TV・A社の『アドベンチャー・ワールド』は撮影時に思いがけない不幸なトラブルがいくつかあったにせよ…無事…放送も終わり西沢も内心ほっとしていた。
やっぱりこういう仕事には向かない…とつくづく思った。
金井の話ではわりと好評だということだが…こちらがほとんど素人だから気を使ってくれているんだろう。
こんなレポートまったくのご愛嬌で、見る人が見れば襤褸が出るに決まっている。
「う~ん…やっぱり紫苑は格好いい。 」
西沢の部屋で録画したDVDを見ながら英武は満足そうに言った。
このところまったく発作を起こさなくなったので自分でも気が楽になったらしく、陽気な性格にますます磨きがかかっている。
怜雄も英武を抑えなくていいので始終気を張っている必要がなく、その性格のままにのんびりと落ち着いていられるようになった。
西沢にしても長い間の悪夢から開放されて、何を警戒することもなく義理の兄弟たちと一緒に過ごせることが嬉しかった。
「ねえ…超古代って何…? 原人とか恐竜とかの時代のこと…? 」
ふいにノエルが隣に座っている西沢を見上げて訊ねた。
「いや…そういうんじゃなくて…簡単に言うと…歴史としては残っていない一万数千年以上も前の時代の文明のことだ…。
例えば…アトランティス大陸とかムー大陸で栄えた文明のことを言うんだ。
他にもレムリア大陸とかパシフィス大陸なんていうのもある…。 」
西沢はそんなふうに答えた。
えぇ…どこよ…それ…? そんなの教科書に載ってたっけ…?
アメリカだろ…ユーラシアだろ…アフリカだろ…オーストラリアだろ…えっと南極…うっそ~大陸って五個しかないんじゃなかったけ…?
覚え間違いかなぁ…地理…苦手だったからなぁ…ノエルは首を傾げて眉を顰めた。
「あはは…正解だ…。 教科書にはのってないぜ…ノエル。 単なる伝説だ…。
もしかしたら昔あったかも知れないって大陸の話だ。
結構…有名な話なんだぜ…しっかり勉強しなよ…本屋さん。 」
滝川が声をあげて笑った。
歴史も地理も興味ないもん…恐竜なら好きだけどさ…とノエルは口を尖らせた。
「特に知られているのはアトランティスとムーだな…小説や映画なんかでも昔からよく使われる素材だ。
高度な文明を誇っていたらしいんだが…このふたつは同時期に大地震とか大洪水で一夜にして海に沈んだと言われている。
証拠となるもののあまり存在しないこの手の文明は…ただの創作ではないかとも考えられている。 」
怜雄がやや真面目な面持ちで言った。
「紫苑…この海底遺跡も沈んだ大陸と関係あるの…? 」
真剣に画面に映る巨石を見ていた亮が西沢を振り返った。
「分からないんだよ…。 この巨石群は…まだ遺跡とは正式には認められていないし、海が作った自然の造形物だと言う人もいてね。
きちんと測って切り取ったような形の石もあって…これが自然にできたとするとすげえなって逆に思っちゃったね。
ほんと…切り口見るとスコンッて感じだもん…切れたんだか割れたんだか知らないけどさ…。
それと…与那国にはアトランティスやムーが沈んだのと同じような天変地異の伝説が残っているんだそうだ…。 」
そうなんだぁ…でも天変地異が原因ってのは…なにかが滅びる時にはよくある話かもね…。
そう言って亮はまた画面に集中した。
「超古代ってんじゃなくても滅んじゃった国とか居なくなっちゃった民族とかの作った文明って…未だに分からない部分があるよね。
オルメカとかマヤとかさ…まだ何世紀って時代の話で…エジプトだのメソポタミアだのに比べたら比較的新しいのにそれでも解明されてないことがあるんだ。
インカ帝国なんかもそうだよね。」
英武が思い出したように言った。
ましてや…一万年以上も前なんて…何も分からなくて当たり前かもね。
「分からんと言えば…この春は奈良方面へ撮影に出かけてたんだけど…明日香村には変わった巨石がいくつもある。
作られた年代は七世紀くらいだと言われているものもあるけれど…何時誰が何のために作った分からない…ってのもあるんだ。
ひょっとしたらそういうのはとんでもなく古かったりしてな…。 」
そうだな…と滝川の言葉にみんな頷いた。
全部同時代に作ったとは限らんし…。
「日本人は…まあ…メディアが海外の有名な観光スポットである遺跡に眼を向けていることもあって国内の遺跡には疎いところがある。
エジプトのスフィンクスやピラミッドは知っていても、国内のあちこちにに超古代の巨石群があるなんてことは知らない人が多い。
まあ…海外のものに比べればちょっとスケールは小さめだが…。 」
怜雄がチラッと画面に眼をやった。
テレビ画面の中の紫苑が石の絶壁を見上げながら驚嘆の声をあげていた。
「紫苑の見てきた巨石群が本当に遺跡なら…今までの日本の巨石群をはるかに上回るスケールだってことも言えるだろうな。
ムー大陸は太平洋に沈んだって話だからこの巨石群に期待する人も居るだろう。もしも何か証拠になる品の一個でも出ればこれは伝説を事実だと証明できる凄いことになるわけよ。 」
巨石群の背景にある壮大な物語を想像してか怜雄は楽しげに笑みを浮かべた。
「沈んだ大陸の人たちは全部死んじゃったのかな…。
大陸って言うからには相当でっかいわけでしょ? 沈む前に逃げた人…居なかったのかな…? 」
ノエルが不思議そうに訊いた。
「そうだね…長い年月のことだから記録が残る云々は別としても…それだけ繁栄していた民族なら航海もできたろうし…貿易商や船乗りなんかは他の大陸や海へ出ていて生き残った者も居たんじゃないかと思うけどね。 」
西沢がそう答えると滝川はさも可笑しそうにくっくっと笑った。
「だからね…伝説だってば…。 何処の国にでもあるユートピア願望だよ…。
伝わってる話はみんな別の国の人間が残したものなんだ。
私がそのひとりですなんて話は…まったく存在しないんだぜ。
昔々あるところに…ってのばっかりだよ…。 」
Boo~! 夢が無いね~恭介~。
西沢兄弟から非難の声があがって滝川は…なんで~?…と周りを見回した。
「理屈じゃないの…。 そこにそういう大陸があったかも知れない…って想像するだけでわくわくしてくるの…。 そういうもんなのよ~! 」
英武が胸を押さえながら言った。
やめろ…可愛くねぇ…。
「ねえ…紫苑…選別ということは考えられないかな…? 」
亮がぽつりと呟いた。
選別…? みんなの目が一斉に亮に向けられた。
「それは…ある時点で人間の選別が行われたということ? 」
西沢がそう訊くと亮はうん…と頷いた。
「ノアの箱舟伝説があるだろ…。 ソドムとゴモラの滅びた話とかさ…。
洪水やそういった天災による人類の滅びの伝説ってあちらこちらの国に残っているんだって…天罰喰らったってことで…。
例えば大陸があったかどうかは分からないけれど…そういった繁栄した国々があったとして…だよ。
何かの理由で神さまみたいな大きな力を持った者が一旦そこにいた人間を国もろともすっきり片付けちゃって…他の人間を置く。
歴史は繋がってないから…伝説だけが残る…。 そういうことって考えられないかなぁ…。 」
みんなの唇からなんとも言えない唸り声が漏れた。
亮はじっと西沢を見た。
「あるかも…知れないね…あのエナジーたちほどの力を以ってすれば…ね。
他の国へと逃げ延びた者たちが少しはあって技術や文化だけは多少なり伝えたとしても…もし何かの罪によって滅ぼされたと仮定すれば…自分たちが何者かということは伏せておくかも知れないしね…。 」
西沢は自分の考えをまとめるかのように頷きながらそう答えた。
否定されなかったので…亮はちょっと嬉しそうな顔をした。
人類はかつて一度滅びたという説を唱える人が居る。今居る人間たちはその後で新しく発生したものだという。
もし…亮の推測通りにかつて人間の選別が行われていたとしたなら…その理由は何だったのだろう…と西沢は思った。
駅の改札を出て亮とふたり谷川書店へ向かうノエルの背中の方で悦子の呼びかける声が聞こえた。
振り向くと悦子が同じ年くらいの女の子と一緒にノエルたちの後を追っかけてきていた。
「ノエル…美咲ちゃん連れてきたよ…。 」
悦子のすぐ後ろにあの頃より大人びてずっと綺麗になった美咲が立っていた。
先に行ってるから…と言う亮の腕を掴んで引き止めた。
やあ…とノエルは硬い表情のまま声をかけた。
久しぶり…と美咲は答えた。
「元気だった? 身体…大丈夫なの? 怪我の痕とか…? 」
不安げな眼をして美咲が訊ねた。
うん…とノエルは頷いた。
「もう…完璧…心配ないから…。 」
そうなんだ…よかった…ずっと気になってたんだ…。
美咲は嬉しそうに微笑んだ。
「バイト…あるから…さ。 」
ノエルはそう言って背を向けようとした。
「ノエル…また…会えない? 私…まだ…わけ聞いてないよ…。 」
美咲が言うと…ノエルは俯いた。
「事故の後…気分的に冷めちゃっただけ…。 他にわけなんてない…。
もう…四年も前のことだろ…忘れろよ…。 」
ごめんよ…嘘だよ…。 胸の奥で呟いた。
「いい人居るんだろ…? 今更…俺となんか会わない方がいいぜ…。 」
どうしたって言えないんだよ…おまえには…。 胸が痛んだ。
「居ないよ…そんな男…。 別れるなんて…私まだ…返事してないもん。 」
嘘だろ…四年だぜ…。 涙がこぼれそうなのを見られたくなかった。
亮が悦子に眼で合図してノエルの肩を抱いた。
「あのさぁ…美咲ちゃん…。 あのでかいの…亮が今のノエルのカレなのね…。
ノエルさぁ…実は両刀なわけ…。
あなたのこと好きだからさ…ノエル…そのこと言いたくなかったんだよ…。 」
悦子が適当にいい加減なホローをした。
ちょっと待て…なんだそりゃ…とノエルは胸の中で思ったが、取り敢えず涙はぶっ飛んだのでほっとした。
美咲の眼が点になって硬直した。
「事故の…後遺症…だね。 頭打ったんだ…きっと…。
だって…ノエル…私の他にもいっぱい女の子に声かけて遊びまわってたのに…。」
そうなんだよね…思えば…悩み無きいい時代でした…。
小さく溜息をつきながらノエルは亮に身を寄せた。
「ノエル…分かった。 私…決心した…。
その彼のこと認めてあげるから…他に男ならいっぱい作ってもいいから…。
時々会いにくるね…! 」
おい…って…そういう話じゃねぇってぇの!
どうすんだよぉ…この状況…。
別の意味で泣けてきた。
思いがけない美咲の反応に…どうにも気持ちの収拾のつかないまま…ノエルは亮に手を引かれてバイトに向かった。
次回へ
やっぱりこういう仕事には向かない…とつくづく思った。
金井の話ではわりと好評だということだが…こちらがほとんど素人だから気を使ってくれているんだろう。
こんなレポートまったくのご愛嬌で、見る人が見れば襤褸が出るに決まっている。
「う~ん…やっぱり紫苑は格好いい。 」
西沢の部屋で録画したDVDを見ながら英武は満足そうに言った。
このところまったく発作を起こさなくなったので自分でも気が楽になったらしく、陽気な性格にますます磨きがかかっている。
怜雄も英武を抑えなくていいので始終気を張っている必要がなく、その性格のままにのんびりと落ち着いていられるようになった。
西沢にしても長い間の悪夢から開放されて、何を警戒することもなく義理の兄弟たちと一緒に過ごせることが嬉しかった。
「ねえ…超古代って何…? 原人とか恐竜とかの時代のこと…? 」
ふいにノエルが隣に座っている西沢を見上げて訊ねた。
「いや…そういうんじゃなくて…簡単に言うと…歴史としては残っていない一万数千年以上も前の時代の文明のことだ…。
例えば…アトランティス大陸とかムー大陸で栄えた文明のことを言うんだ。
他にもレムリア大陸とかパシフィス大陸なんていうのもある…。 」
西沢はそんなふうに答えた。
えぇ…どこよ…それ…? そんなの教科書に載ってたっけ…?
アメリカだろ…ユーラシアだろ…アフリカだろ…オーストラリアだろ…えっと南極…うっそ~大陸って五個しかないんじゃなかったけ…?
覚え間違いかなぁ…地理…苦手だったからなぁ…ノエルは首を傾げて眉を顰めた。
「あはは…正解だ…。 教科書にはのってないぜ…ノエル。 単なる伝説だ…。
もしかしたら昔あったかも知れないって大陸の話だ。
結構…有名な話なんだぜ…しっかり勉強しなよ…本屋さん。 」
滝川が声をあげて笑った。
歴史も地理も興味ないもん…恐竜なら好きだけどさ…とノエルは口を尖らせた。
「特に知られているのはアトランティスとムーだな…小説や映画なんかでも昔からよく使われる素材だ。
高度な文明を誇っていたらしいんだが…このふたつは同時期に大地震とか大洪水で一夜にして海に沈んだと言われている。
証拠となるもののあまり存在しないこの手の文明は…ただの創作ではないかとも考えられている。 」
怜雄がやや真面目な面持ちで言った。
「紫苑…この海底遺跡も沈んだ大陸と関係あるの…? 」
真剣に画面に映る巨石を見ていた亮が西沢を振り返った。
「分からないんだよ…。 この巨石群は…まだ遺跡とは正式には認められていないし、海が作った自然の造形物だと言う人もいてね。
きちんと測って切り取ったような形の石もあって…これが自然にできたとするとすげえなって逆に思っちゃったね。
ほんと…切り口見るとスコンッて感じだもん…切れたんだか割れたんだか知らないけどさ…。
それと…与那国にはアトランティスやムーが沈んだのと同じような天変地異の伝説が残っているんだそうだ…。 」
そうなんだぁ…でも天変地異が原因ってのは…なにかが滅びる時にはよくある話かもね…。
そう言って亮はまた画面に集中した。
「超古代ってんじゃなくても滅んじゃった国とか居なくなっちゃった民族とかの作った文明って…未だに分からない部分があるよね。
オルメカとかマヤとかさ…まだ何世紀って時代の話で…エジプトだのメソポタミアだのに比べたら比較的新しいのにそれでも解明されてないことがあるんだ。
インカ帝国なんかもそうだよね。」
英武が思い出したように言った。
ましてや…一万年以上も前なんて…何も分からなくて当たり前かもね。
「分からんと言えば…この春は奈良方面へ撮影に出かけてたんだけど…明日香村には変わった巨石がいくつもある。
作られた年代は七世紀くらいだと言われているものもあるけれど…何時誰が何のために作った分からない…ってのもあるんだ。
ひょっとしたらそういうのはとんでもなく古かったりしてな…。 」
そうだな…と滝川の言葉にみんな頷いた。
全部同時代に作ったとは限らんし…。
「日本人は…まあ…メディアが海外の有名な観光スポットである遺跡に眼を向けていることもあって国内の遺跡には疎いところがある。
エジプトのスフィンクスやピラミッドは知っていても、国内のあちこちにに超古代の巨石群があるなんてことは知らない人が多い。
まあ…海外のものに比べればちょっとスケールは小さめだが…。 」
怜雄がチラッと画面に眼をやった。
テレビ画面の中の紫苑が石の絶壁を見上げながら驚嘆の声をあげていた。
「紫苑の見てきた巨石群が本当に遺跡なら…今までの日本の巨石群をはるかに上回るスケールだってことも言えるだろうな。
ムー大陸は太平洋に沈んだって話だからこの巨石群に期待する人も居るだろう。もしも何か証拠になる品の一個でも出ればこれは伝説を事実だと証明できる凄いことになるわけよ。 」
巨石群の背景にある壮大な物語を想像してか怜雄は楽しげに笑みを浮かべた。
「沈んだ大陸の人たちは全部死んじゃったのかな…。
大陸って言うからには相当でっかいわけでしょ? 沈む前に逃げた人…居なかったのかな…? 」
ノエルが不思議そうに訊いた。
「そうだね…長い年月のことだから記録が残る云々は別としても…それだけ繁栄していた民族なら航海もできたろうし…貿易商や船乗りなんかは他の大陸や海へ出ていて生き残った者も居たんじゃないかと思うけどね。 」
西沢がそう答えると滝川はさも可笑しそうにくっくっと笑った。
「だからね…伝説だってば…。 何処の国にでもあるユートピア願望だよ…。
伝わってる話はみんな別の国の人間が残したものなんだ。
私がそのひとりですなんて話は…まったく存在しないんだぜ。
昔々あるところに…ってのばっかりだよ…。 」
Boo~! 夢が無いね~恭介~。
西沢兄弟から非難の声があがって滝川は…なんで~?…と周りを見回した。
「理屈じゃないの…。 そこにそういう大陸があったかも知れない…って想像するだけでわくわくしてくるの…。 そういうもんなのよ~! 」
英武が胸を押さえながら言った。
やめろ…可愛くねぇ…。
「ねえ…紫苑…選別ということは考えられないかな…? 」
亮がぽつりと呟いた。
選別…? みんなの目が一斉に亮に向けられた。
「それは…ある時点で人間の選別が行われたということ? 」
西沢がそう訊くと亮はうん…と頷いた。
「ノアの箱舟伝説があるだろ…。 ソドムとゴモラの滅びた話とかさ…。
洪水やそういった天災による人類の滅びの伝説ってあちらこちらの国に残っているんだって…天罰喰らったってことで…。
例えば大陸があったかどうかは分からないけれど…そういった繁栄した国々があったとして…だよ。
何かの理由で神さまみたいな大きな力を持った者が一旦そこにいた人間を国もろともすっきり片付けちゃって…他の人間を置く。
歴史は繋がってないから…伝説だけが残る…。 そういうことって考えられないかなぁ…。 」
みんなの唇からなんとも言えない唸り声が漏れた。
亮はじっと西沢を見た。
「あるかも…知れないね…あのエナジーたちほどの力を以ってすれば…ね。
他の国へと逃げ延びた者たちが少しはあって技術や文化だけは多少なり伝えたとしても…もし何かの罪によって滅ぼされたと仮定すれば…自分たちが何者かということは伏せておくかも知れないしね…。 」
西沢は自分の考えをまとめるかのように頷きながらそう答えた。
否定されなかったので…亮はちょっと嬉しそうな顔をした。
人類はかつて一度滅びたという説を唱える人が居る。今居る人間たちはその後で新しく発生したものだという。
もし…亮の推測通りにかつて人間の選別が行われていたとしたなら…その理由は何だったのだろう…と西沢は思った。
駅の改札を出て亮とふたり谷川書店へ向かうノエルの背中の方で悦子の呼びかける声が聞こえた。
振り向くと悦子が同じ年くらいの女の子と一緒にノエルたちの後を追っかけてきていた。
「ノエル…美咲ちゃん連れてきたよ…。 」
悦子のすぐ後ろにあの頃より大人びてずっと綺麗になった美咲が立っていた。
先に行ってるから…と言う亮の腕を掴んで引き止めた。
やあ…とノエルは硬い表情のまま声をかけた。
久しぶり…と美咲は答えた。
「元気だった? 身体…大丈夫なの? 怪我の痕とか…? 」
不安げな眼をして美咲が訊ねた。
うん…とノエルは頷いた。
「もう…完璧…心配ないから…。 」
そうなんだ…よかった…ずっと気になってたんだ…。
美咲は嬉しそうに微笑んだ。
「バイト…あるから…さ。 」
ノエルはそう言って背を向けようとした。
「ノエル…また…会えない? 私…まだ…わけ聞いてないよ…。 」
美咲が言うと…ノエルは俯いた。
「事故の後…気分的に冷めちゃっただけ…。 他にわけなんてない…。
もう…四年も前のことだろ…忘れろよ…。 」
ごめんよ…嘘だよ…。 胸の奥で呟いた。
「いい人居るんだろ…? 今更…俺となんか会わない方がいいぜ…。 」
どうしたって言えないんだよ…おまえには…。 胸が痛んだ。
「居ないよ…そんな男…。 別れるなんて…私まだ…返事してないもん。 」
嘘だろ…四年だぜ…。 涙がこぼれそうなのを見られたくなかった。
亮が悦子に眼で合図してノエルの肩を抱いた。
「あのさぁ…美咲ちゃん…。 あのでかいの…亮が今のノエルのカレなのね…。
ノエルさぁ…実は両刀なわけ…。
あなたのこと好きだからさ…ノエル…そのこと言いたくなかったんだよ…。 」
悦子が適当にいい加減なホローをした。
ちょっと待て…なんだそりゃ…とノエルは胸の中で思ったが、取り敢えず涙はぶっ飛んだのでほっとした。
美咲の眼が点になって硬直した。
「事故の…後遺症…だね。 頭打ったんだ…きっと…。
だって…ノエル…私の他にもいっぱい女の子に声かけて遊びまわってたのに…。」
そうなんだよね…思えば…悩み無きいい時代でした…。
小さく溜息をつきながらノエルは亮に身を寄せた。
「ノエル…分かった。 私…決心した…。
その彼のこと認めてあげるから…他に男ならいっぱい作ってもいいから…。
時々会いにくるね…! 」
おい…って…そういう話じゃねぇってぇの!
どうすんだよぉ…この状況…。
別の意味で泣けてきた。
思いがけない美咲の反応に…どうにも気持ちの収拾のつかないまま…ノエルは亮に手を引かれてバイトに向かった。
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