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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第六話 親心)

2006-05-16 00:03:03 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 美咲の葬儀が終わるや否やまた嫌な季節がやってきた。
今年は春らしい春がなくて桜も咲いたかと思えばすぐに風雨に散らされた。
 三・四・五月と雨が続いたあげくの梅雨入りで何時そうなったかも分からないくらいだった。
 エアコンをかけても書店の中には湿った空気が籠もって独特の紙の匂いがする。
亮はお客の雨傘の滴で本が傷んでいないかを調べて回った。

 ここでバイトを始めて三年目…木戸が大学を卒業して就職したのでバイトの中では亮が一番の古株になっている。
木戸の代わりに新しい子が入ってきたのでその指導も亮の役目になっていた。

 「その後…ノエルの様子はどう…? 」

 昔の彼女が突然亡くなってノエルが気落ちしているという話をブランカの悦子から聞いた谷川店長は、ノエルがまだ店に現れないうちにこそっと亮に訊ねた。
 
 「ショックはショックだったんでしょうけど…わりと落ち着いていますよ。
実は…彼女にはちゃんと恋人が居たみたいで…。 」

 ああ…それはちょっとばかりいいクッションになったかもな…と店長は頷きながら言った。 
気持ちの上ではどうあれ…言わば…すでに完全に他人なわけだから…。

 ノエルの姿が入り口の扉越しに見えると店長はその件について話すのをやめた。
店長が見た限りではノエルはいつものノエルで悦子が心配するほど落ち込んでいる様子はなかった。
 まあ多少…沈んだとしてもすぐに浮かび上がるだろう…。
西沢さんがついてるんだし…ね。  
 


 生垣の向こうから紫陽花が覗いている。
雨に洗われた上側の花と葉っぱは誇らしげに梅雨の空に向かい、跳ね返りの泥で汚れた下の花はそれでも負けるもんかと踏ん張っている。
汚れた花の陰にも小さなシジミチョウが安心したようにとまっていた。

 渡す物があるから早く取りに来いと母親からメールが入って、ノエルは久々に実家に戻ってきた。 
 家の玄関をくぐった所で、仕事で留守だとばかり思っていた父…智哉とばったり鉢合わせした。
 特には文句をつけることもなく、智哉は何も言わずにさっさと自分の部屋へ引っ込んでいった。

 ノエルの家は何代か前から近隣の小中学校の校章や制服など学校関係の必要品を取り扱う店を経営している。
この地区以外にも幾つか店があり、智哉の弟や母の弟などが店長を勤めている。

 ノエルが高校に入学してすぐ、当時はまだ独身だった叔父が急な病気を患ったため、母が急遽、叔父の店の切り回しと看病に行くことになった。

 入学した高校がたまたま叔父の家に近かったノエルも、店の手伝いをするために母について叔父の家へ向かった。
 言ってみれば母の転勤についていったわけだが、叔父は半年ほどで回復して店に出られるようになり、母とノエルも智哉と千春の待つ我が家へ戻った。
 
 父親との間にまだ何の蟠りもない頃で、学業に少々難ありでも悪友たちと屈託なく過ごし、美咲や他の女の子たちとも結構遊んで、大いに青春を謳歌した。

 それが…どうよ…。

通学途中のバス事故で身体中精密検査を受けたノエルは重大な事実を知らされる。
智哉にとってもそれは大ショック…半分…女ぁ…!

 ここのところ少しは歩み寄りを見せているものの…それからの父親との関係はずたぼろ…。
 外で悪さしなくなった代わりに学業に力を入れ…家で部屋に閉じ籠っている手前それなりの結果を出さないわけにもいかず…二年・三年と少しはまともに見える成績を残したものの智哉の機嫌は直らなかった。
  
 父親が在宅していることにノエルが怪訝そうな顔をしているのを見て、母はホワイトボードを指差した。

 「本店が改装中なんだよ…。 倉庫の方は修理で…一週間ほどかかるから…。
終わるまでは支店回りと電話注文だけ…。 」

母はそう言いながら何やらテーブルの上に保温ケースを置いた。

 「この前…お父さんが北海道へ行ったんでそのお土産…。
向こうから送ってもらったのが今日届いたのよ。 蟹と帆立…蛸もあるかな…。 
西沢さんや亮くんに持ってってあげて…。 」

 みやげ…親父がぁ…? 雨降るぞ…って当たり前に降ってるけど…。

 黙って貰って行くのも悪いと思い、ノエルは智哉の部屋を覗いた。
智哉は伝票片手にパソコンと向き合っていた。

 「みやげ…ありがと…。 」

 ノエルがそう言うとチラッとノエルの方に眼を向けたが、ん~と唸るような返事をしただけだった。
ノエルがちょっと肩を竦めて帰ろうとすると、急にノエル…と呼び止めた。

 「おまえ…家の後を取るにしても…直ぐに俺たちと暮らさんでいいからな…。
店の仕事さえしっかりやってくれれば…俺は文句はねぇ…。
 居させて貰えるだけ…傍に居させて貰ったらいい…おまえの気の済むように…。
出て行けと言われたら…戻って来い…。 」

 何のこと…?と…ノエルは思った。
けれどすぐに…智哉が西沢のことを言っているのだと分かった。

 「西沢さんはまだしばらくは…おまえを置いてくれるかも知れん。
けど…いつかは…結婚して家庭を持ちなさるだろう。
その時には…邪魔にならんように…我儘言わんと帰って来い。 」

 いつかは…。 そんなこと…分かってる…。
きっと…そんなに遠い話じゃないことも…。

 「何言ってんだか…。 俺はただの居候なんだから…そんな話があったら…直ぐに出てくるに決まってんじゃん。 」

 ん~とまた智哉は唸るように返事をした。 分かってるならいい…。
それきり…帳簿と睨めっこを始めた。

 保温ケースを抱えてノエルは西沢のマンションへ戻った。
この土産は父親が…最愛の息子ノエルの中に居るもうひとりのノエルという娘のために考えた…娘の大切な人への精一杯の心遣い…。
 絶対に息子であると確信しながらも…そこだけは譲れないと思いながらも…ノエルが少しでも幸せであるようにと願う気持ちの表れだった…。
 
 何度も溜息をつきながら…ノエルはケースの中身を冷凍庫に入れた。
滝川先生なら…うまく料理してくれるだろうな…。
紫苑さんは今…仕事で手一杯だから…。

 「何してんの? 」

 背後から亮の声がした。
いつの間にか亮が帰ってきていた。
そう言えば…今日は新人くんの当番だったな…。

 「実家から親父の北海道土産貰ってきたんだ。
紫苑さんと亮とで分けろって…。 家へ帰るとき半分持ってけよ。 」

 有り難いけど…僕はひとりだからさ…親父いつ帰って来るか分かんないし…。
亮はそう言って笑った。

 「んじゃ…亮もここで食べてけばいいよな…。 
…って言っても…僕…料理できないし…亮…どうすればいい…? 」

 鍋って季節じゃないしね…。 すっげぇぶっとい足だから焼き蟹にしようぜ…。
亮が帰ってきたお蔭でノエルはとことん落ち込まずに済んだ。
ふたりで大騒ぎしながらあれこれ考えているうちに切ない想いも消えていった。



 確かな情報かどうかは分かりませんが…と玲人は前置きした。
いつものように鍵なしでふらふらと現れて、滝川に睨みつけられながらも何処吹く風…玲人はある意味大物かもしれない…と西沢は思った。

 「ここんところ…あちらこちらで妙な事故が多発していまして…。
それもほら…例の与那国のような巨石群のある場所で…。
 この前のノエル坊やのお知り合いのように崖などから落ちたり、磯見くんのように海や川で溺れたりで…。

 目撃した被害者の近しい人に依りますとね…一様に何かを見て誘われるように前へと進んでいくんです。
ところが傍にいても他の人には何も見えていないんですよ。
 そうしたものを感知する能力のある人たちなのかな…と最初は思いましたが被害者は能力者ばかりじゃないんです。
ほとんどが…ごく普通の人なんですよ。 」

 何か幽霊話みたいだな…と滝川が言った。
まさにそんな感じです…と玲人は答えた。

 「実は…坊やには話すべきかどうか迷ったんですが…あの娘さんもカメラを覗きながら妙なことを言っているんです。
 ねえ…下に面白い人たちが居るわよ。
何かのお祭りかしら…。
…ってなことをね。 
 でも…下には巨石があるばかりで…娘さんの見ていたようなお祭りみたいな装束の人間は居なかったんです。 」

 美咲は何を見ていたんだろう…? 
磯見も…海に落ちる寸前まで何かを見つめていた。 
気がついたときは何も覚えてはいないようだったが…。

 西沢は被害者が見ていたものを知りたいと思った。
それが分かれば何かが掴める…そう感じた。

 少し危険だが…磯見に近付いてみようか…。
あの時、磯見が何を見たのか…英武なら簡単に読み出せるはずだし…。
 発生場所が広範囲にわたっているから…ほとんど在り得ないことだが…もし…幽霊話だというなら…ノエルや千春ちゃんの力が必要になる。

 太極が少しでも異変を感知していてくれると助かるんだけれど…五行の気たちでもいいから何か情報をくれないかなぁ…。
 そう思ってはみたが…気たちのスケールはあまりに大き過ぎて、地球規模で起きていることならともかく…人間ひとりふたりが崖から落ちたからといってそれを異変とは感じられないだろう。

 取り敢えずできることを考えよう…。
これが異常な事態でないなんて人間の僕には思えないから…。







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