何かがおかしい…西沢たちが感じたような漠然とした不安は、他の能力者たちにもまったくないわけではなかった。
ただ…能力者が次々狙われるとか、人類存続の危機とか、何れ自分に必ず関わってくることが明白な場合とは違い、話題にはなっても、だからどうするという動きにまでは至らなかった。
どう見ても事故以外に考えられない話だから…気の毒だねぇで終わってしまうのが普通と言えば普通で…。
西沢にしてもどこか異常だとは感じていても何がどう異常かと問われれば答えに窮する。
何しろ被害者は自分で落っこちたり、溺れたりしているのであって、何かに引っ張られたとか、誰かに突き落とされたとか、霊に憑依されたとかいうわけではなさそうなのだ。
引っ掛かるのは…その人たちが被害に遭う前に何かを見ていた…ということ。
その何かが彼等に危ない一歩を踏み出させる事態を招いたということだ。
その時見ていたもの…それを探るために西沢は金井を飲みに誘い…そう言えばこの間ボートから落っこちちゃった磯見くんはどうしてる…?などと言葉巧みに磯見を同行させるように仕向けた。
勿論…磯見ひとりだけでは妙に勘繰られても困るのでみんなにも声をかけてよ…なんて付け加えたりしておいて…。
金井は数人のスタッフとともに約束の店に現れた。
磯見も一緒に来ていた。
どこと言って変わった様子もなく事故が起こる前のままの明るい青年だった。
金井とは会っているものの他のスタッフとは久しぶりなので撮影の時の思い出話で酒席は大いに盛り上がった。
その後いろいろ大変だったという話を誰からともなく始め、磯見は怪我がなくてほんとよかったよなぁ…とスタッフのひとりが感慨深げに言った。
いやぁ…あの時のことはまったく覚えてないんだよねぇ…と磯見がいかにも不思議そうな顔をした。
磯見…紫苑にゃちゃんと礼をしとけよ…なんて冗談っぽく笑いながら金井が磯見の肩を叩いた。
ほど良く酔いがまわった頃、突然…頼んでいない料理が席に運ばれてきた。
怪訝そうな顔をするみんなの前に英武が姿を現した。
「おや…英武…来てたの…? これは僕のすぐ下の弟で英武というんだ。 」
どうも…シオンがいつもお世話になっています…と英武はぺこっと頭を下げた。
へぇ…弟さん…やっぱり外人っぽい顔で身体もでかいなぁ…と誰かが言った。
紫苑とこはみんな大柄なの?
そう…兄貴なんか僕よりでかいし…もうひとりの弟も結構でかいよ。
西沢はそう言って笑った。
弟くんはモデルじゃなかったの…?
お声がかからなかったんで…僕って超イケメンでしょ…服が目立たないからぁ…。
ぷぷ~っと誰かが噴き出した。つられてどっと笑いが起こった。
いやあ…確かにイケメン…確かに。 なかなかのイケメンくんだ。 あはは…。
西沢に負けないくらい人懐っこくて陽気な英武に座はすぐに和んだ。
西沢はスタッフの名前を紹介した。英武は笑顔でひとりひとりと握手を交わした。
「で…この人が磯見くん…。 」
よろしく…と握手を交わして英武は磯見の顔を見つめた。
ひと通り挨拶を終えると自分が振舞った料理を勧め…それじゃ…あちらに連れが居りますのでこれで…などと愛想良く去っていった。
弟くん…なかなか好青年じゃないの…と金井が言った。周りが同意して頷いた。
伝えとくよ…と西沢は満更でもなさそうに微笑んだ。
10分ほど前から谷川書店の前を行ったり来たりしながら時折溜息をついている男が居た。
新人サラリーマン風のその男はガラス越しに店の中を覗いては入ろうかやめようかと迷っているふうだった。
なんかのセールスで回っている人かな…?と亮は思った。
セールスマンに向かない新人が勧誘に来たのに声をかけられずに困っている…そんな感じだった。
さんざん迷ったあげく、サラリーマンくんは店の中へ入ってきた。
いらっしゃいませ…と亮が声をかけるとおずおずと近寄ってきた。
「あのう…高木くんは…高木ノエルくんはいらっしゃるでしょうか…?
僕…三宅といいます。 」
みやけ…ああ…美咲ちゃんのカレじゃないの…。
「ノエルなら…今日は早番なのでさっき帰りましたけど…。
住んでるとこ…すぐそこだから呼びましょうか? 」
えっ…いや…わざわざでは悪いので…。
なに…構わないと思いますよ。 そう言うと亮は携帯を取り出した。
三宅が恐縮する間もなく、ものの数十秒でノエルが現れた。
早っ…どこにいたの…?と亮が訊いた。 ブランカ…悦ちゃんの新作料理の味見。
「あの…高木くん…? 」
はい…とノエルは答えた。
美咲の男が…いったい何の用だろう…と思いながら…。
話があるというのでノエルは三宅を連れてブランカに戻ることにした。
ノエルたちがブランカに到着する数十秒の間に悦子のもとには亮から…あとよろしく…っと連絡が行っていた。
他の客から目に付かない席にノエルは三宅を案内した。
三宅は落ち着かない様子でずっと無言だったが悦子が注文を訊きに来るとやっとこさ口を利いた。
「何…さっきからブルってんの? 」
ノエルは不審げに訊ねた。
「あ…いや…別に…。 えっと…僕は三宅一也と言って…あの…美咲の…。 」
知ってるよぉ…そんなこと…ノエルは笑った。
「きみの同窓生の佐々くんから…きみが通夜や葬儀に出てくれたって聞いた…。
誰かが僕と美咲がちょっと前に喧嘩してたって話してたから…きみが疑ってるかも知れない…なんて佐々くんに言われたんで…。
僕が美咲を突き落としたわけじゃ…絶対ないから…。 」
はぁ? 何言ってんだこいつ…? 佐々にからかわれたの本気にしたのか?
そんで会いに来たってわけ…?ノエルは唖然とした。
「俺が仕返しでもするんじゃないかってブルってたわけ?
馬鹿馬鹿しい。 あれは事故だってちゃんとテレビでも言ってんじゃん。
それにさぁ…俺…もう美咲の男じゃないんだし…何でいまさら仕返しに出張らなきゃいかんわけ? 」
そう言われても…と三宅は項垂れた。
佐々のやつ相手を考えろよな…こんなくそ真面目な男にあほな冗談かまして…。
「あ…そうか…あんた一年の時の俺しか見てないんだ…。
ははあ…あの頃…相当悪餓鬼だったからな俺…そんでびびっちゃってんだ。
大丈夫だって…根も葉もないことに因縁つけるようなまねはしないってば…。 」
今は随分と良い子にしてるからさ。 滅多に暴れたりしないし…。
そう言ってノエルはにっこりと笑ったが三宅から完全に警戒心を取り除くまでには至らなかった。
けれどもノエルに敵意がないことだけは分かったらしく、鞄の中からごそごそと何やら写真のフォルダーみたいな物を取り出した。
「もうひとつ…きみに話したいことがあるんだ…。
どう言っていいか分からないけど…ちょっと不可解なことがあって…。
これ…美咲が最後に撮ってた写真…。 葦嶽山と鬼叫山で撮ったもの。
なんてことない風景写真だけど…。
カメラ…不思議とあんまり壊れてなくって…残ってた。 」
ふうん…とノエルはフォルダーを手にした。
16枚ほどの写真が収められていた。 どれも遠過ぎたり…部分だけだったり…。
美咲…相変わらず写真撮るの下手だなぁ…。
最後の一枚は…美咲が落ちる直前に撮ったもの…。上から下にある巨石を覗いて撮ったらしい写真だ…。
おそらく美咲はもう一度同じ場所を撮ろうとして足を踏み外したんだろうが…この写真と同じものを…どうしてわざわざ撮り直そうとしたんだろう?
動かない石相手で…同じ場所からの撮影じゃ…一~二分の間に何枚撮ったって何の変化もないはずなのに…落ちるほど身を乗り出してまで…。
「その最後の写真を撮った後に妙なことを言ったんだ…。
下に面白い格好をした人たちが居るって…お祭りだろうか…って。
美咲は多分その人たちの様子をもう一枚写すつもりだったんだろうけれど…もし本当に人が居たならその写真にも写っている筈なんだ。
落ちてすぐに僕は下を覗いたけれど美咲の姿の他には何も見えず、もし下に人が居たなら落ちた美咲を見て声のひとつも立てるだろうに…それもなかった。
僕の近くには登山中の人がふたりほど居て…一緒に美咲のところまで駆け下りてくれたけれど…。 」
ノエルはもう一度…最後の写真を見た。お祭り装束の人の姿なんて何処にも写ってない…。
美咲は…何を見ていたんだろう?
「どうにも説明がつかなくて…ひとりで考えていてもやりきれなくて…。
だけど…僕の気持ちは…多分…誰にも分かって貰えないだろうし…。
事故当時に周りの人にも話してみたけど…何かの見間違いじゃないかって…そうじゃなければ僕の聞き間違いだろうって…言われた。
佐々くんに話を聞いて…ちょっと不安だったけど…きみなら少しは分かってくれるかもしれないって…。 」
三宅は縋るような眼でノエルを見た。
年上の三宅に縋られても困るんだけど…とノエルは思った。
「これ…借りてっていいか…? 知り合いに写真のプロが居るんだ。
どこかおかしくないか視て貰ってやるよ…。
けど…ざっと見た限りじゃ写真におかしなところはねぇけどな。 」
ノエルが突き放さなかったので三宅は少しほっとした。
「有難う…。 一緒にネガが入ってるから…。
ひとりで…どうしようかと悩んでたんだ…。 」
まるで大親友にでも出会ったかのような笑みを見せた。
何…期待してんのか知らねぇけどさ…甘ったるい顔見せんじゃねえよ…。
「あのさ…俺…別にあんたのために調べてやろうってんじゃないから…。
別れた女でもさ…あいつ可愛いやつだったからさ…ちょっと供養のつもり…。
言っとくけど…何も分からん可能性の方が大きいんだから…期待して貰っちゃ困るんだけど…。 」
ノエルはそう釘を刺したが三宅はそれでも嬉しそうな顔をしていた。
よっぽどみんなに相手にされなかったんだろう…。
「きみってもっと怖い人かと思ってた…。 佐々くんの話とは随分違うね…。」
安心し切ったように三宅は笑った。
まるで気のあった友だちとお茶を楽しんでいるような雰囲気で…。
「佐々の…言うことの方が正しいぜ…。 俺はあんたのお友だちじゃねぇ…。
美咲が生きてりゃ…女挟んでの敵同士だってこと忘れんな…。
あんまり…馴れ馴れしいとその真面目くさった面の首根っことっ捕まえてトマトにするぞ…。 」
ノエルの両の瞳が獣のように光った。三宅の背筋に冷たいものが走った。
子猫の振りをした豹…と佐々は三宅に言っていた。
いい子にしてるんだから今は…僕を怒らせないでくれる…?
ノエルは甘ったるい声で囁き…魔物のような笑みを浮かべた…。
次回へ
ただ…能力者が次々狙われるとか、人類存続の危機とか、何れ自分に必ず関わってくることが明白な場合とは違い、話題にはなっても、だからどうするという動きにまでは至らなかった。
どう見ても事故以外に考えられない話だから…気の毒だねぇで終わってしまうのが普通と言えば普通で…。
西沢にしてもどこか異常だとは感じていても何がどう異常かと問われれば答えに窮する。
何しろ被害者は自分で落っこちたり、溺れたりしているのであって、何かに引っ張られたとか、誰かに突き落とされたとか、霊に憑依されたとかいうわけではなさそうなのだ。
引っ掛かるのは…その人たちが被害に遭う前に何かを見ていた…ということ。
その何かが彼等に危ない一歩を踏み出させる事態を招いたということだ。
その時見ていたもの…それを探るために西沢は金井を飲みに誘い…そう言えばこの間ボートから落っこちちゃった磯見くんはどうしてる…?などと言葉巧みに磯見を同行させるように仕向けた。
勿論…磯見ひとりだけでは妙に勘繰られても困るのでみんなにも声をかけてよ…なんて付け加えたりしておいて…。
金井は数人のスタッフとともに約束の店に現れた。
磯見も一緒に来ていた。
どこと言って変わった様子もなく事故が起こる前のままの明るい青年だった。
金井とは会っているものの他のスタッフとは久しぶりなので撮影の時の思い出話で酒席は大いに盛り上がった。
その後いろいろ大変だったという話を誰からともなく始め、磯見は怪我がなくてほんとよかったよなぁ…とスタッフのひとりが感慨深げに言った。
いやぁ…あの時のことはまったく覚えてないんだよねぇ…と磯見がいかにも不思議そうな顔をした。
磯見…紫苑にゃちゃんと礼をしとけよ…なんて冗談っぽく笑いながら金井が磯見の肩を叩いた。
ほど良く酔いがまわった頃、突然…頼んでいない料理が席に運ばれてきた。
怪訝そうな顔をするみんなの前に英武が姿を現した。
「おや…英武…来てたの…? これは僕のすぐ下の弟で英武というんだ。 」
どうも…シオンがいつもお世話になっています…と英武はぺこっと頭を下げた。
へぇ…弟さん…やっぱり外人っぽい顔で身体もでかいなぁ…と誰かが言った。
紫苑とこはみんな大柄なの?
そう…兄貴なんか僕よりでかいし…もうひとりの弟も結構でかいよ。
西沢はそう言って笑った。
弟くんはモデルじゃなかったの…?
お声がかからなかったんで…僕って超イケメンでしょ…服が目立たないからぁ…。
ぷぷ~っと誰かが噴き出した。つられてどっと笑いが起こった。
いやあ…確かにイケメン…確かに。 なかなかのイケメンくんだ。 あはは…。
西沢に負けないくらい人懐っこくて陽気な英武に座はすぐに和んだ。
西沢はスタッフの名前を紹介した。英武は笑顔でひとりひとりと握手を交わした。
「で…この人が磯見くん…。 」
よろしく…と握手を交わして英武は磯見の顔を見つめた。
ひと通り挨拶を終えると自分が振舞った料理を勧め…それじゃ…あちらに連れが居りますのでこれで…などと愛想良く去っていった。
弟くん…なかなか好青年じゃないの…と金井が言った。周りが同意して頷いた。
伝えとくよ…と西沢は満更でもなさそうに微笑んだ。
10分ほど前から谷川書店の前を行ったり来たりしながら時折溜息をついている男が居た。
新人サラリーマン風のその男はガラス越しに店の中を覗いては入ろうかやめようかと迷っているふうだった。
なんかのセールスで回っている人かな…?と亮は思った。
セールスマンに向かない新人が勧誘に来たのに声をかけられずに困っている…そんな感じだった。
さんざん迷ったあげく、サラリーマンくんは店の中へ入ってきた。
いらっしゃいませ…と亮が声をかけるとおずおずと近寄ってきた。
「あのう…高木くんは…高木ノエルくんはいらっしゃるでしょうか…?
僕…三宅といいます。 」
みやけ…ああ…美咲ちゃんのカレじゃないの…。
「ノエルなら…今日は早番なのでさっき帰りましたけど…。
住んでるとこ…すぐそこだから呼びましょうか? 」
えっ…いや…わざわざでは悪いので…。
なに…構わないと思いますよ。 そう言うと亮は携帯を取り出した。
三宅が恐縮する間もなく、ものの数十秒でノエルが現れた。
早っ…どこにいたの…?と亮が訊いた。 ブランカ…悦ちゃんの新作料理の味見。
「あの…高木くん…? 」
はい…とノエルは答えた。
美咲の男が…いったい何の用だろう…と思いながら…。
話があるというのでノエルは三宅を連れてブランカに戻ることにした。
ノエルたちがブランカに到着する数十秒の間に悦子のもとには亮から…あとよろしく…っと連絡が行っていた。
他の客から目に付かない席にノエルは三宅を案内した。
三宅は落ち着かない様子でずっと無言だったが悦子が注文を訊きに来るとやっとこさ口を利いた。
「何…さっきからブルってんの? 」
ノエルは不審げに訊ねた。
「あ…いや…別に…。 えっと…僕は三宅一也と言って…あの…美咲の…。 」
知ってるよぉ…そんなこと…ノエルは笑った。
「きみの同窓生の佐々くんから…きみが通夜や葬儀に出てくれたって聞いた…。
誰かが僕と美咲がちょっと前に喧嘩してたって話してたから…きみが疑ってるかも知れない…なんて佐々くんに言われたんで…。
僕が美咲を突き落としたわけじゃ…絶対ないから…。 」
はぁ? 何言ってんだこいつ…? 佐々にからかわれたの本気にしたのか?
そんで会いに来たってわけ…?ノエルは唖然とした。
「俺が仕返しでもするんじゃないかってブルってたわけ?
馬鹿馬鹿しい。 あれは事故だってちゃんとテレビでも言ってんじゃん。
それにさぁ…俺…もう美咲の男じゃないんだし…何でいまさら仕返しに出張らなきゃいかんわけ? 」
そう言われても…と三宅は項垂れた。
佐々のやつ相手を考えろよな…こんなくそ真面目な男にあほな冗談かまして…。
「あ…そうか…あんた一年の時の俺しか見てないんだ…。
ははあ…あの頃…相当悪餓鬼だったからな俺…そんでびびっちゃってんだ。
大丈夫だって…根も葉もないことに因縁つけるようなまねはしないってば…。 」
今は随分と良い子にしてるからさ。 滅多に暴れたりしないし…。
そう言ってノエルはにっこりと笑ったが三宅から完全に警戒心を取り除くまでには至らなかった。
けれどもノエルに敵意がないことだけは分かったらしく、鞄の中からごそごそと何やら写真のフォルダーみたいな物を取り出した。
「もうひとつ…きみに話したいことがあるんだ…。
どう言っていいか分からないけど…ちょっと不可解なことがあって…。
これ…美咲が最後に撮ってた写真…。 葦嶽山と鬼叫山で撮ったもの。
なんてことない風景写真だけど…。
カメラ…不思議とあんまり壊れてなくって…残ってた。 」
ふうん…とノエルはフォルダーを手にした。
16枚ほどの写真が収められていた。 どれも遠過ぎたり…部分だけだったり…。
美咲…相変わらず写真撮るの下手だなぁ…。
最後の一枚は…美咲が落ちる直前に撮ったもの…。上から下にある巨石を覗いて撮ったらしい写真だ…。
おそらく美咲はもう一度同じ場所を撮ろうとして足を踏み外したんだろうが…この写真と同じものを…どうしてわざわざ撮り直そうとしたんだろう?
動かない石相手で…同じ場所からの撮影じゃ…一~二分の間に何枚撮ったって何の変化もないはずなのに…落ちるほど身を乗り出してまで…。
「その最後の写真を撮った後に妙なことを言ったんだ…。
下に面白い格好をした人たちが居るって…お祭りだろうか…って。
美咲は多分その人たちの様子をもう一枚写すつもりだったんだろうけれど…もし本当に人が居たならその写真にも写っている筈なんだ。
落ちてすぐに僕は下を覗いたけれど美咲の姿の他には何も見えず、もし下に人が居たなら落ちた美咲を見て声のひとつも立てるだろうに…それもなかった。
僕の近くには登山中の人がふたりほど居て…一緒に美咲のところまで駆け下りてくれたけれど…。 」
ノエルはもう一度…最後の写真を見た。お祭り装束の人の姿なんて何処にも写ってない…。
美咲は…何を見ていたんだろう?
「どうにも説明がつかなくて…ひとりで考えていてもやりきれなくて…。
だけど…僕の気持ちは…多分…誰にも分かって貰えないだろうし…。
事故当時に周りの人にも話してみたけど…何かの見間違いじゃないかって…そうじゃなければ僕の聞き間違いだろうって…言われた。
佐々くんに話を聞いて…ちょっと不安だったけど…きみなら少しは分かってくれるかもしれないって…。 」
三宅は縋るような眼でノエルを見た。
年上の三宅に縋られても困るんだけど…とノエルは思った。
「これ…借りてっていいか…? 知り合いに写真のプロが居るんだ。
どこかおかしくないか視て貰ってやるよ…。
けど…ざっと見た限りじゃ写真におかしなところはねぇけどな。 」
ノエルが突き放さなかったので三宅は少しほっとした。
「有難う…。 一緒にネガが入ってるから…。
ひとりで…どうしようかと悩んでたんだ…。 」
まるで大親友にでも出会ったかのような笑みを見せた。
何…期待してんのか知らねぇけどさ…甘ったるい顔見せんじゃねえよ…。
「あのさ…俺…別にあんたのために調べてやろうってんじゃないから…。
別れた女でもさ…あいつ可愛いやつだったからさ…ちょっと供養のつもり…。
言っとくけど…何も分からん可能性の方が大きいんだから…期待して貰っちゃ困るんだけど…。 」
ノエルはそう釘を刺したが三宅はそれでも嬉しそうな顔をしていた。
よっぽどみんなに相手にされなかったんだろう…。
「きみってもっと怖い人かと思ってた…。 佐々くんの話とは随分違うね…。」
安心し切ったように三宅は笑った。
まるで気のあった友だちとお茶を楽しんでいるような雰囲気で…。
「佐々の…言うことの方が正しいぜ…。 俺はあんたのお友だちじゃねぇ…。
美咲が生きてりゃ…女挟んでの敵同士だってこと忘れんな…。
あんまり…馴れ馴れしいとその真面目くさった面の首根っことっ捕まえてトマトにするぞ…。 」
ノエルの両の瞳が獣のように光った。三宅の背筋に冷たいものが走った。
子猫の振りをした豹…と佐々は三宅に言っていた。
いい子にしてるんだから今は…僕を怒らせないでくれる…?
ノエルは甘ったるい声で囁き…魔物のような笑みを浮かべた…。
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