徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第六十三話 修母さん?の魔法)

2006-01-01 01:25:58 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 誰…僕の力を吸い取っていくのは…?
翔矢の心の中に大きな不安が湧き上がってきた。
半ば軟禁状態で育ち、外界の刺激に疎い翔矢は自分以上に強い者を知らない。
いわば怖いもの知らずである。

 それが今自分の力の通用しない得体の知れないものに初めて触れて戸惑いを隠せないでいた。
 しかもその得体の知れない力はここに居る誰が出したものでもない。
どこから来ているのかも分からないのだ。
翔矢にとっては目の前に見えている昭二の霊よりも信じ難い現象だった。

 「史朗さん…そろそろ帰らねば…。 敏の本音が分かって嬉しかったですよ。」

 昭二の霊は名残惜しそうに久遠を見た。
久遠も悲しげに昭二を見つめた。

 「操られてさえいなければ頼子さんを傷つけることもなかったのでしょうが…。
それでも必死で抵抗していたようです。 
お世話を掛けましたね。 昭二さん…これでお別れですね。 」

 昭二の魂が御大親の許へ旅立つ…その時が来たことを史朗は感じ取っていた。
昭二は穏やかに微笑んで頷いた。

 「昭二…。 」

 何か言いたかった…でも言葉にならなかった。
またな…と久遠は心で呟いた。

 昭二の姿が次第に薄れていき最後の微笑が久遠に向けられた…。 
またな…ともう一度久遠は呟いた。



 夢だ…これは夢だ…。
だってこんなことがあるはずはない。
伯父さまはいつも翔矢は特別な人間だって言ってる。
誰よりも強いって…。

 「翔矢…兄貴…? 」

 瀾が恐る恐る翔矢に声を掛けた。
翔矢ははっとしたように瀾の方を見た。
こいつは…城崎瀾…。

 「何しに来た…?  また僕から久遠を奪っていくつもり…か? 」

 翔矢は冷たく瀾に問うた。
こいつだけは…こいつだけは殺してやる…。

 「どうして…? 兄弟なのに…奪うも何も…同じ城崎の子どもなのに…。 」

城崎の…子ども…同じ…? 

 「久遠兄は城崎の後継者だよ…。 だから城崎に帰るだけだ…。
翔矢兄は樋野の後継者だからここにいるのでしょう? 
会いたくなったらいつでも会えるじゃない…なのになぜ…奪うなんて…? 」

 いつでも…? どうして…? だって…僕は…僕は…。

 「だめ…だめなんだ…僕はここからは出られない…。
城崎に会いに行くことなんてできない…伯父さまは許してくれない…。 
僕は…この樋野の世界から出しては貰えないんだ…。 」

 喉の奥から搾り出すような翔矢の言葉に瀾は困惑した。
翔矢の年齢から考えてもそれはありえないと思った。
 大学生の瀾でさえ好きなようにあちらこちら飛び回っている。
翔矢は既に何人か子どもがいてもおかしくない齢なのに…。

 「久遠…行かないで…こいつと帰ってしまわないで…。 
ひとりにしないで…。 」

 縋るような目で翔矢は久遠を見た。久遠の心が揺らいだ。
どうしようもなく甘やかされて我儘に育てられたのだとばかり思っていた。
 だけど…翔矢は我儘を言っているわけではないんだ…。
小さな世界にひとり閉じ込められて救いを求めているに過ぎない。

 「久遠…お願い…。 もう…ひとりぼっちは嫌だ…。 」 

 久遠は溜息をついた。伯父は翔矢に何という酷い仕打ちをしたのだろう。
翔矢の心に自ら檻を作らせ、そこに閉じ込めてしまうとは…。
 30何年もの間…翔矢はおとなしくそこに居た。
とうとう我慢できなくなって久遠という外の世界を求めるようになったのだ。
 
 「僕から久遠を奪うやつ…おまえなんか消えてしまえ! 」

 翔矢は瀾を目掛けていきなり巨大な力を放出した。
瀾は防御したが翔矢の力は瀾の想像以上だった。
力負けして壁に叩きつけられた。

 もともと歯止めが効かない上に嫉妬と怒りのあまり我を忘れた翔矢は立て続けに瀾を攻撃した。
 身動き取れない瀾を久遠が庇った。
そのことが翔矢の怒りに拍車をかけ、ますます攻撃はエスカレートした。

 その滅茶苦茶な攻撃は瀾だけでなくはた迷惑にもその場に居る者すべてへの攻撃に変わった。
 あまりにも常軌を逸した攻撃スタイルにいつどこに何が飛んでくるか見当もつかず、学生軍団も史朗もかわすのと防御するのに四苦八苦した。
飛んでくるのが人間だったりすると攻撃するわけにもいかない。
 史朗が何とかそのハチャメチャな攻撃から頼子を護ってはいたが、頼子は部屋の隅で丸くなって動けないでいるしかなかった。

 「みんな嫌いだ! 僕の邪魔をするな! 消えて無くなれ! 」

 半狂乱と言ってよかった。空から多量の隕石が猛スピードで降って来るようなもので、翔矢の目標のないでたらめな念の飛礫は雨霰と降り注いだ。
さすがの久遠も瀾を庇っていては防御が関の山でまったく身動きがとれなかった。

 「おまえなんか死んじゃえ! 」

 見境のなくなった翔矢は久遠がいようとお構いなしに強大なエネルギーの塊を瀾目掛けて叩きつけた。

 やばい…と久遠が思った瞬間それは久遠の目の前でまたふっと消えてしまった。
翔矢だけでなく今度は久遠も愕然となった。
どうなったんだ…?

 久遠は気配を感じた。今度は紛れもなく修の気配。
その方へ目を向けると先ほどまで昭二のいたところに修が立っていた。



 修は無言で翔矢の方へ歩み寄って言った。
恐怖のあまり翔矢は修にありとあらゆる攻撃を加えたが徒労に終わった。
 翔矢のどんな強大な力も修の中に吸収されてしまう。
翔矢はじりじりと修に追い詰められた。

 翔矢は万策尽きて逃げようとした。
その腕を修が捕まえた。
華奢な翔矢は身体の大きな修に抱え込まれた。

 修はいきなり翔矢の胴回りを左腕で抱え込むと翔矢のお尻を思いっきり叩いた。
まるで母親が悪いことをした子どものお尻を叩くように。

 「悪い子だ…翔矢…。 悪い子は罰を受けなきゃいけない。 」

 修は何度も叩いた。その度に翔矢は痛いと悲鳴を上げた。
傍で見ていた透がその度にビクッと目を閉じた。
幼い頃悪さをしては修によくお尻を叩かれた記憶が甦った。

 「翔矢…まだ悪さをするか? それともいい子になるか? 」

修が問うと翔矢は情けなさそうな声を上げた。

 「もうしない…。 もうしないよ…。 」

修は容赦なく叩き続ける。

 「本当だな。 嘘を言うと痛みが倍になるぞ! 」

 修母さんは怖い。翔矢が悪さをするとお尻を叩かれる。
本来なら三十年以上も前に翔矢が覚えなければならなかったこと…。
翔矢の幼い心にしっかりとそれが刻み込まれた。

 「ご免なさい…。 もうしないから…許して…。 」

 半泣きの翔矢に修は優しく微笑んだ。
そしてそっと翔矢を抱きしめた。翔矢は意外なほどおとなしくなった。

 「よしよし…いい子だ。 翔矢は先ず我慢することをを覚えような…。 」

修の手が甘える翔矢の髪を撫でた。

 「久遠…この子は心が育っていない。 身体は大人だが心は幼児のままだ。
それなりの配慮をしてやらなければいけないよ。 」

 通常の大人という概念で捉えてはいけない。但し確かに大人の面もあるから完全な幼児扱いも避けなければならない。

 翔矢は今修の腕の中で安心して落ち着いている。
とてもあの翔矢とは思えないくらいに…。
修母さんの魔法か…?

 「この子には教育が必要だ。 ここにいてはいけない。 」

 修がそう言うと久遠は頷いた。
この樋野では翔矢はますます酷い状態に追い込まれていくだろう。
ほっておけばどのくらい大勢の人を殺してしまうか…。

 「翔矢…僕と城崎へ帰ろう…。 父さんと瀾と僕と翔矢とで暮らそう。
ここに居たら翔矢は悪い子になってしまう。 」

 久遠は諭すように翔矢に言った。
翔矢はきょとんとした目で久遠を見た。

 「僕…出られるの? ここから出ていいの? 久遠と暮らせるの? 」

久遠は優しく微笑んで頷いた。

 「そうだよ…一緒に暮らそう。 翔矢が本当に大きくなるまで傍にいるよ。
だけど翔矢はいい子になるための勉強をいっぱいしなきゃいけないんだよ。 」

 翔矢の顔が輝いた。
久遠と暮らせる…。ここを出られる…。
久遠と居られるならいっぱい勉強するよ…。

父さんと瀾と久遠と…僕…。 
ひとりじゃない…僕。
  




次回へ


最新の画像もっと見る

コメントを投稿