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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第十二話 認めたくない自分…。)

2006-05-27 18:14:28 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 目の前に聳え立つカジュアル・ウェア専門店…ノエルは扉の前で一歩踏み出せないでいた。
 いつもなら先頭に立って進んでいくノエルがこんなに躊躇いを見せたのは初めてのことだ。
西沢はそっと背中を押すようにして店の中へと導いた。

 店の中に入った途端…隠れるように西沢の背中に回って、西沢の陰からおどおどとあたりを見回した。
 扉を抜けるか抜けないうちから店内を隈なく見回して、めぼしいものを物色し、頭の中で商品をコーディネートして楽しんでいる亮とは大違いだ。

 「おや…お揃いで…。 」

 レジの方で聞いたような声がした。
玲人がにこにこ笑いながらカウンターの向うから出て来た。

 「ここ…玲人さんのお店だったの? 」

亮が驚いたように訊ねた。

 「さいで…。 但し…オーナーってだけのことですがね…。 
実際には…ここの店長ジェイが全部取り仕切ってくれてますよ…。 」

玲人は店の真ん中辺りにいる茶髪のお兄さんを指差した。

 相庭も玲人も西沢のエージェントとか繋ぎやとか呼ばれてはいるが、相庭一族はもともと多方面に亘って手広く商売をしている。
 女性陣がパブや喫茶店などの経営を任されているのと同様に男性陣にもそれぞれの役どころが割り当てられていた。

 相庭が西沢家の傘下に入る手段として使ったのがアパレル系の繋がりだった。
西沢が赤ん坊のうちからモデルをさせられていたのも、西沢家の系列に服飾系の企業があったからで、この店も西沢系列との取引がある。

 相庭家は西沢家とは同族ではないから傘下に入ったといっても付かず離れずといった立場をうまく維持している。  
 西沢家も相庭家を完全に取り込んでしまうような…そんな危険なことは考えてはいない…後ろにどんな怖いものが付いているかも分からないのに…。

 「亮…好きなの何着か選んでおいで…お財布の心配はしなくていいよ。
ノエル…きみもだ…気に入ったものがあれば好きなだけ持っておいで…。 」

 しがみついているノエルに西沢は声をかけた。
ノエルは今にも泣き出しそうな眼で西沢を見上げた。

 「僕は…僕はいい…。 いま持ってるので…十分…。 」

 消え入りそうな声で言った。
西沢は穏やかに微笑みながら、しがみついているノエルの手をはずし、静かにノエルと向き合った。

 「これは仕事だよ…ノエル。 ただのバイトでもきみはモデルさんでしょ。
新しい商品を選んでコーディネートして着るのもきみにとっては仕事なの。
 古いものを大事にするのはいいけれどモデルは人に見られる仕事なんだからね。
たとえプロになるわけじゃなくても自分から商品価値を落としちゃだめさ。 」

 仕事…? 
ノエルは店内を見回した。結構…人気のある店らしく平日なのに賑わっている。
 品揃えも良さそうだ。
もう一度西沢を見た。そのまま写真に納まっても十分雑誌に載せられる。
 仕事かぁ…。
ノエルはゆっくりと商品の方へ向かった。

 正直…西沢はほっとした。
どんなに西沢が言葉巧みに説得してもノエルが梃子でも動かなかったらどうすることもできない。
 ノエルは父親から…男は仕事ができてなんぼのもん…と叩き込まれて育っているから仕事という言葉にはわりと敏感に反応する。

 高木ノエルが自分の服を買いに行けなくても…モデルノエルなら仕事と割り切って服を買う気になるかもしれない…。
 取っ掛かりは何でもいいんだ…。 とにかく前進できれば…。
少しでも苦痛を軽減できれば…。

 「先生…ノエル坊やにはジェイを付けておきますから大丈夫ですよ。
坊やにばかり眼を向けていないで…先生も何かご覧になっては如何ですか…? 」 
 西沢があんまり真剣な顔でノエルの姿を追っているので、玲人は可笑しそうに声をかけた。

 「相変わらず…商売上手だねぇ…玲人…。 
いいだろう…ちょっと販促のお手伝いをしてやるよ…。 」

 

 結果的に…両手に大袋抱えて帰宅したのだから…ノエルに少しだけ免疫をつけた形にはなる。
 後は…ひとりでも買い物に出かけるようになればしめたものなのだが…まだ当分は根気よく連れ出すしかなさそうだ。
 
 亮は普段から買い付けているだけあって、枚数こそ少ないがこれと思うものを選んでいる。
 
 「なに…亮…それだけ…? 遠慮しなくていいって言ったのに…。 」

 遠慮じゃないよ…。 必要なものだけ買わせて貰ったんだ…。 有難う…紫苑。
亮は嬉しそうにお礼を言った。

 ノエルはと言えば…幾つかは自分の好みで選んだものの…あれやこれやジェイの推奨品をどっさり上乗せされたようで…西沢に余計な出費をさせて申し訳なさそうな顔をしていた。

 「でも…全部気に入ってるんだろ? なら…別にいいじゃないか…。
そんなに気を使わなくていいんだよ…ノエル。 
 僕が好きなだけ買えと言ったんだから。 
金なんて他に使うあてもないんだ。 僕の道楽だと思ってくれていいよ。 」

 西沢はそう言って笑った。
マンションは西沢家の所有だし…ひとり暮らしだし…使うことと言ったらスポーツクラブと生活費…時折…友だちと飲む他は…輝と食事をするくらいで…。

 何処へ行くわけでもなく…それほど大きなものを買うわけでもない…。
書籍と…仕事がら服飾には金をかけるけど…それもたいした数じゃない…。

 鳥籠の紫苑はごくごく平凡に暮らしている。贅沢する必要がないから…。
好きな絵さえ描いていられれば幸せ…そんなふうに生きている。

 久しぶりに買った服…さんざ躊躇っていたわりにはひとつひとつ眺めて嬉しそうにしているノエルを見ると…西沢は胸が痛んだ。

 欲しくなかったわけじゃない…おそらく四年もの間…ノエルは自分を受け入れることができないままでいたんだ…。
新しいものを手に入れたことで少しでも気持ちが変わってくれればいいんだが…。
西沢は切にそれを願った。

 しかし…西沢の願いも虚しく…翌朝からはもっと大変だった。
買ったはいいけど…着られない…。
 着よう…とは思うのか…ひと揃えセットしておいてあるのだが…手が出せない。
クローゼットを覗いて溜息を吐きながらも…今までの服で出掛けて行った。

 二日目までは黙って見守っていたが…三日目の朝には西沢がもう一度背中を押してやることにした。

 「ノエル…きみが新しい服を着てってくれると店の広告になるんだよ。
誰かに聞かれたら玲人の店を紹介して…。
 玲人の店も西沢の系列と取引があるんだ。
少しでも売れた方がうちも儲かるんで…そのお手伝いだと思ってさ…。 」

 西沢にそう促されてノエルは…仕事…を思い出した。
そうか…誰かに見て貰わないとモデルは仕事にならないんだっけ…。
うん…とノエルは頷いてようやく新しい服に身を包んだ。

 
 
 「あの文書は…裁きの一族だけじゃなくて…他の一族にも届けられていたよ。
各地域の中でも特に有力と目される一族宛に送られているようだ。
案外…西沢の祥さんあたりも受け取っているかもしれないよ…。 」

 滝川家の情報網を使って調べたところによれば…それを悪戯と見るか警告と捉えるかはその一族によって意見が分かれており、妙な事件が起きている地域では警告よりもむしろ噂を悪用した悪戯と捉えている。

 「少なくとも…相手も相当なレベルの能力者に違いない。
こちらの程度が読めるんだから…。 
 振り込め詐欺ならともかく…逆に金を使って相当な部数の文書を送っているとなると…ただの悪戯とも思えないんだけどな…。 」

 そう言いながら滝川は分かっただけの文書の送付先をまとめた名簿を見せた。
名簿を隈なく見たところで書かれている家門の名前が本物かどうかは西沢には分からない。
 族姓を成す能力者集団は、相手がたとえ同じ能力者であっても自分たちの正体を明かさないのが普通だ。
 ガードの堅いそうした一族と全国レベルで族間交流を持ち得る滝川家は極めて特殊な存在と言える。

 勿論…裁きの一族の御使者である西沢も、お務めであれば何処の一族とでも交流を持つことができる。
 しかし…個人では相手の方が受け入れないだろう。
同じ御使者でも西沢の実父である木之内有クラスになれば…話は別だが…。

 「いろいろ検索してはみたんだけど…ほとんどの罪人は追放されたんじゃなくて町ごと…或いは国ごと…さらには大陸ごと…滅ぼされちゃってんだよね。
 つまり…死んじゃってるわけだから戻っては来れないはずなんだ…。
矛盾してるだろ…? 」

お手上げ…とでも言いたげに西沢は大きく溜息を吐いた。
 
 「大陸の外に逃げた人は居なかったのかって亮が言っていたが…万が付くほど前の時代となると海外との交易は考え難い…みたいなんだよね…。

 僕はまったく可能性がないわけではないと思っているんだ。
ノアの箱舟なんかから考えると…巨大な船を造る技術があった…と思えてくる。
それに…もうひとつ…。 」

西沢がそう言った時…滝川はにやっと笑った。

 「アメノウキフネか…? いや…そこまでは考えられんぞ…。
いくら何でも空は飛べないだろう…一万年以上も前の話だぜ…。 」

 それは有り得んだろう…と滝川は重ねて否定した。
そう思うかぁ…? 西沢も笑い顔を見せた。

 「だってさぁ…。 現代文明よりもはるかに高度な文明が存在したとして…そいつが何らかの原因で滅んだと考えたらどうよ…。
その文明を滅ぼした罪人たちは地球を追われて宇宙へ逃げちゃったとかさ…。 」

無い無い…それは絶対無い…声を上げて滝川が笑い出した。

 「そんなのSFの世界じゃあるまいし…万が一そんなことがあったとしたら、何か痕跡があるはずだぜ…。 
 少なくとも伝説では僅かながら生き残ったやつもいるんだしさ。
何にも伝わってないんだぞ…人間の驕りを諌める言い伝え以外はな…。
それとも…文明と名の付くものは全部が全部海に沈んじまったってのか…? 」

 恭介…恭介…文明なんて…人間の作り出すものなんて脆いもの…万の付く年月の間には埋もれ朽ち果ててしまうものなんだぜ…。
 残るのは地球の生み出した石ばかり…。 
そういう点では…恐竜の骨の方が…まだましだ…。 

 西沢はふと石の記憶が読めないか…と考えた。
桂が土地の記憶を読んだのなら…石の記憶も読むことができるはずだ…と…。
 が…思い直した。
たとえ読めたとしても…それはその場所でのその石の記憶に過ぎない…。
 失われたものの記憶はそれぞれの場所で異なる…。
地下深く眠っているものもあれば…とんでもなく深い海のそこに沈んでいるものもある…。
いくら西沢でも…世界中の石に訊いて回ることなんてできやしないんだから…。






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