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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第九話 嬉しくて…悲しい…。)

2006-05-21 01:15:35 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 明かりの消えた部屋の籐のソファの上でノエルは丸くなっていた。
雨降りの暗い窓の外から射し込む街の灯をぼんやり見つめて…。
寝室に入って来た西沢が部屋の明かりをつけても身動きひとつしなかった。
 
 通りすがりにノエルの頭をくしゃくしゃっと撫でて西沢はベッドに入った。
何やら難しそうな本を開くのをノエルは横目でチラッと見た。

 「輝さんは…ここには絶対に住まないつもりなのかなぁ…。 」

 まあ…そうだろうね…と西沢は本から眼を離そうともせず事も無げに言った。
僕も無理強いする気はないし…。 

 「ずっとこのまま…? 」

 ノエルの問いに西沢は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべて頷いた。 
そうだね…多分…輝に男でもできれば別だけれど…。

 ノエルはソファを降りてベッドに移った。
大柄な西沢が三~四人寝ても平気だという頑丈で大きなベッド。
実は特別サイズをふたつを合わせたもので…勿論…西沢家が作らせた特注品だ。 

 表向きは…どう転がってもゆったりと手足を伸ばせるようにとの親心…らしい。
本当はさっさと嫁を貰って落ち着け…という西沢家の意思表示だとも…。

 どちらにせよ…このベッドも輝のお気に召さない代物…。
ノエルは赤ん坊のように這い這いしてベッドの中央あたりに陣取った。

 「男なんかできたら…それこそここに来て貰えなくなるじゃん…。
どうすんの紫苑さん…?  」

かりかりっと頭を掻いて西沢はふっと笑った。 

 「まあ…それならそれでいいじゃない。 輝が幸せなら…文句ないよ…。」

 長い付き合いだもの…そうなっても不思議はないし…。
少しずつ傾いていく心は止められない…。

 「何でそう割り切れるかなぁ…。 
僕なんか三宅の顔見てたら…やたらムカついてきたんだけど…。」

 三宅の前で…馬鹿みたいに…凄んじゃった…。
ふ~っとノエルは自己嫌悪の溜息をついた。 

落ち込むノエルの頭を西沢はまた…いい子いい子というように撫ぜた。

 「美咲ちゃんのことを…忘れてなかったってことだね。
中途半端な終わらせ方をしたから…。
 ノエルはいい子だから…またきっと素敵な彼女が見つかるよ。
それとも…ずっと亮の恋人で居た方がいいかい…? 」

 とんでもございません…。 亮の彼女になった覚えはないんで…。
亮は大親友だけど…そんな気持ちはさらさらないです…。
時々…成り行きでそんなことになっちゃうだけで…。

 「冗談だよ…。 
木之内の親父が…ノエルを亮の嫁さんに貰いたいなんて言ってたからさ…。  
 あ…勿論…これも親父の冗談だよ…。 
それだけ親父も…きみのことが気に入ってて…可愛いくて仕方ないんだよ…。 」

 亮のお父さんが…? 嬉しいような…複雑なような…妙な気分…。
うちの親父が聞いたら目を回すな…きっと…。

 『その時には…邪魔にならんように…我儘言わんと帰って来い。 』

 ふいに父親の言葉を思い出した。 
その時…ノエルがこの部屋を出て行かなければならなくなる時…。
 それは…西沢が幸せになれる時…。
本を読んでいる西沢の顔をチラッと見上げた。
 
 馬鹿か…僕は…。
輝さんがここに住む気になるってことは…その時が来るってことなのに…。
それでも…紫苑さんが幸せになれるなら…それを願うしかないんだもの…。

 西沢に意識を読まれないように精一杯ガードして…ノエルは背を向け…下唇噛みながら眠った振りをした。

 西沢がそっと肌掛けを掛けてくれた。
西沢の温かい心遣いが嬉しくて…悲しかった。



 精魂込めてアレンジした花籠を片手に紅村旭は病室のドアをノックした。
どうぞ…という比較的元気そうな声にほっと胸を撫で下ろしながら…静かにドアを開けた。
 花木桂はベッドの上で原稿を書いている最中だった。
旭を見ると嬉しそうにテーブルを除けた。

 「桂先生…いったい…どうなさったんです? 
今度のシンポジウムのことでご連絡差し上げたら…代理人の方がここだと教えてくださったんで…驚きましたよ…。 」

 旭が心配そうな顔をして桂の顔を見た。
桂は唇に手を当て…おほほ…と恥ずかしげに笑った。 

 「実は…少し前に…お友だちと位山へ行って参ったんですけれど…徹夜仕事が続いていたせいか…登山中にぼ~っとなりましてね。
転げてしまったんですのよ…。
 
 たいした怪我ではありませんでしたけれど…頭をガツンと打ちましてね。
どうにかなっていると怖いので帰ってきてから検査をしましたの。

 どうせならついでに…と思って頭部検査つきの人間ドックを選びましたら…頭の方はなんともなかったのですけど…なんと胃潰瘍…あと3日ほどで退院できるらしいですから…骨休めですわ…ほほほ。 」

おいおい…そんなんで仕事していていいのか…と旭は思った。

 「早く見つかってよかった…と申し上げるべきでしょうか…?
胃潰瘍でもひどくなれば手術でございましょう? 」

 旭がそう言うと桂は大きく頷いた。
転げたのは痛かったですけど…これも不幸中の幸い…ですわねぇ…と言った。
 
 「恥ずかしいから…西沢先生には内緒にしておいてくださいな。
きっと…桂おばさんが転げたと大笑いしますわ…。 」

 分かりました…と旭は笑いながら答えた。
それから…あれこれ軽い世間話などをした後…お大事に…と病室を後にした。

 約束どおり…桂のことは今は西沢には話さないつもりでいた…。
西沢のことだから桂が入院したと聞けば…豪華な薔薇の花束でも抱えてお見舞いに駆けつけるだろうけれど…桂も化粧っけのない姿であの超ど級のイケ面くんに会いたくはあるまい…。

 何しろ桂は西沢の前ではいつもきっちり化粧とお洒落を欠かさない人だから…。
元々綺麗な人だから…さほど気にする必要はないんだけれど…女心ですかねぇ…。

 桂が退院したら…何かの折にでも耳に入れておけばよい…。
そんなふうに考えていた。


 桂を見舞った翌日…夏期休暇中の自然観察会の行き先を考えていた旭はインターネットで各地の自然公園などを調べていた。
 
 ハイキング・オンリーでもいいけれど…足腰の弱い方もいらっしゃるから…多少は観光を兼ねた部分も必要かもねぇ…。
この前連れて行って貰った岐阜県辺りはどうだろう…?

 そんなこんなを思案しながらネットサーフィンを楽しんでいた。
岐阜県の自然公園を見ていた時…ある場所でマウスを持つ手がぴたりと止まった。

 位山自然公園…巨石群…巨石群…?。

 位山と言えば桂が転げたところだが…そこに巨石群があるという。
西沢と滝川に金山での出来事を話した後で…何日か経ってから西沢から金山に超古代の巨石群があるらしいことを教えて貰った。

 先達て亡くなった女子大生が事故にあったところが葦嶽山の巨石群…。
西沢の撮影仲間がボートから落ちたのが与那国の巨石群の近く…。
なんでもないところで人がこけて大怪我をしたのを滝川が撮影中に目撃したのは…明日香村の巨石群の中で時代不詳の亀石の近く…。

 旭は受話器を取り上げ…西沢のマンションの電話番号を押した。
桂との約束はあるが…このことは西沢たちに黙っているべきではないと感じた。

 これまでは…直接本人に話を聞いたり、直に触れて身体に残る情報を細かく調べたりできる対象が身近に居なかったが…桂なら大丈夫…。
胃潰瘍さえ良くなれば…協力して貰える…。

 「西沢先生…? 紅村です…。 実は…例の巨石群のことなんですけれど…。」

 西沢の反応は早かった。旭からの電話が切れると即座に桂がまだ入院していることを確認…その30分後には近くの花屋が大きな薔薇の花束を丁寧に包装してマンションの呼び鈴を鳴らし…1時間後には桂の枕元に飾られた。

 西沢は無理を言って紅村から桂の入院を聞き出した非礼を詫び…桂の病状がとても心配で急いで飛び出してきたと上手を言った。

 すっぴんを恥ずかしがる桂に素顔がとても素敵だなどと歯の浮くようなことを言い…それは満更お世辞でもなかったが…桂をいい気分にさせた。
西沢はその場では何も言わず…ただ…くれぐれもお大事にと言うに止めた。

 桂が退院した後で…実は大変なことが起きているのでぜひ先生にもご協力をお願いしたいと本題に入った時には…桂は何の抵抗もなく…勿論…是非協力させて頂くわ…と上機嫌で請け合った。

 金曜日…退院したばかりの桂を招いて仲間内での検討会が始まった。
何かを発見できるという確証は…まだ…誰にもなかったけれど…。 






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