徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第六十二話 不思議な力)

2005-12-31 00:05:34 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 昭二の姿が確かにそこにある。
久遠はこの前史朗が見せた鬼母川の『御霊迎え』を思い出した。
 もしそうなら祭祀中の史朗は自由に動き回ることはできないはず…。
ところが史朗は平気でこちらに向かってくる。

 「騙されちゃいけない。 あんたは暗示をかけられているだけさ。
暗示の力は樋野の特性だろ? 」

 史朗は何やら文言を唱えて華翁の剣を久遠の前で閃かせた。
久遠の肩からすっと何かが抜けたような気がした。
久遠は史朗に言われたとおり自分を押さえつけている連中を目掛けて力を放った。
不思議なことにいまさっきまでびくともしなかった男たちが弾かれるように周りに転がった。

翔矢の顔色が変わった。

 「誰…? 僕の暗示を解いた…。 」

突然現れた史朗に訝しげな目を向けた。

 「鬼母川の道具使い…! 」

敏が叫んだ。
 
 「失礼な…僕は鬼母川の伝授者のひとりだよ。 歴とした祭主だ。 」

 不敵な笑みを浮かべながら史朗は敏を見据えた。
倒れたままの頼子の傍へ近付くと膝を折って頼子の受けた傷の様子を調べた。

 「頼子さん…つらいだろうけどしばらく我慢してて…。
雅人くんがもうすぐ来るから…そうしたら治してくれるよ。 」

頼子は痛みと出血のため力なく頷いた。

 「おまえってば相変わらず悪趣味だね。 人間を切り刻んで何が面白いのさ。
それを見て楽しむあんたも最悪だよ…翔矢…悪い子だ。 」

史朗は翔矢に鋭い視線を向けた。

 「悪い…子? 伯父さまはいつも翔矢はいい子だって言ってくれるよ。
初対面のおまえにそんなこと言われる筋合いはない…。
敏…こいつから殺して! 」

 翔矢のヒステリックな命令の声に反応して敏は反射的に史朗に飛び掛った。
華翁閑平は剣の名手…生まれ変わりの史朗もまた然り…華翁の剣は敏の念の剣を次々と打ち砕く。

 敏の形勢が不利と見るや圭介たちが一斉に史朗に向かってきた。
しかし剣を手にした史朗はものともしていない。

 舞を見るようなその戦いっぷりに久遠はしばし見とれた。
見とれている場合じゃないことは分かっていたのだが…。

 「愚かな…おまえたちはどうしても久遠さんを苦しめずにはいられないのだな。
長年労苦をともにした仲間だというのに…。 」

昭二の霊が嘆いた。

 「昭二…みんな翔矢に操られているだけなんだ…。
心配するな…すぐに元に戻る…。 もとの優しいあいつらに戻るよ…。 」

 久遠はそう言って昭二の霊を慰めた。
なぜだろう…昭二がここにいるのに史朗はなぜ戦えるのだろう…?

 そんなことを考えながらふと翔矢を見ると翔矢は激しくじれてきていた。
思うようにならない久遠と邪魔をする史朗…。
次第にイライラが募ってくる。
 身体だけは大人だが心はまるで我が儘な子どものまま…伯父はいったい翔矢をどのように育てたのだろう。善悪の区別もつかないなんて。

 じれが頂点に達したのか翔矢の目の色が変わり、久遠があっと思った瞬間、翔矢は史朗目掛けて大きな念の塊を叩きつけた。
 史朗は剣に護られ何とか持ち堪えたが、史朗と対戦していた味方の樋野勢の方が吹っ飛んだ。

 久遠は天を仰いだ。翔矢のやつ敵も味方もないじゃないか…
感情だけで動いている。

 翔矢は周りの樋野勢がどうなろうと構わず次々に史朗目掛けて攻撃を仕掛けた。
そのレベルはだんだんに上げられ、外れた攻撃が建具や家具を破壊した。
 いかに史朗強しと言えども翔矢ほどの能力者相手ともなるとその辺の下っ端をやっつけるような訳にはいかない。
 史朗は祭祀能力には長けていても戦闘系の能力者ではないから次第に形勢は不利になってくる。

 さすがに高みの見物などしてはいられないと思ったか、久遠がふたりの間に割って入り翔矢の攻撃を粉砕した。

 「邪魔しないで! そいつを殺してやるんだから。 」

 翔矢は険しい表情で久遠をにらみつけた。
翔矢の攻撃は久遠にも容赦なく浴びせられる。怒りに任せての攻撃で相手が誰かなんてまったく構っちゃいないようだ。
久遠は史朗を庇いながらその攻撃を撃破した。
 翔矢の念の持つ破壊力は抑えきれぬ怒りとともにさらにグレードアップし、もはや史朗では護身も覚束ない。

 反撃をしてこない久遠の一瞬の隙をついて翔矢は攻撃を頼子の方に向けた。
久遠は身を翻して頼子の身体を庇った。
史朗が思わず放った剣に辛うじて弾かれたその念の砲弾は天井に大穴を開けた。

 久遠が思わずふうっと息を吐いた。
翔矢め…俺のこともどうでもよくなってるな。
久遠に対するさっきまでの執着心はどこへやら翔矢の頭の中にはいまや倒す殺すしかないようだ。

 久遠たちのために剣を放した史朗を目掛け翔矢は再び攻撃を始めた。
その間断ない攻撃に史朗は剣を呼ぶ間も与えられず、ついに追い詰められた。 

翔矢は甲高い笑い声を上げて史朗目掛けて今までより強力な砲弾を叩きつけた。

 …がその砲弾が消えた。

 何事が起ったのか…と翔矢は目を疑った。
それは翔矢にとって起こるはずのない現象だった。
放出した巨大な力が一瞬にして消えてしまうなんて…。



 透が史朗の背後から昭二の霊に軽く頭を下げながら現れた。
その後からどやどやと騒がしく音を立てながら学生軍団が姿を現した。 

 「あれぇ史朗さん…いつの間に来てたの? 」

 隆平が不思議そうに訊いた。
史朗は態勢を立て直すと逆に不思議そうな顔をした。

 「どこで追い越しちゃったんだろ…きみたちを追ってきたのにね。
この屋敷まで来たら佳恵さんが飛び出てきて…外に甲斐さんがいたから佳恵さんを頼んで来たんだけど…。 」 

そう言って首を傾げた。

 「おい…おまえら外の樋野の連中は…? 大勢居ただろう…? 」

 久遠が不信げな顔をして軍団を見た。
六人はにやにや笑いながら答えた。

 「う~ん。 あんまり大勢いたので…。 」

しかも弱っちいのが…いっぱい…。

 「戦うのが面倒くさくなって…。 」

うじゃうじゃいるんだもん…。

 「少しの間眠って貰いましたぁ。 」

元気いっぱいの解答に久遠は言葉に詰まった。

 「でも…すぐ目が覚めるよ。 もう覚めてるかもね。 ただの暗示だから…。」

 透が可笑しそうに笑った。
暗示の樋野に暗示を掛けるとはなんちゅう人を食った奴等だ…久遠は呆れた。

 「そうだ…雅人くん。 頼子さんを診て上げて…。 怪我が酷いんだ。 」

 史朗が頼子の傍へ雅人を招いた。
雅人は急いで頼子の容態を診た。

 「大丈夫…急所外れてるし…。 多分…故意に…はずしてたんだろうな…。 」

 史朗は驚いて翔矢の攻撃を受けて向うに転がっていった敏の方を見た。
あれほど強く支配されていながら頼子を助けようと必死で抵抗していたんだ…。

 「ぷるんぷるんのお姉さま…ちょっと触るよ。 」

 雅人が声を掛けると頼子は痛そうに顔をしかめながらも微笑んだ。
雅人の触れた傷が徐々に塞がっていき、やがて消えて無くなった。

 「どう…他に痛いところない…? 」

雅人が訊くと頼子はにこっと笑った。

 「ハートだけ…。 」

 雅人はニカッと笑った。ジョークが出れば大丈夫…ね。
う~ん…やっぱ触りがいのあるプリンちゃんだ…。

 すぐ目の前で紫峰軍団がそんなこんなでいいように動き回っているというのに、翔矢はまだショックから抜けられないでいた。

 久遠は翔矢の長の後継としてはありえない数々の言動を疑問に思った。
おそらく翔矢の心は本当に子どものまま成長せずにいるのだろう。 
ひとりきりで刺激のない世界に閉じ込められて育った翔矢…。

 学校に行っても先生だけが相手の生活…友達がひとりもいない。
どれほどの刺激もない生活…いい子でいるだけの…。
久遠の存在だけが翔矢の憧れる外界の刺激だったのではないだろうか…。

やがて…翔矢は透たちの方を振り返った。

 「僕の攻撃を消したのは誰…? 」

 翔矢が訊くと六人は顔を見合わせた。
誰も覚えがないようだった。

 「あれほどの力を簡単に消してしまったのは誰なんだ…? 」

 誰も答えなかった。
怒り心頭に達したか翔矢は蒼白の顔の美しい眉を吊り上げて六人を睨みつけた。

 「おまえら揃って死ね! 」

 翔矢の身体から恐るべき念の炎が立ち上った。
激しい震動が館を揺るがした。
 久遠が止める間もあらばこそ透たちに向かって稲妻のような攻撃を開始した。
初め六人はそれぞればらばらにかわしていたが、翔矢が巨大な念の稲妻を放った刹那、透と雅人が前に躍り出た。

 あ…と思う瞬間に巨大な稲妻はふたりに吸収された。

 翔矢は愕然となった。
またしても消えた…。やつらを木っ端微塵にできるほどの念の稲妻が…。

 「おまえたち…また…この僕の力を…。 いったい…誰…? 」

透も雅人も首を傾げた。

 「今のは僕らだけど…他には…何もしてないけど…。 」

 翔矢だけでなくその場の者は何が起ったのかまったく理解できなかった。
史朗を狙った翔矢の攻撃は確かに消えたのだ…。

その場に居たのは彼らだけ…他には誰も居ない。

 修か…?
久遠はそう感じた。
だが…修の気配などこの祭祀の館のどこにもなかった。






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