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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第二話 忍び寄る不安)

2006-05-07 18:27:24 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 それを思い出したのはひと月ほど経って金井と偶然…再会した時だった。
お互い急ぎの用事ではなかったので昼飯でも…ということになったのだが、思い出話のついでに金井から妙な話を聞いた。

 磯見の事故を始めとして他の遺跡の撮影でも嫌な事件が相次いだと言う。
撮影クルーも別だし、事故にあった人の国籍も人種も様々だが、岩が崩れたり、波に攫われたり、崖から落ちたりで、入院するほどの怪我をした者も居たらしい。
さすがに不安になったスタッフは全員で御祓いを受けたとか…。
 
 「それがね…みんな何かに引き寄せられるように現場に近付いて行くんだよ。
何を見たんだって訊いても全然覚えてないんだけどね…。 」

 不思議な話さ…と金井は言った。
ふ~ん何だか怖いねぇ…と西沢は何も知らない振りをして相槌を打ったが、あの時…玲人と感じ取った何かの気配は気のせいではなかったのだと確信した。

 そのうち…また何かで一緒に仕事ができたらいいな…と金井は言ったが、それほど頻繁にTVに登場するわけでもない西沢とは…なかなかそういうチャンスは巡ってこないだろう。
近いうちに飲みにでも行こうぜ…などとお互いに口約束して別れた。



 寝室の窓から月明かりが射している。
西沢の帰りをずっと待っていたのか…ノエルがお気に入りの籐のソファの上で猫のように丸くなって居眠りをしていた。
花冷えする季節なのに何も掛けていない。

 風邪引くぞ…ノエル…。
今夜は晩くなるって言っておいたのに…亮の所へ行かなかったのか…。
よっこらせ…西沢は小柄なノエルの身体を抱き上げてベッドへ寝かせてやった。

 西沢がシャワーを浴びて戻ってくると…眠そうに眼を擦りながら身体を半分起こして…紫苑さん…お帰りなさい…と声をかけた。
 
 「亮んち…今夜はお母さんが来てるから…邪魔になると思って…。 
お父さんと正式に…離婚するらしい…。 亮がそう言ってたんだ…。 」

 西沢にとってもそれは…少なからず胸の痛む話だった。
亮の母親…西沢にとっては義理の母にあたる女性には一度も会ったことはない。
 けれど…実父…木之内有とこの女性とが上手くいかなかったのは自分のせいだと心秘かに思っていた。

 生まれてすぐに養子に出された西沢に何の責任があるわけでもなかろうが…自分の存在が有の心に影を落として良好な家族関係を築けなかったのではないかと…そんなふうに考えていた。

 別にそんなことを四六時中気にかけているわけではないが…離婚なんて言葉を聞かされると何となく心に引っ掛かるものがあってどうにも寝つきが悪い…。

 「紫苑さん…結婚しないの? 輝さんと何年も付き合ってるんでしょ? 」

不意にノエルにそう訊かれて西沢はふふんと自嘲気味に笑った。   

 「何度申し込んでも…いつも答えは同じだ…。 輝はこの部屋が…西沢の家が…嫌いだから…ね。 
 今じゃ…プロポーズもただの挨拶みたいなもんさ。 まあ…輝とは…ずっとこんなもんだろうね。 
子供も…あんまり…乗り気じゃないみたいだしさ…。 」

焼きもちだけは…焼くけどな…。

 「可哀想だね…紫苑さん…。 子供好きなのにね…。 
この辺りの幼稚園のお母さんたちとも仲良しでさ…よくイベントに招かれたりしてるじゃない…。 」

 西沢はこの辺りの幼児の間では公園のお絵かき先生で通っている。
公園で写生をしている時などに、近くで遊んでいる子供の絵を描いて気軽にお母さんたちにあげたりしているからだ。

 勿論…お母さんたちは西沢の仕事を知っている。 
イラストレーターとしてもエッセイストとしても結構有名なんだけどぉ…なんと言っても西沢紫苑はもとモデルさんだからねぇ…というわけで見た目ファンも多く、子供会や幼稚園のイベントなんかに借り出されたりしている。

 近所で人気の洋食屋のランチタイムには時々お母さんたちに混じっている西沢の姿があるとかないとか…。

 「ははは…まあね。 お母さんたちが気軽に声かけてくれるんで…たまに…。 
時間に余裕のある時にしか…お付き合いできないけどね…。 」

 お母さんたちを見ながら…西沢は何を思っているんだろう…。 
自殺の道連れに幼い西沢を殺そうとした実母のことか…着せ替え人形のように女装させ続けた養母のことか…。

 「ま…僕はいい加減な男だから…お父さんには向かないかもな…。
輝はそのことよく分かってて子どもは要らないって言うんだろ…きっと。 」

西沢は少しだけ寂しげに笑った。

 「産んであげようかなぁ…。 」

 ノエルが真面目な顔をしてそう呟いた。
えぇ…ノエルが…? 西沢が可笑しそうに聞き返した。

 「それは…ちょっと無理かな…。 ノエルの身体では…器官が幼すぎて赤ちゃんまでは産めないだろう…。 
 ノエルは僕の命を助けるためにつらい思いをして生命エナジーを産んでくれたんだから…それで十分だ。
感謝しているんだよ…。 」

 インターセクシャルであるノエルには確かに女性の器官は存在するが、それはまだ赤ん坊のような段階で、完成度が高いのは男性としての器官の方だ。  
 生まれた時から男性であることには違和感なく、周りも自分も男性だと信じて育ってきているから、女性と見られることには抵抗がある。

 それなのに…何故か西沢に対してだけは両方の意識を向けてくる。
本人はまったく意識してはいないが…時折かなり女性的な行動も見せたりする。
 大好きな親友である亮には女性扱いされたくないのに、西沢には平気で甘えたりもする…女性というよりは子どもに近いのだが…。

 「でも…もし…できちゃったら? 紫苑さん…赤ちゃん欲しい? 」

 西沢は苦笑した。
あんまり真剣な顔で訊くのでからかってみたくなった。

 「そうだね…でも…ノエル…?
そうなったらきみは…お父さんじゃなくてお母さんになっちゃうんだよ…。

 それに…僕の奥さんってことになって…世間からも女性扱いされるよ。
そればかりか…女の子とは恋愛も結婚もできなくなるんだぜ…。

それってノエルにとってすっごく困ることなんじゃないの…? 」

 ノエルはうんうんと頷いた。
ちょっと困るかも…。 

 有り得ないことだけど…100%だめってわけじゃない…人間の身体は時々信じられないような奇跡を起こすから…。

 以前…西沢はノエルにそんなことを言った。
ノエルが西沢の命を救うために、その胎内で亮の生命エナジーと自分の生命エナジーを融合させ、新しい生命エナジーを生み出したのだって十分奇跡だ。

 「ノエルの気持ちは有り難いけど…子供は玩具じゃないんだから…あなたが欲しいなら産んであげます…なんて考えは持たない方がいい。
ノエル自身が心から望んで産むのでなければ…子供が可哀想だろ…。 

輝だって同じだ…輝自身が望むのでなければ…。 」

 西沢の唇が少し震えた…それ以上…話を続けるのを止めた。
望まれなかった子供…それは西沢自身だから…。
ノエルをからかうつもりが…いつの間にか真剣になっていた…。

 西沢が突然黙ってしまったので、ノエルは不安になって身体を起こし西沢の顔を覗きこんだ。 

 「ごめんね…紫苑さん…。 嫌なこと思い出させちゃったんだね…。 」

 気にしなくていいよ…西沢はあっけらかんとした顔で笑った。
その笑顔がノエルにはかえって悲しく見えて胸が痛んだ。 慰めるように軽くキスして西沢の身体に身を寄せた。
 子供っぽくて甘えん坊だけれど繊細で心優しいノエル…。
その肌の温もりがゆっくりと伝わってきて…だんだんと西沢の瞼を重たくさせた。



 テーブルの上の美しい食器類に盛られた数々の料理が招待客の舌を満足させ、称讃の言葉が主の気持ちをも満足させた。
 出窓の籠に活けられた可憐な花々…テーブルクロスや食器・食材に至るまで春を演出する主の気配りが心憎いほど感じられた。

 「さすがは紅村先生…この心配りは僕にはとてもまねできません。 」

西沢に言われて旭はほんの少し頬赤らめた。

 「仕事柄…少し季節に敏感というだけです…。
お料理などは西沢先生や滝川先生もお得意ではありませんか…。
 この間ご馳走になった独活と青柳のぬたなど…とても美味しゅうございました。
分葱と味噌の風味がいい具合に利いていて…。 それに蕗や筍の煮物も…。 
どこかでお勉強なさいました? 」

 とんでもない…と西沢は肩を竦めて滝川の方を見た。
ふたりとも見よう見まねで覚えただけで…。

 撮影旅行から戻ってほとんど日をおかず、旭に頼まれたパネルディスカッションに参加した西沢は、その後でわざわざ自宅までお礼に来てくれた旭に、いつものいい加減な手料理をご馳走したのだった。
 ちょうど帰ってきていた滝川と一緒にああだこうだと騒ぎながら調理する様子を旭は可笑しげに眺めていたのだが、料理の味自体には満足したようだった。

 「いやあ…お恥かしい…。 
あの時はたまたま…下拵えがしてあったのでよかったんですが…そうじゃなかったら…とてもお出しできるようなものがありませんでしたよ。 」

滝川はそう言って笑った。

 食事を終えると旭は見苦しくないように使われた食器だけは手早くさげておいて、食後のコーヒーを淹れた。

 「そう言えば…先ごろ…少し気になることがあったんですよ…。
しばらく前に春の探勝会に招かれまして飛騨へ行って参ったのですが…参加者の中であわやダムに落ちそうになった方が居りましてね。

 その方…特にお身体が悪いわけでもなく、それまでとてもお元気にしてらしたのに急にぼんやりとなさって…そう…何処か遠くを見るような眼をしてダムの柵を越えようとされたんです。

 みんなで慌てて支えて事なきを得たんですが…でもご本人は何があったのか覚えてもらっしゃらなくて…。 」

 西沢は思わず滝川と顔を見合わせた。
流星群を撮影に行った後、一旦、戻ってきていた滝川は春の古都を撮影するために今度は奈良方面へ出かけて行ったのだが…やはり旭と同じような体験をしていた。
 滝川は離れたところに居たので…その時はそそっかしい人も居るもんだと気にも留めなかったのだが…帰ってきて西沢から海での出来事や金井のしていた話を聞いて…あれもそうだったのか…と思っていたところだった。

 同じような事件があちらこちらで起きている。
西沢の周りでまた何か得体の知れないものが動き始めた。

 悪夢は再び繰り返されるのか…。
名状し難い不安のようなものが彼等の心に忍び寄っていた…。
 






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