徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第六十一話 人質)

2005-12-29 00:11:55 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 攻撃はもはや石ころくらいでは済まなくなっていた。
雅人たちを目掛け石飛礫ならぬ念の飛礫が飛び交う。
 突然現れた六人の青年の中にあの城崎瀾がいる…。
久遠からすべてを取り上げて樋野を侮辱した女の息子が…。

 あの女の息子を我が樋野の聖域である祭祀の館へ行かせてはならない。
そんな声があちらこちらから聞こえた。

 樋野の一族は紫峰家とは異なり、ひとつのコミュニティーを形成して生活しているようで何処から湧いて出たかと思うくらい周りに人の気配を感じた。
 おそらく本家の危機を聞きつけてあちらこちらから駆けつけてきたのだろう。
気が付けば周りはしっかり囲まれていた。

 「やれやれだ…たった六人相手に…。 どうしますかね…宗主? 」

雅人が呆れたように言った。

 「まあ…売られた喧嘩ですし…むこうが先に攻撃してきたわけですから…買わない手はないでしょ。 」

透がにやっと笑った。

 「それではあくまで穏やかに…強行突破ということで…。 」

悟が相槌を打った。

 「決まり! 」

 隆平と晃が同時に叫んだ。
瀾がえっ…何…と皆を見回している間にすでに彼らの反撃が始まっていた。
慌てて瀾も樋野への反撃に加わった。

 雅人も透も瀾が始めての戦いで戸惑いを感じていることに気付いていた。
敵を倒すことに対する罪悪感を越えられないでいる。

 通常人は幼児期から盗むな、殺すなというような道徳的なことを生活の中で躾けられる。
喧嘩しちゃいけませんよ…相手を傷つけてはだめ…暴行などとんでもない…暴力は罪悪です…等々。

 日常生活においてはそれは当然のことながらしてはいけないこととして肝に銘じておかなければならない。

 しかし戦いの場では時にはそれが邪魔をすることもある。
いままさに相手が自分を殺そうとしている時に暴力反対などと悠長に御題目唱えてはいられない。
 相手を蹴倒してでも生き延びなければ命がいくつあっても足りない。
それが戦うということだ。

 本来なら争いごとなんてない方が良いに決まっている。
だけど…瀾くん…すでにきみはその戦いの場にいるんだよ…。
相手を倒さなければ自分が倒されるだけだ…。
 
 …と見ている間に瀾にひとりの男が飛び掛った。
瀾を引き倒して力任せにぐいぐいと締め付けている。
 おそらく使える力のレベルが低いせいで腕力で戦うしかないのだろう。
皆が助けに入ろうとするのを透が止めた。
この程度のやつに勝てなければこの先能力者相手に戦っていけるわけがない。
 
 瀾は締め付けられた首の感触を思い出していた。
あの時…久遠の伯父に殺されかけた…。
久遠は俺を護るために…血を流したのだ。

 もう僕のために誰の血も流させたくない…母さんの血…岬さんの血…透の血…。
隆平だって僕のせいで殴られた…。
みんな僕を護ろうとしてくれた…僕が弱いから…。
強くなりたい…強くなりたい…皆を護れるほどに…強く…!

 瀾の身体からあの炎が立ち上った。
透に初めて会ったときに見せたパフォーマンス…だけど今は立派な武器…。
瀾を締め付けていた男は炎にまかれて恐怖の叫び声をあげた。
炎を消そうとあたりを転げまわった。
 それは普通の火ではない。転げまわっても無駄…。
男の憐れな様子に瀾はそっと炎を引き上げた。

初勝利! 仲間たちはそれぞれに瀾の勝利を祝福した。



 祭祀の間の襖が開いて誰かに追い立てられるように頼子と佳恵が現れた。
翔矢と対峙している久遠の姿を見てふたりとも声を上げた。

 「久遠さん…。 久遠さんご免ね…。 あたしたちが捕まったばっかりに…。」

頼子が申し訳なさそうに言った。

 「無事だったな…。 おい翔矢…娘たちを家に帰せ。 
おまえと俺とのことにこの子たちは関係ないだろう? 」

久遠がそう言うと翔矢はふふんと鼻先で笑った。

 「この娘らはもともと樋野の人間だ。 
城崎の味方をする方がおかしいんだ。 裏切り者さ…。 
裏切り者は…処罰しなくっちゃね…。 」

 翔矢は冷たく微笑むと合図を送った。
圭介が敏を連れて現れた。それと同時に圭介の手の者が久遠の周りを取り囲んだ。

 「敏! 」

 久遠は叫ぶようにその名を呼んだ。
敏はわなわなと震え出しその場に崩れ落ちた。 

 「すまねぇ…すまねぇ…久遠さん…。 俺は昭二を殺しちまった…。 」

 敏は狂ったようにすまねぇ…を繰り返した。
言いたい事は山ほどあったはずだがこうして目の前に現れると久遠は何を言って良いのか分からなくなった。

翔矢が敏の方に視線を向けると敏ははっとしたように顔を上げ動かなくなった。

 「敏…ひと働きしておくれ…。 そこの女ふたり…おまえの好きにしていいよ。
適当にいたぶって昭二の許へ送ってやれ…。 」

翔矢が残酷な命令を下した。

 「何を馬鹿な…敏…聞くんじゃないぞ。 これ以上罪を重ねるな! 」

久遠は敏の方へ歩み寄ろうとした…が周りの連中に押さえ込まれた。

 「さあ…見せてやりな…。 楽しいショーを…。 久遠が退屈してるよ…。 」

久遠は圭介の方を見た。

 「圭介! 敏を止めろ! 頼子も佳恵もおまえの幼な馴染みだろ? 」

 だが…圭介は微動だにしなかった。
無視しているというよりは圭介も正気ではない様子だった。
おそらくここにいる連中はみ皆翔矢の操り人形にされてしまっているのだろう。

 敏が動き出した。
佳恵を捕まえようとしたのを頼子が庇った。

 「この子はまだ男知らないんだからね。 汚い手で触るんじゃないわよ。 
佳恵ちゃん…早く逃げな! 何とか館の外へ出るんだよ! 」

 「頼子ちゃん…。 」

 頼子は佳恵の背中を襖の方へ押しやった。
その途端敏に捕まった。 

 「早く…早く逃げて! 」

 頼子が叫んだ。
佳恵は必ず助けを呼んでくるから…と走り出て行った。
 敏の身体が小柄な頼子を押さえ込む。
その指先を頼子に向けた。

 「やめろ! 敏! 翔矢…皆を解き放て! 」

翔矢は仰け反るように声を上げて笑った。 

 「だからねぇ…久遠…僕のお願いを聞いてくれたらいいんだ。
簡単なことでしょう? 僕の傍に居てくれるだけでいいんだから…。 」

 敏の指が触れるたびに頼子の悲鳴が響く。
刃物のような指は容赦なく頼子を傷つけ衣服が血に染まる。

 久遠は力を使おうと試みた。このままでは頼子が殺されてしまう。
だが…効果がない…手応えがない…。
翔矢がまた可笑しくて堪らないというように笑い声を上げた。

 「久遠…無駄だよ。 僕ときみのレベルの差…。 僕の方が少しだけ優位。 」

 久遠は歯軋りした。俺ほどの力を以ってしても通じないのか…。
修が…修がいてくれたら…。

 「ねぇ…あの女死んじゃうよ。 久遠…。 」

甘ったれた声が久遠の耳に響く。

 「翔矢…やめろ…。 」

 有りっ丈の力で久遠は押さえつけている連中から逃れようと試みた。
翔矢の念の力は思った以上でびくとも動かない。

悔しいが…頼子の命には代えられない…久遠がそう決心した時…。

 「言うことなんか…聞くんじゃないよ…。 あたし…旦那に恩があるんだ…。
あたしの命なんてどうでもいいから…あんたは正しい道を行くんだよ…。 
あたしのせいで曲げちゃだめ…。 旦那が悲しむよ…。 」
 
 頼子の心の叫びだった。
久遠は頼子という女の真心の深さを思い知らされた。
自分はこの情けない状況から何とか抜け出す手立てはないのか…?
何としても頼子を救い出さなければ…。

 切羽詰った状態の中で久遠は不思議な文言を聞いた。
それは以前に紫峰の屋敷で史朗や彰久が唱えていたような文言だった。

 佳恵が出て行った方から聞こえてくる。

文言がぴたりと止まると聞きなれた声がした。 

 「敏…頼子を放せ…! 」

 敏がぎくりと身を震わせた。
久遠も驚きのあまり声も出せなかった。

 昭二…昭二の声…。

 「敏…これ以上久遠さんを苦しめるな…。 」

 それは確かに死んだ昭二の声…。
敏が頭を抱えて頼子から離れた。

 「昭二…俺が悪かった…昭二…許してくれ…。 」

敏は転げ周りもだえ苦しんだ。

 久遠は事の成り行きに戸惑った。
声はだんだん近付いてきた。

 襖の陰からその声の主が姿を現した。
鬼母川の史朗…とその背後に…確かに昭二がいた…。





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