苑はこの男を死なせたくないばかりに生き延びた。

 仮に乗り込んだのが自分だったら…と輝は考えた。
敵地へ乗り込む目的は紫苑を助けるため…で死ぬためじゃない。
 最終的に紫苑と一緒なら死んでもいいかなって覚悟を決めるだろうけれど…最初から死のうとは思わないでしょうね…。
まず…ふたり仲良くあの世行きだったわね…ついでに人類も全滅…。

 ふうっと息を吐いて輝は立ち上がった。
滝川からカップを受け取ろうと手を伸ばした瞬間…西沢の指が微かに動いた。

 滝川の目がその指に釘付けになった。
何かを…探している…。

 恭…介…かろうじて声と思われる息の音が滝川の名を呼んだ。
僕を…探している…?

 恭…介…再び紫苑が滝川を呼んだ。
滝川はそっと西沢の手を取った。

 「紫苑…ここだ…。 僕はここだよ…。 迷ってないで戻っておいで…。 」

 西沢の手が握り返した。
滝川の胸が高鳴った。

 「紫苑…。 紫苑…。 」

 滝川が息を飲んで見つめる中で…西沢はゆっくりと目を開けた。
ぼんやりと天井を見上げて…大きく息をした。

 「恭…介…背中が…痛い…。 」

 ちょっと顔を顰め…弱々しく微笑みながら西沢は滝川を見た。
滝川は無言で何度も頷いて…西沢の身体を横向きに変えてやり、丁寧に背中を擦り始めた。
 西沢は…眠っている間に強張ってしまった身体を動かそうと試みた。
何だか…上手く動かせなかった。

 「すぐ楽になるからな…紫苑…。 動けるようになれば…痛みも取れる…。 」

擦りながら滝川は…何度も涙を拭いた…流れ出した涙は容易に止まらなかった。

 コーヒーカップを両手に呆然と立ち尽くしていた輝は、ようやく我に返ると大声でみんなを起こした。
応接室にまでその声は響き渡り…相庭と玲人が飛び込んできた。

 我先にとみんながベッドの周りに集まってきたので、滝川はリクライニング式のベッドを操作して背もたれを作り、西沢を少しだけ起き上がらせてやった。

 怜雄も英武も涙ながらにお姫さま紫苑の頬にキスして回復と再会を喜んだ。
輝とキスを交わし、有や相庭に抱きしめられ、智哉と握手を交わした。
玲人もそっと大切なお人形を抱きしめた。

 「紫苑さん…! 」

 ノエルが西沢の首に飛びついた。あたり憚らず西沢の胸に甘えた。
西沢はまだ強張っている両の腕を持ち上げてそっと抱きしめてやった。

 「ノエル…有難う…。 つらかっただろうに…。 」

有難う…って言いたいのは僕の方…。紫苑さんに助けて貰ったんだもの…。

 言いたいことがいっぱいあったはずなのに…ノエルは何も言えなかった。 
紫苑が生きて…そこに居る…それだけで何も言うことはなかった。

 「紫苑…。 」

 亮がそう呼びかけた。顔中涙でくしゃくしゃになりながら…。
えっ…と驚いたような顔をして西沢は亮を見た。

 「紫苑…僕等の代わりに…ひどい目に遭わせてしまって…ご免ね…。 」

 亮はやっとそれだけを声に出して言った。後は声にもならなかった。
西沢が嬉しそうに微笑んで滝川を見た。

 ひと通りみんなとの再会が済むと…滝川はベッドを元に戻した。
西沢が疲れてしまわないように…。
少し休むようにと西沢に勧めた。

 みんなに見守られて西沢は再び眠った。
この眠りは生きるための眠り…明日また目覚めるための眠り…。
西沢の身体の中で新しい生命のエナジーが着々と成長を続けていた。 






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