徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第六十話 翔矢…成長を止めた心)

2005-12-27 23:52:11 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 僕らが生まれた時…と翔矢は語り始めた。

 父さんは城崎の家に縛られていてなかなか樋野には来られなかった。
母さんはずっと身体の具合が良くなかったからひょっとしたら持たないかもしれないと医者から言われていたのに…。

 僕らが産声を上げても父さんの姿はそこになかった。
それでも母さんは父さんが来るのを心待ちにしていたんだよ…。
父さんの顔を見てすぐに亡くなったんだ…。 


 それは妹の御腹の子が双子だと分かった瞬間だった。
樋野の長、邦正の中にひとつの考えが浮かんだ。
 邦正には子どもがいない。
城崎は生まれてくる赤ん坊が双子だということを知らない。
 出産に立ち会ったもの以外事の真相を知る者はいない。
このまま城崎に戻せば後から養子によこせと言っても良い返事は貰えないだろう。
この中のひとりを妻の妹の子として届出させれば…。

 邦正はふたりの中でより自分の妹陽菜に似ていると思われる方を選び、秘かに屋敷から連れ出させた。

 やっとの思いで城崎が陽菜(ひな)を見舞った時、ことが発覚するのを防ぐため邦正は城崎に我子に関することを感知できないように軽い暗示をかけた。
 陽菜はこのことには気付かず、城崎に子どものことを頼み置いて力尽き静かに息を引き取った。
  
 葬儀を終えて城崎と久遠が帰ってしまうと、邦正は義妹の許から赤ん坊を連れてこさせた。
 翔矢と名付け、実際には義妹に育てさせるわけでもなく屋敷の奥の間で乳母に育てさせた。
 翔矢は樋野家の宝物として大切に育てられた。
しかし、親代わりであるはずの邦正は可愛がりはするものの、まるでペットか人形でも扱っているような接し方で、翔矢はいつもひとりぼっちだった。
 

 物心つくと伯父さまは僕に言ったんだ。

 翔矢には城崎に優しいお父さんと久遠という兄弟がいるんだよ…。
ただね…お父さんも久遠も翔矢のことは知らないんだ。
 翔矢は樋野の跡取りとして生まれたから城崎には行かれない。
お父さんたちが翔矢のことを知ったら一緒に暮らせないことを悲しむだろ。
だから教えてないんだ…。

 父さんと久遠…僕の胸は高鳴った。
母さんの法要の席で僕は初めて父さんときみを見た。
 久遠…僕…ここだよ…。
何度心で叫んだことか…でも声をかけられなかった。
父さんが悲しむから姿を見せちゃいけないって…。

 物陰からずっとふたりのこと見ていた…。
久遠…気付いて…僕…翔矢だよ…。


 陽菜の命日と法要の日が来るたびに物陰からそっと見つめることしかできない翔矢の久遠に対する屈折した想いは募っていった。

会いたい…会えない…話したい…話してはいけない…。

 翔矢の日常はほとんど軟禁状態で学校と屋敷だけの限られた環境で育ち、友達もあまりできなかった。
 学校の成績と作法だけはずば抜けていたので、先生受けはよく学校生活には困らなかったが同級生にはその子どもっぽさから敬遠されがちだった。

 高校の時、翔矢は邦正から衝撃的なことを知らされた。
翔矢の大好きな久遠が継母のせいで城崎の家を追い出されたというのだ。
城崎での地位も財産もみんなその女と子どもが久遠から奪い取ったと…。

 翔矢は激怒した。
久遠を苛めるなんて許せない…可哀想な久遠…僕が護ってあげるよ…。


 きみが樋野に帰って来た時…きみには悪いけれど少しだけ嬉しかった。
これできみと一緒に暮らせる。
あの女と子どもには僕がいつか仕返しをしてあげるよ…。

 僕は伯父にせがんで樋野の後継者の地位を久遠にと持ちかけてもらった。
だって久遠が樋野の後を取ればもう何処へも行かないでしょう…?
でも…きみは断った。
 
 僕らは少しの間だけ同じ屋根の下で暮らしたよね…。
何を話したわけでもないけれど…僕は最高に幸せだった。

僕…もう…ひとりぼっちじゃないんだ…。

 それなのに…あいつはやって来た。
僕からきみを奪い取るために…。


 陽菜の命日に城崎はまだ幼い瀾を連れて現れた。
実の兄である久遠に一度会わせて置きたいと思ったからだ。

 久遠は幼い瀾を可愛がりよく面倒をみた。
城崎が邦正の饗応にほんの少し酒を過ごし休んでいる間に遊び盛りの瀾を連れて庭へ出てきた。
 翔矢は瀾を見る久遠のいかにもいとおしげな様子を腹立たしく思った。
久遠…なぜ? きみを苦しめた女の子どもでしょう…?

 急いで伯父の許へ取って返すと伯父にせがんだ。
あいつから久遠を引き離して…いっそあいつを殺してしまって…。
 翔矢の怒りの力が邦正を操るように庭に向かわせた。
何人かの一族の者がそれに付き従った。


 手を離して…そいつから離れて…きみを痛めつけるつもりなんてないんだ…。
でも…きみは瀾を離さない…。

 伯母さまがきみと瀾から記憶を消した。
何事もなかったかのように父さんは瀾を連れて帰って行った。

 部屋の片隅でひとり顔を伏せているきみを見た。
記憶は消したはずなのに…きみは声を殺して泣いているようだった。
 父さん…父さん…。
きみの心の声が切なく響いた。

 行ってしまう…このままでは久遠が城崎に帰ってしまう…。
どうしたらいい…どうしたら…?

 支配するんだ…久遠の何もかもを…僕に逆らえないように…。
僕に隷属させる…。
 ああ…でも…そんなことをしたら久遠は僕を嫌いになる…。
僕を憎む…。
どうしよう…どうしたらいい…?



 「あれは…あれは伯父さまじゃなかったのか? おまえだったのか…翔矢? 」

 久遠は驚きとともに激しい怒りを覚えた。
久遠の心に鬼を飼わせたあの忌まわしい出来事。
あろうことか他人の顔を使って人を蹂躙するとは…。

 「なぜだ? なぜ…俺を…兄弟だって分かってただろう?
翔矢…覚えているか…? 
 久遠…いい子にしていろ…おまえの仲間を樋野から追い出されたくないだろう…? 
おまえはそう言って俺を思うさまいいように扱ってくれたんだ。
 思い出しても虫唾が走る。 できればぶち殺してやりたいくらいなもんだぜ。
それを…全部伯父さまがやったことのように思わせて…卑怯じゃないか。 」

久遠の口調の激しさに翔矢の目が潤んだ。 

 「ごめんなさい…僕…どうしても久遠と一緒にいたかったんだ。
僕のものにしてしまえば…逃げられないと思ったんだ。
嫌いにならないで…僕のこと憎まないで…お願いだから…。 」

 翔矢は必死に訴えた。叱られた子供のように…。
久遠は困惑した。翔矢が久遠と双子ならとうに三十代の半ばを越えている。
それなのにこの幼さはどうだ…?

 「翔矢…心まで奪うことなんてできやしないんだぜ。 」

 やり切れない思いを込めて久遠は溜息をついた。
こんな子どものような男に…それも兄弟にだぜ…馬鹿馬鹿しくってやってられねえ。騙された俺がまぬけだったんだ。

 「俺の家を焼いたのもおまえかよ? 」

久遠が訊くと翔矢は素直に頷いた。

 「だって…久遠が城崎へ行ってしまうって言うから…。 」

 なぜ…なぜ帰って行くの…?
久遠はここに居るべきなんだ…僕の傍にいてくれなきゃだめなんだ。 
ひとりぼっちは嫌だ…。
 本家で挨拶を済ませた久遠の背中を翔矢はずっと見つめていた。
久遠に置いていかれる…行かないで…行っちゃだめだ…と思った瞬間、翔矢の怒りの炎が久遠の屋敷を焼き尽くした…。

 あれは久遠にとって樋野との決別を確信した一瞬だった。
翔矢の抑え切れない想いがそうさせていたのだとは気付かないまま…。

 「久遠…帰ってきて…。 酷い思いなんかさせないよ…。
久遠の欲しいものは何でも手に入れてあげる…。 」

 翔矢は縋るような眼をして久遠を見た。
久遠は首を横に振った。

 「俺の欲しいものは樋野にはない…。 俺の生きるべき場所も樋野にはない…。
あの屋敷とともに樋野久遠はいなくなってしまった…。
城崎久遠としてすべてをやり直すために…。 」

 翔矢の表情が変わった。
これだけ頼んでもだめなんだ…。取り戻せないんだ…。
  
 「僕は奪ってみせる…どんな手を使ってでも…。
きみは樋野に戻るんだよ…。 」

 なぜって…きみは僕のものだからさ…。
永遠に…僕の手の中に…閉じ込めてあげる…。

獲物を狙う獣の目…翔矢は鋭い視線を久遠に投げかけた。

逃がさないよ…久遠…決して…。





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